トルコ旅行から早くも一ヶ月。
早かったなぁ。
所属の室が変わったり、事務所内の席替えがあったり、
色々環境変化があったのを差し引いても、
あっと言う間に過ぎて行きました。


さてさて、トルコブログを終わらせましょう!
前回は年を越したところまでだね。
後二日もあるんだね!

元日。
前夜に同行者の高校卒業からの10年間の恋愛の歴史を追いかける、(男三人で、一部は既に知ってる話)
という何とも不毛な年越しをしたため、
寝坊気味、寝不足気味。
「アジアから登る日の出をヨーロッパで見る」と目的を立ててたのに、
全く達成できず。
だけども相変わらず景色のいいホテルのレストランから、ばっちり元日の太陽を拝みました。

まずは地下神殿へ。
神殿とは言っても、ここはオスマンの時代には貯水場として使われてた場所。
一直線に立ち並ぶ列柱は圧巻。
イスタンブールってホントに歴史の積層が半端じゃなくて、
こうやって地下に潜ってみると、そういうのが感覚的に伝わってくる。

たろーというのが本名です。 たろーというのが本名です。 たろーというのが本名です。


トラムに乗ってエミノニュへエジプシャンバザールへ向かいます。
途中にオリエント急行の終点であったスィルケジ駅に立ち寄り。
僕は歴史の中も1900年代の前半が一番活気と上昇気流のあった時代だと思ってすごく好きで、
そういう意味ではロンドンなんか記憶の片隅にしか無いけど、
すごく良い雰囲気なんだろうな、と思っています。
スィルケジ駅もそういう時代のキラキラした歴史の後が伝わって来て、本当に良い駅空間。

たろーというのが本名です。 たろーというのが本名です。 たろーというのが本名です。


で、エジプシャンバザール。
ここは元々は香辛料市場をモスクを運営する財団が設置したのが始まりだそう。
今は観光客向けのお土産屋さんとかもあって、面白い場所。
ここでは翌日帰国前に買い物をしまくりました。

たろーというのが本名です。 たろーというのが本名です。 たろーというのが本名です。


で、船に乗ってこの日のメインイベント、アジア側へ渡る。
海から見るイスタンブールはやっぱり美しい「都市のランドスケープ」。
折り重なる風景、だったり、密度とランドマークの対比、なんかが、
街の美しさには大切な要素なんだなぁ、と実感。
暖かい船内ではうたた寝。寒いんだ、外が。

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アジア側はいまいち掴みきれなかった。
すごく地元感ある場所に降り立っちゃって、それはそれで面白いんだけど、
かといって見所はよく分からず。。。
次はもう少し南側のフェネルバフチェのスタジアムがある周辺に行かないと。

それでも行き当たりばったりで登った坂道の先には、またやっぱりきれいな風景。
子どもたちがストリートサッカーをしてたり、猫が昼寝してたり。
NHKの「ふれあい街歩き」状態。

たろーというのが本名です。 たろーというのが本名です。 たろーというのが本名です。


ヨーロッパ側に戻って来て、向かったのがイスティクラール通りへ。
イスタンブール一番の繁華街とのことで言ったのだけど、まさにその通り。
ハイブランドはまた別のところにあるみたいで、
H&MとかZARAとかそれくらいのレベルのお店が、海外資本から国内資本まで入り交じってて面白い場所。
最近の銀座の中央通りっぽい雰囲気。

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ここはガラタサライ高校というイスタンブール随一の名門高校があるだけあって、
ちっちゃなカフェとか、古本屋さんとかも中にはあって、
かなり面白い。一日居れるな。


その後街をふらふらしてたら完全に迷子に。
ガラタ橋に行くはずが、アタテュルク橋に行ってしまい、ものすごい距離を歩く羽目になりました。
でもきれいな夕日が見れたから、それはそれで良かった!

