安達龍大(あだちたつひろ)のマイペースで楽しく生きましょう!

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毎週土日に更新中!
自分の長年の経営者としての実践に基づく経験や知識で、役に立ちそうな情報を、マニュアル的に自身も検索しやすくまとめています。

☆ 【どうすれば宮崎は大きく発展するか】・・・当たり前の事をすべて行っているか?郷土の歴史を知っているか?

※宮崎に限らず、企業の成功、街の活性化様々なことへ応用

『・・・本来あるべきものを穴埋めしていくと、不足しているものが見えてきます。

 それを、一つずつ、ジグソーパズルのようにパーツをハメていくわけです。

 そうすることで、一過性ではなく、、強固で堅牢、しっかりとした地盤を持った、地方創生、地域活性化ができるというわけです。』 

 

皆さんは、地方創生、地域活性化、町おこし、もしかしたら、そんなだいそれたことではなく、自分の会社の発展、仕事の成功、家庭円満。。。

どうすればいいと思いますか?

 

13篇からなる兵法書の著者、孫武は、

「彼を知り己を知れば百戦殆うからず。

 彼を知らずして己を知れば 一勝一負す。

 彼を知らず 己を知らざれば 戦う毎に必ず殆し。」

と記しています。

 

私は、元々、鹿児島県出身で、宮崎へは転校生でした。

 

転校した直後、父は、私に、

「宮崎は、観光の町、歴史の町。鹿児島に帰ったら、宮崎がどういうところか、名所はどこか、何を聞かれても、すぐ答えられるようでなければならない。」

と私に教えました。

 

昔のことに、インターネットも、SNSもない時代、私は、まず、地図を買って、県内の市町村を調べ、覚えることにしました。

おかげで、今でも、県内どこにでも、ナビ無しで行けます。

 

それから、地元の観光名所、名産や特産品、産業、人口統計などを調べました。

これは、図書館と、県庁のパンフレットを活用しました。

 

そして、社会科学習でいうところの地理、公民を研究した次は、いよいよ、宮崎の歴史を勉強しました。

宮崎の歴史を勉強するのはとても楽しかったです。

 

というのは、宮崎の歴史は、神話の歴史、神武天皇東征の歴史、日本書紀、古事記に通じるものでした。

そして、上杉鷹山公、小村寿太郎氏、石井十次氏、高木兼寛、若山牧水、安井息軒といった、歴史的人物。

 

当然、そういった歴史が記す場所に行ってみました。

 

つまり、地元が発展するためには、まず、元来あるものを徹底的に知る必要があるわけです。

 

そうやって、地元の社会を学ぶことで、地元愛が生まれ、地元へのプライドが生まれ、本当に自発的に何かをしたいという気持ちが湧いてくるわけです。

 

そして、一つずつ、本来あるべきものを穴埋めしていくと、不足しているものが見えてきます。

 

それを、一つずつ、ジグソーパズルのようにパーツをハメていくわけです。

 

そうすることで、一過性ではなく、、強固で堅牢、しっかりとした地盤を持った、地方創生、地域活性化ができるというわけです。

☆ 『本音でぶつかれば、相手も、本音で答えてくれる』・・・トラブルから逃げるのではなく、立ち向かう勇気を与えてくれる言葉

 

若手経営者の方々に、ひとつ、私の経験から、アドバイスできればと思います。

 

私がメンタルでキツイ時に師匠が教えてくださった言葉に。

『下手な策を講じるな。お前ごときが策を講じても、すぐに見抜かれる。そんなことはせず、相手に、本音でぶつかれば、相手も、本音で答えてくれる。』

 

私は、このことを、ずっと心に刻んでいます。

  

私が28歳で独立したての頃は、トラブルが起きると、自分の親くらいの大先輩から、

「兎に角、出てきて説明しろ。」

「折返し電話かけてこい。」

 

なんて言われると、どんな目に合わされるのだろう。賠償金払えって言われるんじゃないだろうか。会社が潰れたらどうしよう。なんて、ドキドキして、

「あぁ、訪問予定をちゃんと聞いていなかったフリできればいいのになぁ。」

「折返しの電話のメッセージを聞いていないフリできないかなぁ。」

 

という衝動に駆られることもありましたが、兎に角、

「殺されるわけじゃないから、どんなに長くても半日以上拘束されて、説教されることはない。」

「賠償金なんてことになったら、どうにでもしてくれと言うしかない。」

なんて考えながら、嫌なことから逃げずに、必ず、約束は守るようにしてきました。

 

