ワーグナー楽劇「パルジファル」「ニーベルングの指環」ロマン派の音楽⑨ | 翡翠の千夜千曲

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     Wagner: Parsifal – Vorspiel ∙ hr-Sinfonieorchester ∙ Jérémie Rhorer

 

    

Wagner: Der Ring des Nibelungen (arr. De Vlieger) - Radio Filharmonisch Orkest - Live concert HD

 

 

 

 

 誇り高く、巨大な自尊心と野望を持つ男にとって、自分を攻撃したりする人間は蹴散らすこともできますが、自分を裏切る存在ほどダメージを与える存在もないのです。その意味で、最初の妻であるミンナはある意味彼の女性不信を駆り立て、その後の女性遍歴を決定づける存在であったかもしれません。

 1834年21歳のワーグナーはにマクデブルクのベートマン劇団の指揮者になった時、女優のミンナ・プラーナーと出会っています。1836年に「愛禁制」を作曲したのですが、ベートマン劇団が解散したため、ミンナがケーニヒスベルクの劇団と契約したので彼女についてケーニヒスベルクへ向かい、同地で結婚しています。けれども、二人の関係は順風ではなく、ワーグナーは独占欲が強く、他方のミンナは幾度も恋人と駆け落ちし、1837年5月にはミンナは姿を消してしまうのです。

 勿論、これだけが彼の人生を左右するはずはありません。彼の自信がそれだけで崩れることはありません。彼は、文学的才能と論理的な思考を併せ持ちながら音楽的才能をも開花させていきます。ワーグナーの自尊心と傍若無人ぶりは数多くの逸話や噂を生み出します。

 若いときは偽名を使って自分の作品を絶賛する手紙を新聞社に送ったり、パーティーで出会った貴族や起業家に「貴方に私の楽劇に出資する名誉を与えよう」と手紙を送ったりした(融資ではなく出資である)。これに対し拒否する旨の返事が届くと「信じられない。作曲家に出資する以上のお金の使い方など何があるというのか」と攻撃的な返事を出したという。

 常軌を逸した浪費癖の持ち主で、若い頃から贅沢をして支援者から多額の借金をしながら踏み倒したり、専用列車を仕立てたり、当時の高所得者の年収5年分に当たる額を1ヶ月で使い果たしたこともあった。リガからパリへの移住も、借金を踏み倒した夜逃げ同然の逃亡だった。

 過剰なほどの自信家で、「自分は音楽史上まれに見る天才で、自分より優れた作曲家はベートーヴェンだけだ」と公言して憚らなかった(とはいえリストやウェーバーなど、彼が敬意を払っていた作曲家は少なくなかったようだが)。このような態度は多くの信奉者を生むと同時に敵や反対者も生む結果となった。

 こうしたゴシップに事欠かない存在ではありましたが、その後の音楽に対する影響は限りなく、調性破壊の芽を出したのは他ならぬワーグナーでした。そういう意味では当時もっとも進歩的ではありましたが、ある種思想的な偏りも見えていました。ワーグナー作品には大きく二つの特徴があります。

 ワーグナーはとくに中期以降の作品において、「ライトモティーフ」(Leitmotiv )と呼ばれる機能的メロディの手法や無限旋律と呼ばれる構成上の手法を巧みに使用し、それまでの序曲、アリア、重唱、合唱、間奏曲がそれぞれ断片として演奏されていた歌劇の様式を、途切れのない一つの音楽作品へ発展させた。ちなみにワーグナー自身は「ライトモティーフ」という言葉は使用しておらず、「案内人」などと称した。一方、音楽ばかりでなく、劇作、歌詞、大道具、歌劇場建築にも携わり、それぞれのセクションが独立して関わってきた歌劇を、ひとつの総合芸術にまとめ上げた。これらの作品は「楽劇」とも呼ばれ、バイロイト劇場という専用舞台の建築運営へつながった。

 もう一つは無限旋律という方法です。ワーグナーの楽劇に用いられた段落感のない旋律をいう。純粋に内面的な心の動きは,絶えず陰影をはらみながら微妙に推移するという考え方に基づくもので,旋律には明確な区切りがなく,和声は完全な終止を回避して先へ先へと流れていくものです。

 ワーグナーに関しては、膨大な資料と数多くの賛辞と逸話、伝説、デマが混在しています。今日は、そんな中で「白鳥の歌」とも呼ばれるパルジファル(Parsifal)とニーベルングの指環(Der Ring Des Nibelungen)の一節を聴きます。

 「パルジファル」は、キリストが磔にされた際に脇腹に刺さった槍を聖杯の騎士が取り戻すことを主なテーマとし、永続的なドラマの傑作となっています。ワーグナーのライトモティーフ(登場人物、場所、アイディア、プロットの要素に関連した音楽的フレーズ)の精巧な使い方に注目して聴くとよいと思います。ワーグナーは、アイディア、ストーリー、キャラクターを呼び起こすような、音楽と意味の結合をよく分かっていました。

 もう一つは「ニーベルングの指環」です。「ニーベルングの指環」(通常はシンプルに「指環」または「リング」などと呼ばれています)は、4つの壮大な楽劇です。これはワーグナーが創始したオペラの一種で、音楽と演劇の一体化を図ったもので、従来のオペラのようにアリア重視の作品ではありません。

 ワーグナー自身は「ニーベルングの指環」を「舞台祝祭劇」としていますが、一つの物語を軸にして結ばれている作品です。順番に紹介すると、「ラインの黄金」「ワルキューレ」「ジークフリート」「神々の黄昏」です。ワーグナーの16時間にも及ぶ楽劇4部作は、家族が引き裂かれ、心が傷つき、英雄が虐殺され、財産の獲得と喪失を伴う権力闘争となっています。ここにも、登場する人物、場所、アイディアには、それぞれ独自の特徴的な曲、またライトモティーフがあります。

   蛇足ですが、私はワーグナーが大嫌いです。

 

 

ワーグナー 楽劇《ニーベルングの指環》全曲 [DVD]

バレンボイム/バイロイト祝祭劇場管弦楽団 (出演), トムリンソン(ジョン) (出演)  Format: DVD