フルートの出番です284 プーランク「笛吹きが廃墟を鎮める」 | 翡翠の千夜千曲

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Un joueur de flûte berce les ruines (World Premiere)

 

Un joueur de flûte berce les ruines (World Premiere) · Vincent Lucas 

Francis Poulenc : intégrale musique de chambre avec vents 

℗ Benoit d'Hau 

Released on: 2010-09-20 Music Publisher: D.R 

Composer: Francis Poulenc

 

 

 

 

 プーランクは第二次世界大戦中も幾らかの期間を従軍して過ごしていました。1940年6月2日に召集を受け、ボルドーの防空部隊に所属しています。ドイツへの降伏後の1940年7月18日にプーランクは動員を解かれることになります。同年の夏は家族や友人達と、フランス中南部のブリーヴ=ラ=ガイヤルドで過ごしています。「UN JOUEUR DE FLUTE BERCE LES RUINES」はこの頃の作品とも割れます。大戦勃発初期には新作にはあまり手を付けず、「牝鹿」のオーケストレーションの手直しや、1932年に書かれたピアノと木管楽器のための六重奏曲の改訂に取り組んでいました。ブリーヴ=ラ=ガイヤルドでは新しく3つの楽曲を書きはじめ、10月にノワゼの自宅に戻ると4作目に着手します。これらはピアノと語り手のための「小象ババールの物語」、「チェロソナタ」、バレエ「典型的動物」、そして歌曲集「平凡な話」です。

 さて、この短い音楽の中に嘆きや深い哀しみを感じますが、知人や友人を失い、人が暮らしていた徴はたとえようもなく、吹く風にさえ彼の人の声を聞くのです。

 プーランクは旋律に対する生来の感覚、そのプロポーションやフレージングにおける全体性やしなやかさの感覚を持っていた。プーランクは調・旋法体系の優位を決して疑わなかった。ヴェルディ以降の主な作曲家の誰よりも多く減七和音をつかったとは言え、半音階性は彼の音楽にあっては束の間の現象に過ぎなかった。書法、和声、リズムの面でも、彼は特に創意に溢れていたわけではなかった。プーランクの音楽は本質的に全音階である。これはプーランクの音楽芸術の主たる特徴が彼のメロディの才能にあるからだ、というのがアンリ・エルの見解である。『グローヴ事典』のロジャー・ニコルズの言によれば「プーランクには何にもまして重要な要素はメロディであって、彼は最新の音楽地図に基づいて調査、発掘、枯渇してしまったと思われた領域から、未発見の膨大な旋律の宝庫へたどり着く手段を見出したのだ。」コメンテーターのジョージ・ケックは次のように書いている。「彼のメロディは簡素で、心地よく、容易に記憶でき、さらに実に多くの場合感情豊かである。」 

 プーランクは自身の和声言語は独創的なものではないと言っています。 1942年の手紙の中で「自分がストラヴィンスキーやドビュッシー、ラヴェルのような和声の革新をやった作曲家でないことは自分が誰よりもよく知っている。しかし、他人の和声を使うことを気にしない新しい音楽の余地はあると思う。モーツァルトやシューベルトもそうだったのではないか」と書いているのです。

 作曲家のレノックス・バークリーは次のように記している。「生涯を通じ、彼は伝統的な和声を使うことで満足してしていた。しかしその使用法が非常に個性的かつ、またただちに彼のものであると了解し得るものとなっており、これによって彼の音楽には新鮮さと妥当性が生まれている。」ケックはプーランクの和声言語をこう考えていた。「彼の書く旋律同様に美しく、興味深く、彼らしい(中略)明晰で簡素な和声がはっきりと確立された調性の中で半音階的に動くわけであるが、それは経過に過ぎないことがほとんどである。」プーランクは音楽理論を学ぶ機会に恵まれなかった。数多くあるラジオでのインタビューのある一幕で、彼は「理論、教義、規則に従う作曲を終わりにしよう!」と呼び掛けている。彼はルネ・レイボヴィッツが先導した、彼が思うところの当時の十二音技法信奉者の独断的態度に否定的であり、かつては高い期待をかけていたオリヴィエ・メシアンの音楽が理論的アプローチの導入に影響を受けてしまったことを大いに嘆いていた。エルにとっては、プーランクの音楽の大多数が「人間の声の純粋に旋律的な連想から直接的または間接的に霊感を受けている」という。プーランクは骨を惜しまぬ職人であったが、彼にとって音楽は容易く生み出せるものであるという「容易さ伝説」(la légende de facilité)が生まれていた。本人はこのことについて以下のように述べている。「その作り話は許してもよい、なぜなら私は努力を見せないためにあらゆることをしているのだから。」
 1999年に、プーランクのどちらの面の音楽的本質も等しく重要だとコメントしている。「彼の全部を受け止めねばならない。もし真面目な面かそうでない面、いずれかを取り去ってしまえば彼を損なってしまうことになる。片方の面を消して得られるものは、彼の真の姿を薄く映した複製写真に過ぎない。」プーランクもこの二項対立を認識していたが、彼は自分の全作品で「健康、明晰、剛健 - ストラヴィンスキーがスラブ風であるのと同じく、端的にフランス風な音楽」にしたいと望んでいたのであった。

 要するに、プーランクの音楽はそれまでの音楽的な手法や形態を取ったとしても、或は彼自身のひらめきや思いを音楽にするときに余りにも自然に湧き出るものだと思います。

 イスラエルは、引き際を早く模索するべきだ!

 今日のジョイフルコンサートがうまくいきますように!

 

※ お知らせ

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プーランク、フランシス/笛吹きが廃墟を鎮める

Poulenc, Francis UN JOUEUR DE FLUTE BERCE LES RUINES

<解説>

 プーランクの無伴奏フルートのための「笛吹きが廃墟を鎮める」は、ハ短調4拍子で13小節の短い曲ですが、シンプルな中に深い悲しみを湛えた名匠の作品です。1940年6月にドイツ軍の攻撃により廃墟と化したフランス中部の街、トゥールの人々への鎮魂の想いを表していると考えられます。プーランクの創作するための別荘がトゥール近郊のノワゼにあったので、彼自身、深く心を痛めたことだったでしょう。

  プーランクの友人、トゥール在住の美術家マリー=テレーズ・マビーユが編纂した作品集『トゥールの廃墟 1940』に、この曲は収められています。また、この曲には、1942年にポール・ヴァンサン=ヴァレット夫人への献辞が手書きされた楽譜もあり、こちらの楽譜を元にして、チェスター社の出版譜が作られました。 (解説/三上明子)

 

プーランク: 室内楽作品集 Vol.2

エヴァ=マリア・マイ 、 マルティン・ルンメル 、 コリンナ・デッシュ 、 アフラム・キム 、 ダミアン・ガストル

【曲目】
プーランク:室内楽作品集 Vol.2

クロード・ジェルヴェーズによる《フランス組曲》FP.80
歌曲集《陽気な歌》FP.42より 第8曲「セレナード」(モーリス・ジャンドロン編曲によるチェロ&ピアノ版)
劇音楽《城への招待》FP.138
笛吹きが廃墟を鎮める FP.14
ヴィラネル FP.74
2つのメロディ FP.162
歌曲集《画家の仕事》FP.161

【演奏】
エヴァ=マリア・メイ(ピアノ)、
マルティン・ルンメル(チェロ)、
コリンナ・デッシュ(ヴァイオリン)、
アンドレアス・シャーブラス(クラリネット)、
アフラム・キム(フルート&ピッコロ)、
ダミアン・ガストル(バリトン)

【録音】
2018年1月-2019年7月、ミュンヘン(ドイツ)