そんな時の、師匠のアドバイスが、この言葉。

『下手な策を講じるな。お前ごときが策を講じても、すぐに見抜かれる。そんなことはせず、相手に、本音でぶつかれば、相手も、本音で答えてくれる。』

 

私は、本音を言ったら、日に油を注ぐようなもので、益々、不利になるんじゃなかろうかと思いましたが、

 

わらをも掴む思いで、その通りにやってみました。

 

すると、驚いたことに、

「じゃぁ、結局、どうやって対応するの?」

 

と言われたのです。

 

結果は、簡単。

もちろん、お詫びして、悪いところだけをリカバリして終わり。

 

それから、20年。

一切の賠償金問題、キャンセル、クーリングオフ。発生していません。

 

要するに、私は、この自身の経験から、

 

・逃げるのではなく、問題点を露呈して、お客様と一緒になって、対処する。

・誠心誠意を尽くして、トラブルにあたる。

・嘘隠しはしない。

・逃げないことで、次、同じことをしたくないという恐怖を自分に植え付け、徹底した品質管理、品質向上に努める。

・事前に問題があると思えば、隠しごとをせず、正直に伝える。

・逃げずに、即対応する。

 

絶対にトラブルは起きないということは、ありえなませんが、

 

要は、その時と事前の対処法で、一般にいわれていることを、正直に行い、正直に伝えれば、問題は解決できるということです。

 

是非とも、若い方には、教えておきたい教訓です。

☆ 『人のご縁に感謝』・・・私の熱意をみて、図書館の職員さんが秘蔵書から見つけてくれた本・・・『行動の先に、光明は現れる』

 

宮崎県では、現在、廃校小中学校が、約210校、そのうち、2000年以降に廃校になった小中学校が、約100校あります。

 

私は、10年程前から、廃校小中学校をネットで調べて、廃校めぐりをしているのですが、最近、具体的に、県内全校の、廃校住所録を入手しようと、県の教育委員会に電話して確認したところ、

 

「廃校をまとめたものはありません」

 

という答えでした。

 

そこで、調べていくと、県職員互助会が、廃校住所録を持っているかもしれないと思い、電話したところ、

 

「申し訳ありません。こちらでも、まとめたものはありません」

 

という答え。

ただ、互助会は、「ここに廃校があった」という本を昔、監修しており、教員向けに販売していたことがありました。

書籍は、3冊あり、1つは平成合併による廃校、2つは校歌、3つめが昭和の廃校でした。

昭和の廃校の本は、古く、入手は困難ということでした。

 

じゃあ、諦めて、自分で作ろう!そうすれば、他にも、廃校住所録が欲しい人がいるのではないだろうか。

ということで、廃校住所録を作成しはじめました。

 

調べた住所録は、同時に、Googleマップにも、プロットして、ナビと連動しやすくしていきました。

 

しかし、平成合併による統廃合は、ネットなどから、情報収集できるのですが、さすがに2000年以前の廃校は、既に、学校が史跡化しているところも多く、情報を提供している人も、殆どいません。

 

でも、これを残すことは、使命だと思い、一つの方法で、図書館を周って、古い地図や、電話帳を調べていくことにしました。

 

しかし、これも、ある程度で限界を迎えていたところ、図書館に「小中学校施設の概要」の古い資料があることを見つけ、電話をして、県立図書館に行ってみました。

 

見せて頂いた書類は、残念ながら、単なる、施設の概要を示す統計データで、全く、個々の住所もありませんでした。

 

残念に思っていると、図書館の職員さんが、何と、互助会監修の「ここに学校があった」を持ってきて、

 

「もしかしたら、これって、安達さんの調べていることに役に立ちませんか?」

 

びっくりしました。

なんせ、もはや手に入らないと思っていたものが、目の前にあるではありませんか。

 

何でと思って聞くと、

「安達さんが、宮崎の郷土の歴史を残したいと頑張っているので、何か、お手伝いできないかなと思って、探してみました」

とのこと。

 

やっぱり、『行動の先に、光明は現れる』『神様は、人の努力をきちんと見ている』ということかなと思いました。

 

早速、中身を見てビックリ、これは、何と、記録書ではなく『郷土の歴史書』と言っても過言ではない、とんでもない資料でした。

その話は、また次回。

 

