2011年から5年間で19億円以上(23兆円まで)にも達する復興特別会計の予算が、災害復興からかけ離れた事業に使われているというニュースに、ほとんどの国民ははらわたが煮えくり返り、やるせない思いでこれらの情報を見聞きしているはずです。これは、震災の被災者とこの厳しい経済状況の中で増税まで我慢して復興を支援している国民への背信行為と言わざるを得ない。明確な流用あるいは紛らわしい流用予算執行の具体例については、既に多くのメデイアが取り上げている。
これを指摘された省庁は復興との関連を釈明しているが、ほとんどの国民は納得できないでしょう。一般会計でやりくりすべき事業を、無理な理屈で要求・執行しているとしか思えない。また、官僚の行き過ぎに歯止めをかけられなかった政府・民主党の責任は重い。同党が掲げた「政治主導」の看板はどこに消えたのか? 使途に問題のある予算は1日も早く凍結し、被災地そのものの復興事業に緊急度に応じて振り向けるべきです。
消費税増税論議の一方で、国民が復興増税に同意したのは、被災地が早く立ち直るよう願ったからです。その財源を流用する官僚の神経を疑う。被災地では、財源が不足している復興事業が多く、「被災から立ち上がろうとする地元の意欲をくじきかねない(どうしんWeb、北海道新聞)。
民主党の今の対応にも問題が大きい。岡田副総理や平野復興相は使途に問題があるとしながら「国民に増税までお願いするのに、被災地にお金が十分に行き渡らないことになれば本末転倒だ。見直しは必要だ」と述べるとともに、「来年度以降は、できるだけ被災地に特化した予算をつくりたい」と述べた。予算のほとんどは本年度までに計上されているはずです。来年度からでは遅過ぎるのです。妥当でない事業は政府の行政刷新会議で取り上げ、各府省に見直しを求めていくと述べているが、国民はそんなことを信用できません。まず行うべきは、被災地自体の復興に直接関係した予算以外には執行を停止すべきです。
翻って、復興予算の積算についても若干言及したい。政府は、震災で16.9兆円の物的資産が壊れたと試算しており、だから19兆円から23兆円の復興予算が必要だと言っているが、それは過剰な試算であるとの評価がある。原田泰氏(早稲田大教授)は、各県の被害額を各県が有する資産と崩壊の程度から被害額を割り出し、公的資産2兆円・民間資産4兆円の計6兆円であろうと積算している。このギャップには驚くばかりである。原田教授のこれまでの業績を踏まえれば、これを根拠のない数値とは考えられないだけでなく、他の経済研究施設などでも積算できるものと考えられます。したがって、19兆円以上というのは官僚が作り上げた "かさ上げ予算" としか思いようがない。ここに無数のシロアリ達が入り込める余地を残したと言っても過言ではないように思われて仕方がない。
一方、19兆円以上に及ぶ復興予算の執行状況はと言えば、昨年度予算で全体の60%程度であったと報 告され、今年の分はまだ明らかにされていないが、被災地における復興状況から判断するに、昨年よりも早い執行とは思われない。復興庁から出された予算の内訳をみる限り、復興庁独自の予算額は微々たるもので、復興予算の大半が各省庁縦割りに配分されている。新設の復興庁だけに執行を任せるには問題がないわけではないとしても、各省庁、復興庁、各都道府県、各市町村の間で予算の申請から、配分・執行までが達成されるには、膨大な時間のかかることが誰の目からも明らかです。
ここは、その執行を、官僚の目から一般市民レベルに移して、被災地自体の復興に特化した予算として早く執行できるように対処すべきです。民主党の細野政調会長は、復興予算の使い道について「おかしいものがかなりある。去年から今年にかけては日本経済が破綻しないよう(被災地以外にも)予算をつけていたが、状況が変った。今後は被災地以外には使わないということを明確にすべきだ」と述べ、また、自民党の甘利調会長は「復興庁が現場のニーズをくみ取り、助ける作業から始めるべき。年次をまたいで自由に使える基金をつくるべきだ」と指摘した、と伝えられています。またさらに、わが国のほとんどの政党が ”過度な官僚主導行政からの脱却” を唱えて選挙を戦ってきているはずです。
とすれば、ここは思い切って、今回の復興特別予算については、その多く(できれば2/3)を被災した各県に被害額に応じて分配し、特段の配慮を持ってその執行を早めることにより、復興に実効効果をあげられるように英断することはできないかと、切に願うものです。東北に居住し、困窮した悲惨な被災者の生活を目にすることの多い者の一人として、ぜひにもそのような英断をお願いしたい。