たろーというのが本名です。 たろーというのが本名です。 たろーというのが本名です。



最終日。
本当はグランバザールに行きたかったんだけど、
グランバザールは公営市場だから祝日と日曜はお休み。
この日は日曜だったから、なんとホントにお休み。
仕方なしに前日行ったエジプシャンバザールに行ってお土産購入。

たろーというのが本名です。


このグランバザールの近くにはイスタンブール大学のメインキャンパスがある。
堂々とした門があって、知の殿堂であることを丘の上から誇らしげに示している。
権威とはこういうことだな、と広々とした前庭的な広場と併せて感激。
建築にはこういう権威とか象徴性を伝えるメッセージ性も必要だと感じました。
なかなか現代の建築が成り立つプロセスと使われてる建築言語では、
そういう強烈なメッセージは表現しにくいと思うんだけど、
いつかキチンと何百年も人にその場がどういう場であるのかを伝える建築を作りたいな、と思いました。

たろーというのが本名です。


色々ぶらぶら歩いて、最後のお昼ご飯はマック!
必ずご当地マックは行くべき。
名前忘れちゃったけど、ケバブっぽいハンバーガー食べました。
美味しかった!

たろーというのが本名です。


最後にもう一度考古学博物館で見逃したところを。

たろーというのが本名です。 たろーというのが本名です。 たろーというのが本名です。


して、帰国。

たろーというのが本名です。

慌ただしい日程だったけど、意外とイスタンブールではゆっくりと時間を過ごすことが出来て良かったです。

しょっぱなからつまずいて、行ってからもトラブル続きだったけど、
充実した5日間にすごくリフレッシュして帰ってきました。

また行きたいなぁ。
次はギリシャだね。
「とるこ」書いてから2週間近く経ってしまった。

ブルーモスクの次はトプカプ宮殿。
かつてスルタンが暮したハーレムと、執務を行ったりしていたいわゆる宮殿部分からなる。
前庭は軸線がビシビシ取られて、植栽の雰囲気も良い。
イスラム庭園なんだけど、どこかベルサイユの宮殿みたいな西洋的な美的感覚もある気がしたけど・・・。
庭園史勉強しよ。


たろーというのが本名です。  たろーというのが本名です。



まずハーレム。
宮殿の中にまちが内包されたような中庭型の建築。
広々とした庭園からいきなり路地裏風のエントランスに引き入れられるのは、
宮殿という枠組みで見たときに、すごい面白い空間体験。
タイルの鮮やかなブルーがとにかく印象的。
浴室の反響音とかも感じられたり、色んな場が仕掛けられてて、
とっても都市的な建築だと感じた。





宮殿へ。
ダイアモンドとかが置いてある秘宝館が見所。
人がめっちゃ居た。
これはとにかくオスマンの栄華の真骨頂。
時代を築くということの絶対的な求心力を思い知らされました。


たろーというのが本名です。

ここで一番印象的だったのは宮殿から見えるボスポラス海峡と対岸の町並みの風景。
斜面地形に折り重なる建築群やにょきにょき生えるミナレット、
海峡と空の色味の違うちょっとくすんだアジアらしいブルー。
これはもう完全に心象風景的な意味でだけど、境界線を感じられる場所だと思いました。
それから国立の宮殿博物館のカフェの置き方!
こういう海辺にカフェを置いて、すっごい寒いんだけどあったかいチャイを飲みながらホクホクする。
贅沢なティータイムでした。

たろーというのが本名です。  たろーというのが本名です。

たろーというのが本名です。


その後ぶらぶら歩いてたら発見したトルコ考古学博物館に。
ここがめちゃくちゃ良い!
世界史が動いて来た中でその中心になったり端っこになったり、
舞台でありつづけたトルコだけあって、考古学博物館の収蔵っぷりが半端じゃない。
エジプト旅行に去年行ってきた同行した友達も、これはすごい、の一言。
言葉は悪いんだけど、歴史の重なり方がめちゃくちゃなんだよね。



この日はこれで時間切れ。
大晦日の雰囲気を楽しみに食事を取った後にホテル近くのバーに。
7時頃からだらだら近況報告したりしながら、語り合う。
12時近くなるとまちがすごいことに!!!