人のご縁に感謝した一日でした。

 

今月号の、特集は、「鈴木大拙」です。

 

今月号の致知は、全体を読み通して、難しいというのが感想です。

 

禅宗の知識と、論語の知識が無いと、文章を理解するのに、とても時間がかかります。

 

そんな中、特集を読んで、3つの言葉が目に止まりました。

 

①『一歩一歩上がれば何でもないぞ。一歩一歩努力すれば、いつの間にか高いところでも上がっている』

この言葉は、致知出版社の藤尾社長が、上田閑照師と、岡村美穂子さんに「鈴木大拙が歩いた道」をテーマに対談していただいた際の、岡村さんの話で、感銘を覚えた言葉で、

 

鈴木大拙が、晩年を過ごした、松岡文庫に行くまでに、北鎌倉の東慶寺境内から、130段の階段を上らなければならないので、そのことを、岡村さんが、大拙に問いかけ時の答えが、この言葉とのこと。

 

人生に対して、平素からそういう姿勢で向き合っている人でなければ、こういう言葉は自然に出てこない。とのこと。

 

②『道を学ぶ者、欲望に惑わされず、さまざまの邪な誘惑に乱されず、悟りを求めて精進すれば、この人は必ず真の道に入ることを保証する。』

この言葉は、鈴木大拙の書斎の壁に掛けてある書で、青年大拙が初めて渡米した折に釈宗演が送ったもだということ。

 

若い頃の大拙への激励の言葉だったとのことで、90歳を超えても、この言葉を書斎に掲げ、大切にしていたということ。

 

3『自由だ、創造的だ、随所に主となるのだというだけでは、何にもならぬ。人間には、他の生物と違って大悲というものがなくてはならぬ』(『新編 東洋的な見方』)

これは、鈴木大拙が残した著作の中の言葉のひとつ。

 

「随処に主しゅとなる」とは、臨済宗の祖である臨済義玄禅師の言行録で、『随処に主となれば、立処皆真なり』という言葉が正式な言葉です。意味は、「そのことについて、自分があるじだと思えば、すべてのものを愛し、大切にせずにはいられない。」という意味です。

聖書に、「自分を愛するように、隣人を愛せよ」という言葉がありますが、通じるものは同じかもしれません。

 

「大悲」というのは、衆生の苦しみを救おうとする仏・菩薩の広大な慈悲の心。のこと。

 

自由も、創造的なことも、随処に主という気持ちも、その根底には、「大悲」がなければならないという意味だと思います。

 

何事にも、人を慈しむ慈悲の心を持つことが大事だと思います。

☆ 『真の最高のサービス』・・・高額かどうかより、最適なもの・・・現場によっては、フェラーリより、軽トラックの方が最高のサービスという事がある・・・その上で、本当の最高のサービスを見抜いて、提供する事で、お客様が最大の利益を得て、次に繋がっていくのだと我社は考えています

 

我社の営業方針では、自身の利益は確保しつつも、究極までシェープアップして、安いけど最高のサービスを提供しつつ、

 

本当に、必要な部分には、必要十分なお金を、きちんとかけていただくというものです。

 

最高のサービスというのは、高価な品物ということではなく、その場に一番最適な選択ではないかと思います。

 

①わかりやすく、たとえ話に置き換えると、

農家の方が、畑仕事で使う車が欲しいと依頼がきたら、フェラーリを買わせる営業マンはいないし、畑仕事に、フェラーリを買う馬鹿もいないでしょ。

 

②畑仕事に最適な車が、仮に中古の軽トラックで、お客様もそれを切に望んでいるなら、程度が良くてできるだけ安い、中古の軽トラックを提供してあげるのが『最高のサービス』だと、我社では考えています。

 

③その上で、今度は、トラクターには、最大限にお金をかけた方が、仕事の効率も上がるし、売上も倍増するというのであれば、②で浮いたお金を、最大限に使って、最高のトラクターを購入していただく。

 

こうすれば、お客様は、本業に集中できるし、効果的に本業で利益を上げることができます。

 

つまりは、あっという間に、利益を得て、次の投資もしやすくなります。

 

私達、アルパネットでは、こういった事が、【真の最高のサービス】ではないかと考えています。

今月号の、特集は、「百折不撓(ひゃくせつふとう)」です。

 

