ホルンの出番です185  プレトリウス「バロック組曲」 | 翡翠の千夜千曲

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【ホルン四重奏】プレトリウス バロック組曲 【Horn quartet 】Four Pieces M.Praetorius

 

カルテット ホーネッツ 日橋 辰朗 (読売日本交響楽団) 熊井 優  (神奈川フィルハーモニー管弦楽団) 豊田 実加 (神奈川フィルハーモニー管弦楽団) 山岸 リオ (読売日本交響楽団)

 

 

  今日は、プレトリウスを聴きたいと思います。詳細は後記に回しますが、プレトリウスの作品には様々な版があり、実際の楽譜を見なければ誰の編曲か分からないものが多いです。また同じ曲が、違う編成で幾つも存在します。この編曲は、おそらくこれだろうと言うものを示しますが、確実ではありません。

   さて、プレトリウスは、正式にはミヒャエル・プレトリウス(Michael Praetorius、おそらく(1571年2月15日 - 1621年2月15日)は、ドイツの作曲家であり、オルガニストそして音楽理論家でした。当時の最も多作で最も多彩な作曲家のひとりで、プロテスタントの賛美歌の発展においてとりわけ重要な役割を担いました。プレトリウス一族の最も有名な音楽家といえます。 

  大バッハの生地アイゼナハの北西約10㎞ほどにあるクロイツブルク村(Creuzburg)に生まれ、ドイツ各地の著名な場所で音楽を学びます。その後、フランクフルトのマリア教会オルガニストを務めた後、1604年からヴォルフェンビュッテル宮廷にてオルガニスト兼宮廷楽長に就任します。1613年から1616年まで、ドレスデンのザクセン宮廷に仕え、ヴェネツィア楽派の複合唱様式による最新のイタリア音楽を演奏しました。ジョヴァンニ・ガブリエーリのようなヴェネツィア楽派の作品を熟知していたおかげで、プレトリウスはその後教会コンチェルト様式を発展させることができたのです。 

 ※  ヴェネツィア楽派については、バッハ 「4台のチェンバロのための協奏曲」イ短調 に簡単に解説しています。

  プレトリウスは甚だ多作な作曲家であり、ザムエル・シャイトやハインリヒ・シュッツ、同時代のイタリア音楽の影響を示している。プレトリウスの作品は、1000曲以上のコラールと賛美歌の編曲を含む9巻の曲集《シオンの音楽 Musae Sioniae》(1605-10年)などがある。そのほかは、ほとんどがルター派教会のための作品である。舞曲集《テルプシコレー Terpsichoreは、プレトリウスの現存する唯一の世俗音楽集である。3巻の論文集『音楽大全(シンタグマ・ムジクム) Syntagma musicum(1614-20年)は、同時代の演奏習慣や楽器について詳細な説明と図解がなされ、音楽学・形態学研究や、古楽演奏の分野にとって、重要な文献となっている。

  芸術家でありながら著述家もであったプレトリウスは、ラモー、シューマン、ヴァーグナー ドビュッシーらの偉大なる先駆者と言えよう。

  特に、古楽に関心が集まったのは、私の中ではかなり遅く、大学に入った頃に友人に紹介されたアルヒーフの存在でしたが、その前から関心が高まってアルヒーフが設立されたと言った方がよいでしょう。「アルヒーフ70周年 & ドイツ・グラモフォン120周年記念アルヒーフ定盤PREMIUM」の発売にあわせて寄せられた分を下に転載します。

 「アルヒーフ・プロダクション」は、ドイツ・グラモフォン社内に1947年に創立された音楽史専門のレコード・レーベルです。(最初のリリースは1948年、ヴァルヒャのバッハでした。) 「世界初」の古楽レーベルとして古楽振興のために発足し、当初はバッハ作品の全曲録音を目標としてスタートしましたが、その後、グレゴリオ聖歌からウィーン古典派までその領域を拡げました。
 アルヒーフが始めからとり続けている「録音の詳細なデータを公表する」ことと、「可能な限りオリジナルな楽譜によって演奏する」というポリシーは多くのファンから信頼と支持を集め、ヴァルヒャやリヒターといった代表的アーティストの名盤でバロック・ブームを牽引してきました。
 ピリオド奏法やオリジナル楽器の研究により「古い」音楽が私たちの耳に「新しい」響きをもたらす時代になっても、ピノック、ガーディナー、ゲーベル、ミンコフスキ、マクリーシュといったアーティストたちの活躍により、多くの実りを齎しました。
 現在もカルミニョーラ、エスファハニといった最先端を行くアーティストたちが最高の演奏をお届けしています。

  しかし、その頃はプレトリウスは1960年頃の録音になっていますので、最初の頃はバロック前後が主だったような気がします。私の、音楽歴の中では、中学生の頃皆川達夫さんの解説で日曜日の朝のラジオ番組「音楽の泉」でジョスカンドプレやパレストリーナなどの名前と音楽を知りました。その中には、プレトリウスは私の記憶には残っていませんでした。

  グレゴリオ聖歌以前からも、キリスト教の三位一体の考え方が音楽の世界にも求められrていました。その中で、歌声が尊いものとされ、楽器を使った音楽は低俗なものとみなされていました。大雑把ですが、それ故、教会における音楽は発展していく中でもユニゾンから旋律の模倣へと発展し、オルガヌム、合唱のスタイルに変化していきますが、器楽の文化は宮廷に音楽が根付いていくのは少し後になるのです。そういう意味でも、プレトリウスの民間の音楽を収集したもので、価値の高いものです。楽器の編成も音楽の形もバラバラです。従って、縛りのないこの舞曲集は編曲も自由で手をつけやすいという利点もありました。次回は、テルプシコレーについて聴いてみたいと思います。 同じプレトリウスでも吹奏楽の世界では、むしろ「テルプシコレー」の方が今はポピュラーになっているのです。

         

 

 

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