たろーというのが本名です。  たろーというのが本名です。

1月1日は一つの区切り以外の意味を持たない場所では、
こうやってばか騒ぎして喜ぶんだね、新年の訪れを。
路地から放たれた花火や、タクシーから放たれた爆竹など、
とにかく火薬の匂いが充満したまちは、間違いなく異国でした。
(カメラ持ってってないんだよね、こん時。失敗したー。)


さて、後二日もあるのか。

また続く、にしとこうかな。
明けましておめでとうございます

本年もよろしくお願いします


正月休みはトルコへ。
初日にパムッカレへピエラポリス神殿の遺跡へ、
二日目から二日半イスタンブールをぶらぶらして帰国する、
慌ただしいスケジュール。

初日、っていうか出発前。
いきなり飛行機がキャンセルになるトラブル。
アエロフロートめ。
慌ててトルコ航空カウンターに移動してチケット買い直して無事イスタンブールへ。

てんぱりすぎて写真も撮ってない。笑


で、初日にパムッカレ。
「聖なる都市」を意味するヒエラポリス。
古代ローマの時代からビザンツに征服された後まで、
BCからADに掛けての時期に大変にぎわった都市であったそう。
神殿跡の精巧な装飾、大規模なローマ風呂、明快な都市の軸線、石棺の大きさなどがその面影を伝える。



ここパムッカレの見所はもう一つ、自然の作った石灰の棚田の地形。
トルコのこの地方は日本同様激しい地震が起こる地域なんだけど、
(それが都市に何度も何度も新たな姿、新しい形式を取り入れさせた)
それはつまり温泉が湧き出るということ。

その温泉が山の上で湧き出て、下まで流れる間に温泉に含まれるカルシウムが凝結して出来た地形。
「暖かい温泉が流れてる上を裸足で歩けて、下のでこぼこが健康サンダルみたいで気持ちいい!」
とガイドブックには書いてあったけど、
実際は「ところどころ凍るほど冷水に冷やされてて、下のごつごつはめちゃめちゃ痛い!!」



あんまり上手く写真撮れてないや。
実際かなり感激する風景です。

帰り道、イスタンブールからのツアーで行ったので空港までマイクロバスで送迎付き。
のはずが途中街頭の無い田舎道でバスが止まる。
「Flight is canceled !!」
理由は未だに分かってないんだけど、とりあえず近くのデニズリ空港からは飛行機が飛ばないらしい。

結局トルコ航空が用意したバスでデニズリから車で3時間離れたイズミールという大都市に行き、
そこから23時発のフライトで帰ることに。

全く飛行機運のない旅。
(その日の朝のデニズリ行きの飛行機も実は1h delay。一時間くらいじゃもはや驚かない)


翌日からはイスタンブール観光。
最初は旧市街地区にあるアヤソフィア、ブルーモスク、トプカプ宮殿を見る事に。
どれも建築的な名作であることはもちろんのこと、歴史上も重要な場所。
大晦日にも関わらずものすごい人出。

最初はブルーモスク。
内装に用いられたタイルのブルーが美しいことからその名がついたイスラム寺院は、
6本のミナレットが有名な、16世紀に建立された、オスマントルコの隆盛を今に伝える名作。
1つの大クーポラ、4つの中クーポラ、(後何個だっけな)小クーポラで構成される空間は、
イスラム寺院らしく荘厳な中にも美しく精巧な絨毯やステンドグラス、タイルなどで装飾された場所。





次はブルーモスクの向かいに建つアヤソフィア。
元はビザンツ時代のキリスト寺院(ギリシャ正教)として建立されたものを、
オスマントルコがキリスト寺院として使っていたもの。
20世紀初頭の研究でアメリカの研究チームが塗りつぶされたキリスト教のモザイクを発見し、
上記の経緯が明らかになったもの。
今は博物館です。(偶像が描かれてるから寺院には出来ないもんね。)
ビザンツの建国宣言もここでやったって書いてなかったかな、違ったかな。

内部の見所はなんと言ってもマリアやキリストを描いたモザイク画。
クーポラで作られた大ドーム空間も見物。
大空間を作ることへの渇望と、それに向けた技術の集積を感じさせる名作です。
今建っているものが確か6~7世紀にかけて建てられたもの。

ここも印象的だったのはブルーや黄色の色の鮮やかさ。
特にスルタン(王様)のライブラリーとされた部屋(立ち入り禁止)のタイルのブルーは、
深みと透明感のあるブルーでとても美しい。
地中海沿岸地域ならではの色。


長くなって疲れて来たから、続きまた夕方書きます。