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"海が見たい"
まるで"コーヒーが飲みたい"みたいなそんな言い方だった。
"海?今行ったって真っ暗で何も見えないよ"
"見たいの!"
酔っ払っているのか、手をブンブン振りながら自己主張する彼女。
言っても聞かなさそうだったので仕方なく軽トラの助手席に乗せる。
海岸沿いの駐車場に着いた途端、彼女は飛び出してドアを乱暴に閉めた。
つられて慌てて出る。
"あんまりウロウロしちゃダメだよ。暗いとは言え、誰が見てるか分かんないんだから。"
こんな小さな漁師町じゃ、何も無くても勝手に尾びれや背びれがくっつく。
メダカがシロナガスクジラになったりする。
…言い過ぎかもしれない。
でも僕が年頃の娘さんと夜の浜で…なんて噂になったら…。
そんな心配を他所に、彼女は堤防を軽々と乗り越え砂浜を歩いていく。
遠くの方で、紫の雷が光っていた。
雲がまるでネオンのようにそこだけ光っている。
"キレイやね"
"…あんまり遠くに行っちゃダメだよ"
"行ったって、君はちゃんと追いかけてきてくれるやん"
"そういう問題じゃない"
"嫌なん?"
"え?"
"私と噂になるのがいやなん?"
"…嫌じゃない"


