自我、私は私である。
日本人の自我構造は、人間関係の把握と深い関係がある。
自我がなんであるかという自己同一性の確認を他者を基準にして行う。
他者の存在を先ず前提とし、自己をその上に拡大投影して自他の合一をはかるか、他者との具体的な関係において、自己の座標を決定しなながら、自己確認を行うかのどちらかの方式をとる。
日本人は、西欧的な意味の自我(ego )を持つ人は少ないと思います。むしろ自己(self)という常に他者の存在と相対性を持つ自己の方が、心性にあっていると思われます。
例えば男女が結婚すると、当初は互いの名前を呼ぶ関係ですが、子供が生まれると、互いを「パパ」と「ママ」、「お父さん」「お母さん」と呼び合うようになるケースが多いです。
更に子供が生まれると、上の子供は本人が持つ名前より「お姉ちゃん」「お兄ちゃん」と呼ばれたりします。
河合隼雄(1926~2007)ユング派分析家、臨床心理学者として、問題を抱えた人々の治療にもあたりました。
京都大学を卒業後アメリカ留学、後にスイスの「ユング研究所」で学ぶ中で、日本人の自我、西洋人のそれと異なる点を気づかされ、日本人に合った心理療法を追及していきます。
日本独特の一人称の多様性、自己把握の相対性、「他人志向型」「大勢順応主義」ともいえる社会構造が、日本社会、文化を支えてきました。しかし、グローバル化した現代、時とすると心理的問題が、日本独特の文化背景にあるのではと気づいたのです。
西欧人の自我は絶対的存在です。
かと言って、一神教の「神」との対立によっていわば誕生したものですから、対立している限り解決はありませんでした。
そこで生まれたのが、「実存主義的に生きること」だったのです。
自我と神ではなく、自己と他者、対立もありますが時には融合します。勝者と敗者が生まれる競争によって社会は進歩しますが、日本文化の穏やかさは、例えば「負けるが勝ち」などということわざにあるように、敗者が絶対的な存在ではないということを表しているのです。
