ハイドン「交響曲第82番ハ長調 」 Hob.I:82 | 翡翠の千夜千曲

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  Haydn: Sinfonie Nr. 82 (»L'Ours«) ∙ hr-Sinfonieorchester ∙ Andrés Orozco-Estrada

 

  パパハイドンという呼び名は誰が付けたのでしょうか。ある人はハイドンを軽んじる意味だと言います。エステルハージのオーケストラの団員やモーツァルトのような年下の友人から父のように慕われていたという話はありますが、他に父性的な話はあまり存在しないのです。

  交響曲第82番ハ長調 Hob.I:82は、ヨーゼフ・ハイドンが1786年に作曲した交響曲。6曲からなるパリ交響曲の第1曲で、「熊」(フランス語でL'Ours)の愛称で知られています。その由来は、終楽章冒頭の前打音を伴う低音が熊使いの音楽を思わせることから、この愛称で呼ばれるようになったらしいのですが、作曲者自身による命名ではありません。
  楽器編成は、フルート1、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2、ティンパニ、弦五部。High-C管のホルンが指定されており、事実上トランペットと同じ音域を演奏する必要があるため、ホルンの代わりに、トランペット2本が用いられることもあります。

  ハイドンは、長い間、貴族であるエステルハージ侯爵家に仕え、その生活の中で活用される音楽を作曲し、供給したのです。その中心的な哲学は、「調和がとれていること」でした。
   優雅な貴族の生活にとって、重要なのは、「世の中の仕組みがそのまま続くこと」であり、日常も、形式化された生活の中で、余暇としての音楽を楽しむ、ということなのです。ハイドンは、優れた職人技でこれに応えたのです。具体的には、主題ができたら、少しずつ形を変えたり、調を変えたり、少しずつ変化を与えながらも「聴きやすさ」のためにそのメロディーには、あまり複雑すぎる和音の伴奏をつけない、というような作業です。この方法で 「ソナタ形式」という、ある一種の音楽の形式を完成に導いていくのでした。
  ソナタは、教会ソナタと室内ソナタがありました。二部形式程度の単一楽章から2楽章3楽章と増えていきます。本来交響曲は、もっと軽いもので音楽会の前後に分けられて配置され、どちらかと言えば前奏曲のようなものでした。それがセレナーデという形やシンフォニアになり、変化を遂げていくのです。これを、ソナタ形式で発展させ、さらには間に緩楽章や舞曲などを挟み込んで4楽章に拡大させていくという形を定着させました。その多くは依頼主の注文に応えて作り続けたのです。
  ソナタ形式の作品はヴァイオリンソナタ、ピアノソナタのように呼ばれますが、オーケストラの場合は「交響曲」と呼ばれます。ハイドンは「職人仕事」として、調和の取れた、聴いていて楽しい「交響曲」を量産し続け、モーツァルトやベートーヴェン何倍もの膨大な数の交響曲を残しました。交響曲の父と呼ばれるのは、こうした経緯からでしょう。最も、このような形式は、ベートーヴェンの9番によって拡大され、ロマン派ではさらに変化を遂げ行きます。当然ソナタ形式の形をとらない交響曲も作られていくのです。

  今日の動画では、管楽器は立奏、キートランペット(ナチュラルトランペット?)とナチュラルホルンが使用されています。

 

 

 

交響曲第82番『熊』、第83番『めんどり』 カラヤン&ベルリン・フィル
ハイドン(1732-1809)