「百折不撓」とは、

『何度失敗して挫折ざせつ感を味わっても、くじけずに立ち上がること。どんな困難にも臆せず、初めの意志を貫くこと』

という意味です。

 

あらすじは、新型コロナウィルス禍が発生してから、数ヶ月で世界の風景は一変しました。

20年前なら、風土病で終わっていたのが、中国が「世界の工場」になっていることから、一気に世界に蔓延してしまった。

 

この世界の工場に関して、アメリカは、危機感を感じて、中国から、台湾に工場をシフト、日本円で3兆円の予算を組むことが決定しています。

 

私は、この実例からも、モノづくり、メイドインジャパンのニッポンこそ、これからは『世界の工場』を再び取り戻し、もう一度、モノづくりニッポンを復活することで、外貨も獲得できれば、経済復興にもつながると思います。

 

更に、本題の結論ですが、

感染症のウィルスは、身体と同時に、心に忍び込もうとする。

つまり、『困難に耐え努力する心を蝕むウイルスである。』

 

そのためには、

『心の免疫力を高めなければならない。その何よりの特効薬は、よき言葉、よき教えに触れることではないだろうか。』

 

122歳まで行きたジャンヌ・カルマンのように、元気に生きた人は、心のウィルスに勝って北人であり、そういう人の言葉には力がある。

 

こういう言葉に触れることは、心の免疫力を高める。

 

感謝すること、感動することも心の免疫力を高める要素になる。

 

『どんな困難にも屈しない。百遍倒れたら、百遍立ち上がる。』

 

私達は、今回の件を不幸と捉えず、チャンスと思っています。

 

チャンスと思えば、ここにある「感謝」「感動」「困難に屈しない心」を持つことができると思います。

☆ 『天の時は意外と軽視される』・・・昔から、天の時とは、天地人の一番最下層だと思われ、人の和が一番大事だと思われていますが、実は、この3つは、密接に関係しているため、切り離して考えるべきではありません・・・『天の時』こそ、そこに到達するために、「地の利」「人の和」をきちんと一点に向かうように方向づけ、十分な時間と戦略を立てて準備しなければならないのです

 

よく、経営セミナーや、コンサルタントの指導などを聴くと、「地の利」「人の和」については、とても詳細に指導を受けるけど、『天の時』については、中々、詳細に指導を受けるととはありません。

 

昔から、天の時とは、天地人の一番最下層だと思われ、人の和が一番大事だと思われていますが、実は、この3つは、密接に関係しているため、切り離して考えるべきではありません。

 

『天の時』というと、オカルト的な、また、宗教的なイメージを持つ人が多いが、そうではありません。

また、偶然の産物と思っている人も多いですが、それも違います。

 

天地人とは、適当な言葉ではなく、紀元前300年頃の儒学者、孟子の教えで、

「天の時は地の利に如かず 地の利は人の和に如かず」

という言葉に拠ります。

 

この意味は、

『天の与える好機は地理的な有利さに及ばず、地理的有利さも人心の一致には及ばない。』

と訳すことができます。

  

『天の時』というと、英語に置き換えると、「タイミング」と「チャンス」が近いですが、それに、「少しだけの偶然」とを掛け合わせた様なものだと思ったらいいかも知れません。

 

そう考えると、「地の利」「人の和」というのは、『偶然の確立を限りなく高めるための手段』だという事になります。

 

つまり、例えば、店を開く場合、(店の種類によって違うので、一般的な例として)

 

①地の利

・できるだけ、人通りの多い商店街や、ショッピングモールに出店する。

 

②人の和

・友人を沢山招待する。

・友人やお客様からの紹介をいただく。

・チラシやCMなどの広告を出して、集客力を上げる。

 

なんてことを行う。

 

そうすると、

③天の時

・常日頃、「機会があったら、海外に出店したいと思っています。そういう話があったら、ご紹介ください。」とふれまわる。

・海外出店などのセミナーに参加したり、商工会議所のセミナーに参加しておく。

 

結果・・・

・お客様の一人に、海外に拠点を持つ企業の役員さんがいて、海外出店の話を頂いた。

 

これは、立派な『天の時』を引き当てるために、戦略的に「地の利」「人の和」を最初から考えて、行動した結果、『天の時』を、受けるべくして受けたということになります。

 

これは、わかりやすくするための簡単な例ですが、シンプルに考えたものに肉付けして行くと、もっと戦略的に『天の時』を引き当てる事業計画をつくることができます。

 

