自分の誕生日に飛行機に飛び乗り、娘の出産に間に合うか!!否か!という経験を約2か月ほど前にしましたが、結果は間に合いませんでした(泣)。自分が成田に着陸した3分後に無事に娘が生まれました。

ただ、娘はびっくりするぐらいかわいいです。美人です。彼女の虜です。
そんな娘に会うために(旦那な育児を含めて)、10月初旬にも日本に帰国しておりました。
日に日に大きくなり、少し笑うようになり、良く分からない声を発するようになり、先日にはおもちゃを握って振り回しているビデオが日本から届きました。

夜泣きが大変だったようですが、最近は少しずつ寝てくれるようになったみたいです。
なんていい子なんだ!!!と完全に親バカの仲間入りですが、これから元気に育ってくれることを願うのみです。

この別居生活も予定では来年の2月まで!!
そん頃にはそろそろ言葉を発すのではと期待して今から楽しみです。


 昨晩、おバカな後輩2人が無事に日本に帰りました(帰ったはず…)。
彼らは木曜日の夜にリシュケシュに旅立ち、金曜日にわずか3時間のリシュケシュ滞在でそのままデリーに
トンボ帰りをするというある種修行のような夜行2連発で土曜日の朝にデリーの我が家に帰ってきました。

彼らを空港に送った後、7時過ぎからインドで人材教育ビジネスを行っているVさんとグルガオンに最近できた「Komachi」という日本食レストランで軽く食事をし、お酒がないこともあり、近くのTGI FRIDAYで飲みながらいろいろな話で盛り上がりました。

彼は44歳でもともとインドの日系自動車企業に10数年働き、昨年グルガオンで起業した方です。
ちょうど先週まで3週間ほど日本に出張し、私の会社の人間とも会ってきたようでした。

前回彼と会ったのは6月、彼の事務所で彼のパートナーと3人で3時間ほどいろいろなビジネスについて熱く語っていました。その時はずっと英語で、昨日は日本語での会話が中心でしたが、つくづく感じるのが日本語でのコミュニケーションの違和感です。日本語のある種独特な言い回しが会話をしていてしっくりこない…。彼の日本語スキルは素晴らしく、会話に困ることは全くありませんが、自分としては英語で会話をした方がしっくりきます。なぜか日本語だと変な遠慮が出てしまって、はっきりとした主張ができないような感覚になるのです。その点は私の英語のスキルが乏しいこともあり、変な言い回しができずにダイレクトな表現しかできません。インドに来てからはそっちのほうが楽だと実感しています。

彼のビジネスやマインドはとても日本的です。日本にフォーカスし、日本とインドの架け橋に、Win-Winな関係を築きたいという情熱を感じます。ビジネススキームもとても魅力的です。
一方で、それを日系企業が受け入れられるのか、という一抹の不安があります。その点を昨日ははっきりと伝えました。日系企業はインドであらゆる面で苦労している。それは数字には見えない部分も含めて。何より日本にはインドの本質を知る人間が会社のマネジメントにほとんどいない。
それは最終的には意思決定の場面でかなりのハードルとして立ちはだかると思う。
Vさんのビジネスに日系企業が参加できるのか、それが今すぐなのか、10年後なのか、そしてそれをエンハンスする人材を雇用しないと、恐らく厳しいのでは、そんなことを話してました。

お互いに本音でとても充実した時間を過ごすことができました。
彼には申し訳ないけど、今の自分には彼と一緒にビジネスをすることは難しいなぁ、そんな切なさが帰りの車の中でほろ酔いながら実感しました。

インドにいて、インドの会社で仕事をしていると本社とはある種の利害関係を生みます。
人事の立場と駐在員の立場をうまく消化しないといけないことに若干共通点があるかもしれせん。

もし本社にいたら…、と思う一方、本社にいたらインドなんてよくわからず相手にもしないだろうな…というジレンマみたいな感覚です。


本当に最初の半年を何もアクションが起こせずにいたことが、ここにきてじわじわと響いてきています。

ただ、まずは今目の前にある課題に対して結果を出さなければ、次につながらない。
そんな帰り道にふと看板が
Today`s Pain, Tomorrow`s Gain.
うん、がんばろう!!




