って、まあtakitaroさんのことなんですけどね。
 昔「オウマーBBS」とかが残っていた頃は、互いによくそんな表題でもって書き込みの応酬をしましたよね。何だか先日の逮捕劇をめぐるやり取りでは久々にその頃のことを思い出した次第ですが。

 takitaroさんと私とではオウム問題に対するスタンスは違うんだけど、スタンスの違いを超えて、その御活動には私も敬意を表しているし、以前には私の共著『町にオウムがやって来た』に御評価もいただいたりしました。

 だからこそ、時には敢えて異論や疑問もこういう公開の場で述べさせていただく次第。ただ、先日のやり取りではそちらのブログ(『日常生活を愛する人は?』-某弁護士日記 http://sky.ap.teacup.com/takitaro/ )に私が書き込んだのをきっかけに何やら盛り上がってしまい(面白かったけどね)、何だかご迷惑をおかけしたようなので、今度はこっちの自分のほうで書きます。

 で、昨日も「一人オウム」と題した記事の中で、信者というか元信者の実名公表についてのご自身なりの定義を以下のようにお書きになられているわけですが、

> 脱会しても、現在未だ裁判中、受刑中などであれば、まだその
>公益性が優先すると思い、名を消していない。

> その場合以外は、私は、面談して上で了解できる状態-真実脱会
>している-ならば、直ちに削除また仮名にするなどしている。

> 逆に、一人オウムでしかない状態、
> つまり、集団からは現在離れているが、麻原彰晃を引き続き観想
>しているとみられ、オウムで自分がしてきたことについて総括しよう
>としないままの人の場合は、消さない。

 このへんの定義が、どうも以前私におっしゃられていたことと食い違うのですよ。
 上記の論法だと、つまりは「本当の意味で脱会していない者の実名報道は、公益性があるから是とする」ということですよね。先日の逮捕劇を報じた記事のうち「元信者」の実名を記載した部分を省略せずに引用した論拠もおそらくここではないかと推察します(違ってたらごめんなさい)。

 ただ一方では、何年か前に私が教団広報部に在籍する現役信者の名前をBBSに書き込んだ際には、すぐに「削除してほしい」とおっしゃられてきたかと記憶します。というか、ご丁寧なことに下記のようなサイトにその際のやり取りをわざわざまとめて記録してくれた方がいるわけですが。

(「滝本太郎、岩本太郎の書き込みに焦る」http://asyura.com/sora/bd12/msg/725.html

 まあ、この時は烏山の集会の後の飲み会で教団広報部の人間と同席したことを書いちゃったのがお気に召されず、それと併せて削除してくれとのご趣旨だったかとは思います。ただ、広報部員(立場上、自らの実名公表を認めている)である現役信者の名前を晒すことに異議を表明された際の論拠として、takitaroさんは確か私に「教団を脱会した後の彼らの人生のことを考えてほしい」という趣旨のことをおっしゃっていたはずです。

 だとすれば、仮に先日逮捕された「元信者」がtakitaroさんなりの定義では脱会していなかったとしても、彼が将来本当に脱会した時のことを考えれば、敢えて実名部分は隠したうえで引用するとの判断がなされても然るべきだったのではないかと思うのですが、この点はいかがでしょうか?(まあ、「彼が将来脱会する可能性は100%ない」とかおっしゃるのでしたら論理的整合性もそこにはあるかとも思います。とはいえその場合も「麻原を観想する人間をなくしたい」とのご自身のお考えが、事実上達成不可能だと認めたことになってしまうわけですが)

 まあ、この間のやり取りから他にも論点を抽出し出すと長くなってしまいそうですので、とりあえずこの辺でやめておきます。

 私もtakitaroさんにはいろいろお世話になる中で、そのキャラクターは私なりに存じ上げているつもりなので、論理的に見ておかしなところがあるからといって逐一騒ぎ立てようとかいうつもりもありません。ただ、もしも不用意にご発言されたことに対してアラを指摘され、そのツジツマを後から合わせようとされているのでしたら(よしんば、そんなことはかなろうともお察ししますが)、却ってややこしいことになるのではないかと余計なおせっかいながら愚考した次第です(ちなみに私の場合は先日の書き込みへの回答にもあったように「そうです。あなたのおっしゃる通りです」とか認めてしまうわけですが)。

 無理にご回答は求めませんが、以上の趣旨につき、宜しければ御一考をいただければ幸いに存じます。ではでは。