フルートの出番です82 C・F・E・バッハ「ハンブルグソナタ」 | 翡翠の千夜千曲

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       C. P. E. Bach Hamburger Sonata Wq.133

 

  今日は、何とはなしに幸せです。もとの教え子から音大合格の便りが届いたからです。フルートで全国レベルのコンクール等で多く入賞しているので大丈夫とは思っていましたが、やはりうれしいです。もちろんこれが、普通の大学であれ、就職の知らせであれ、短い時間とは言え同じ時間を共有した人が希望を遂げたり、幸せになることは私にとっても幸せなのです。

  そんな日に取り上げたのは、 C. P. E. Bachのハンブルグソナタです。1楽章は、心が洗われるような穏やかで安らぎに満ちています。2楽章は歯切れがよく楽しげです。ソナタ形式とロンド形式の対比が光ります。

  人となりについては、以前 フルートの出番です㊸ C・F・Eバッハ「トリオソナタ」ニ短調H.569 でお知らせしましたので、そちらを御覧ください。

 

<演奏者>

  エンリコ・サルトリ'05MMはリヨンのオペラ管弦楽団で、プリンシパルフルートのポジションを獲得しました。イタリアのフルート奏者エンリコ・サルトリは、欧米のソリストとして激しいコンサートスケジュールを維持しています。2009年シーズンの初めに、サルトリ氏はアーティスト国際コンペティションの優勝者としてカーネギーホールデビューを果たしました。ワイル・リサイタル・ホールでの彼のパフォーマンスは満場一致のスタンディングオベーションを受けました。
  彼はオーケストラ・インフォニカ・デッラ・ヴァッレ・ダオスタ(イタリア)、室内管弦楽団デュミトレスク(ルーマニア)、マリボルのフェスティバルオーケストラ(スロベニア)、ウェイン室内管弦楽団(米国)などのオーケストラと協奏曲ソリストとして出演しています。XIVフランツ・シューベルト国際コンクール、ジェノバ国際コンペティション、フェスティバルミッドサウス、ニューヨークフルートクラブコンクールなど、国内外の多くの大会で優勝。2010年、アレクサンダー&ブオノ国際フルートコンクールで1位と大賞を受賞。
  オーケストラ奏者として、2010年にはイギリスのカーディフにあるBBCナショナル・オーケストラでアシスタント・プリンシパルとして演奏しました。2009年にはニューヨーク室内奏者の首席フルート、キーウェスト交響楽団(フロリダ州)のフルート奏者。2003年、ミラノ・スカラ劇場(イタリア)の首席フルートをリッカルド・ムティの指示で務めた。2001年から2003年までトリノ・ユース・オーケストラとピエモンテ交響楽団(イタリア)の首席フルートを務めた。また、2004年に熱心な室内楽奏者でノーフォーク現代アンサンブルのメンバーとなり、2005年夏にはオランダをツアーし、フルート、チェロ、ピアノトリオで7回のコンサートを行いました。2007年~2008年のシーズンでは、2008年夏にメキシコで数回のコンサートに招待された、風のアンサンブルカンポ・アペルトの首席フルートとなった。
  教師として活躍し、イェール大学、SUNYストーニーブルック、ネブラスカ大学で教鞭をとっています。2006年にスロベニアのマリボルで開催された国際音楽祭「ミュージカル・サマー」やメキシコ・モレリアのコンセヴァルトリオ(2008年)など、夏にフルートマスタークラスを開催。
  エンリコ・サルトリは、2001年にイェール音楽学校(2005)で修士号を取得し、2001年にトリノ(イタリア)の音楽院で学士号を取得し、完全な栄誉を得て、SUNYストーニーブルック(2011)で博士号を取得しました。最高のパフォーマーとしてベリノ賞を受賞し、2007年までは若手芸術家のためのプラエミウム・インペリアル・グラント(日本)から資金提供を受けたデ・ソーノ音楽協会から奨学金を授与されました。2007年-2008年ネブラスカ大学リンカーン校で音楽のヒクソン・リード・フェローシップの受け入れ者として受賞。
  また、2009年以来、サルトリ博士はロングアイランドを拠点とする弦楽オーケストラであるムジカ・ディンシエムの首席指揮者であり、ヨーロッパとアメリカのオーケストラのゲスト指揮者として頻繁に招待されています。2001年~2002年シーズンのイタリア・トリノでアルトゥーロ・ミケランジェリ・ユース・オーケストラと合唱団の首席指揮者を務め、ストーニー・ブルック大学オーケストラとの4名のゲスト出演を務める。

 

      

バッハ、カール・フィリップ・エマヌエル/ハンブルグ・ソナタ ト長調 WQ133

Bach, Carl Philipp Emanuel HAMBURGER SONATE G-DUR,WQ.133


<解説>
   カール・フィリップ・エマニュエル・バッハは、大バッハの次男としてヴァイマルに生まれ、父からクラヴィアと作曲を学びました。大学に進んで法律を修めた後、啓蒙専制君主として有名なフリードリヒ大王の宮廷に音楽家として仕え、後ハンブルクの音楽監督となって父をしのぐ名声を集めていました。彼の作風は、バロック様式から古典派様式の変遷を映し出しています。彼の内向的な感受性は、気分の赴くままに高揚し、うつろいゆく、人の心の奥に根ざした自己告白的な音楽を生み出しました。「ソナタト長調」 は、死の2年前、72歳の作で、ハンブルク時代唯一のフルートソナタ。通奏低音伴奏を用いている点では、バロック書法といえますが、その作風は、彼自身のかつての 「疾風怒涛」 的な表現から遠く離れて、明澄な古典派形式感のうちに、フルートを華やかに活躍させています。 (単純なバス進行を見て下さい)第1楽章はソナタ形式でアレグレット。軽やかに飛翔するパッセージが印象的です。第2楽章はロンド形式によるプレスト。歯切れの良さが身上です。(解説/三上明子)