 おバカな後輩2人が昨夜無事にリシュケシュに旅立ち(明日の朝には帰ってきますが…)、仕事が
完全にありえない忙しさに突入する中、今日はK大学出身、日系証券会社出身の26歳のOさんと
お互いの家の近所であるディフェンスマーケットで夕食の約束をしていました。

するとOさんの同僚が友人をつれてジョインするということで、8時半ごろから日本人2名、インド人
の男性3人、女性2名の計7人でイタリアンレストランで前菜(といってもがっつり食べましたが)、
10時半からインド料理でメインというインドでは常識、日本では非常識なコースを楽しみました。

Oさんの同僚とその友人はMBA時代のクラスメートということで、私が普段接しているインド人とは
全く異なるある意味エリートな人たちでした。
我々日本人を含めて全員がUnder30にも関わらず、会話の内容がかなり専門的、また彼らの企業も
インドでは有名な企業ばかりでありました。

その中で夫婦がおり、旦那が明後日からドバイで働くとのこと、その奥さんは世界最大のHRコンサル
勤務なのですが、しばらくして一緒にドバイにすみ、そのまま同じ会社のドバイオフィスで働くとの
ことでした。これが日系企業の限界なのかもしれません。
間違いなくこのようなグローバルオペレーションを実行することは現時点では不可能です。

その奥さんとはHR関係ということもあり、かなり専門的な話で盛り上がりました。
インドにおけるHRマネジメントと日系企業が抱える問題、その解決プロセス等々。さすがに優秀です。

また彼女の会社は日本ブランチがなかなか大きな規模ではなく、日本でのビジネス拡大を目指したいとの
こと、ひょんなことからいろいろな人脈ができるのだあ~と関心してしまいました。

ちなみにOさんの同僚のお父さんは外交官で今はオランダにいるとのこと、とてもインターナショナルでオランダに行く機会があれば、彼の父親の家に絶対に泊まるように約束させられました。
しかし間違いなく大使館の中なのでは…、という不安と期待が交錯してます。

何より驚いたのは、気づいたら2件ともごちそうになってました。
ありえないシチュエーションです。年配の方ならまだしも同世代のインド人にごちそうになるのは
想像できません。それだけ彼らのサラリーを含めた生活環境が、恵まれているのだと実感です。

同世代のTheエリートと接し、関心しっぱなしです。中身は全く変わらない若者同士で1時まで盛り上がり、帰りは新車のシビックで家まで送ってもらい(もちろん飲酒運転ですが…)、いたれりつくせりの時間
でした。


ちなみにおバカな後輩2人は今頃リシュケシュからの夜行列車の狭いベッドの上にいるはずです。
明日日本に帰国、現実が待っているよ~!!





 今日の朝、10時半ごろのアグラ行きの電車に乗るためにニューデリー駅に行き、意気揚揚ダメな後輩2人は無事にアグラ観光を終え、午後10時半現在テゥンドラ駅でバラナシ行きの電車を待っているようです。ちなみにこの電車は3時間遅れでまだ乗れていないようですが…。

一方で彼らのリクエストで土曜日のジョードプルからデリーまでの飛行機を予約しようと、会社の総務担当にお願いしたところ、席が全くないとのこと。彼らのスケジュールが早くもくずれてしまいました><。
そんな彼らはジョードプル行きを諦めて、どうやらリシュケシュ行きを模索するようです。
まあいろいろと不安はありますが、無事に木曜日にデリーに戻ってくることを願うのみですね!!

ちなみに僕は金曜日のジョードプルに飛び入り参加をさりげなく考えていたのですが、飛行機がない以前に今日の社長からの指示でそれどころではなくなってしまいました…。金曜日までに壮大なチャートを作らなければならなくなり今から頭が痛いです。

ただ、再来週のディワリ時期はテロの可能性が高く、うかうか街をあるくこともできないので、ひとっ飛びして、アンコールワットに行こうと思っています。
当初はヨルダンに行って、死海に浮かび、ぺトラ遺跡を見に行こうと思ったのですが、さすがにこれからではチケットが取れませんでした…。ソールドアウトです。かなり残念><。


それまで仕事がんばろっと。




昨日の夕方の便で会社の後輩2人がデリーに来ました。まあおばかに2人なので、とりあえず昨夜は社長とインドカレーをごちそうし、今日は一日かけて市内観光に行きました。
午前中に明日からの電車のチケットを買いに行ったはみたものの、駅まで行ってばかなYくんは肝心なパスポートを忘れ、家に逆戻りという普通にKYな行動になり、無事にチケットが取れたのが2時頃になってしまいました。

とりあえず、市内の世界遺産3つ(ラールキラー、フマユーン廟、クツブミナール)を見て回り、それにくわえてメインバザールとジャマーマスジットも行ってきました。その後夕食は中華料理に行きかなり充実した一日でした。

もう1名のおばかなMくんのダメ男ぶりにYくんと僕は失笑し、久々にインド生活で楽しい時間を共有することができました。

わざわざ(?)かどうかはわかりませんが、インドにまで来てくれた後輩には感謝!?しつつ、
世話が掛かりっぱなしの今日一日ですでに無事に日本に帰れるのか、不安でたまりません…。

とりあえずテロには気をつけて、良い1週間を過ごしてもらいたいですね!!

がんばって悟りをひらけよ~!Yくん、Mくん。