『なぜ人は生きてるの?』
幼少の頃からこの疑問がずっとあって、よく親や大人に質問をして困らせたり叱られたりしていたことを思い出します。
数年前、心の深いところから溢れ出てきてその疑問の解決となるビジョンを観せられた時。
ある意識で宇宙空間の中に地球を創り出しているビジョン。
ありったけの ”愛” で深い想いを感じながら丁寧に丁寧に…。
強くて柔らかい ”愛” そのものを創り出す(=地球)意識。
この地球は【愛そのもの】で、その【愛そのもの】を感じて存在することこそが総てなんだということを。
更に、そのビジョンを観た時より以前に、この地球を目指して期待と歓びと至福の想いの中で地球へ降りてきた時のビジョンと重なって感じた感覚。
6〜7人の仲間と共に地球へ今向かおうとしてる私。
『先に行くね~地球で又逢おう〜』
そう言って先頭に出発したビジョン。
この地球は、二元の世界。
本当の "愛" を知り感じるために、
身体という物質の中で、
あらゆる経験をすることで、
喜怒哀楽という感情から、
自分自身のさらなる成長を体験し心を動かす。
だから、
『私はここで生きて、生き抜くために生まれてきた』
と、理解しました。
この地球は、"愛と幸せ” にしかならないこと。
辛い、悲しい、苦しい、怖い、
この感情でさえ "愛と幸せ” と知る経験の旅である、と。
二元制の地球で "制約や観念や常識" というフィルターを使って、負の感情を体感出来るのは地球だからこそ。
だから、この地球に降りて来る時に
期待と歓びと至福の想いで溢れていたんだと、
点と点が結ばれた瞬間に
涙が溢れてとまらなくなって
腑に落ちたんだったね。
そこで、今から15年以上前に読んだ
【神との会話】(ニール・ドナルド・ウォルシュ著者)の一節が思い出された。
腑に落ちたこの出来事と繋がる私の深い所にあったある想い…
この地球での『私が決めた役割』のことを。
次にこのことについて記していこうと思います。