こういったことを考えながら、計画的に事業展開していくことで、成るべくして、成功していくのです。

☆ 『だから、へびのように賢く、はとのように素直であれ』・・・悪に善で対処しても、何故勝てないのかというジレンマ・・・私は、大義を行おうと志していながら、聖人ぶっているあなたに言います。市民の事を本当に考えて大義を行うなら、聖人ぶる前に、まず勝つことです。

 

恐らく、多くの真面目な方が、ジレンマを感じている事について、過去の偉人の言葉から、助言したいと思います。

 

そのジレンマは、『悪に善で対処しても、何故勝てないのか』

 

つまり、今、鹿児島で知事選が行われていますが、

『正しいことをしようと行い人を非難せず、高潔にして、社会を正しく変えようとしているのに、

 

悪人が、狡猾でうわさ話を流し、怪文書をバラ巻き、怒涛を組んで、真面目で正しい人間を追い落とされ、負けてしまうのはなぜか』

 

答えは簡単。

※以下は、宗教ではなく、哲学として読むべし。

 

世界で最もベストセラーと言われている聖書の中で、世界の3大聖人と言われるイエス・キリストは、

 

『わたしがあなたがたをつかわすのは、羊をおおかみの中に送るようなものである。だから、へびのように賢く、はとのように素直であれ。』(マタイによる福音書10章16節)

 

と言っています。

 

この言葉は、イエス・キリストが、十二使徒を宣教師として派遣する際に、伝えられた言葉です。

神と崇められた聖人が、『へびの様に賢くありなさい』と言っています。

 

後半の「はとのように素直でありなさい」という意味は、容易に理解できるかと思いますが、

この前半の「へびのように賢く」の意味は、とても深く、決して、ずる賢く人を騙しても構わないという意味ではありません。

  

では、『へびの様に賢く』というのは、どういうことでしょうか。

へびとは、聖書の中では、サタンとなるルシフェルを表しています。そして、ルシフェルとは、エヴァを誘惑し、禁断の実を食べさせます。

 

そして、アダムは、エヴァと共に過ごし、神との聖約を守り抜くためには、共に、堕落を経験する必要があり、アダムも、その実を食べることになります。

 

ここで、エヴァは、単に、騙されたわけではなく、そのままでは、神のような高潔な状態で「産めよ増えよ」ということは起きませんでした。

 

それで、究極の選択として、へびの誘惑を甘んじて受け、「とが」を犯す必要があったわけです。

 

単なる、正論ではなく、先を見越した究極の選択から、正しい答えを見出すには、「へびのように賢く」あるわけです。

 

この意味は、決して、ずる賢く人を騙しても構わないという意味ではありません。

 

私は、大義を行おうと志していながら、聖人ぶっているあなたに言います。

 

本当に、大義を成したいと思うなら、その戦いに勝ち残ることです。

 

今のような、インターネットや通信技術が発達していなかった時代は、文書が全てで、歴史とは、勝者が自分の都合のいいように文書を書き残し、作った歴史だとも言えます。

 

つまり、過去の歴史の中には、勝ち残った勝者が、自分の過去の歴史を書き換えさせ、敗者のライバルの記録を全て焼き捨て、自分の都合のいい歴史書に書き残したという史実があります。

 

本当に、市民を思い、だいじを行うなら、まずは、勝つことを優先すべき、

 

そして、勝者になって後、聖人君主の行動を行うことが大事だということです。

☆ 『致知7月号から、わたしの読後感』・・・巻頭の言葉「人にして遠き慮無ければ、必ず近き憂有り」

 

今月の雑誌致知の「巻頭の言葉」は、JFEホールディングス名誉顧問 數土文夫(すどふみお)氏のお話でした。
 
題名の言葉は、論語の章句で、意味は、
「目先のことに囚われず、先の先まで思いを巡らせていないものにとっては、必ず近いうちに思いがけない難事がおこるものだ」ということです。
 
冒頭で、「リスク」と「危機」は同じ意味で使われることが多いが、異なっていると説明があり、
「リスク」・・・近い将来起こり得る危険や異常事態の事。
「危機」・・・現実に発生してしまった危険や異常事態のこと。
で、摂取選択のスピードこそ肝腎で、トップは己を捨てて、初めて、果敢な決断ができるそうです。
 
また『歴史』を学ぶ大切さを説かれています。
「想定外だ」という人は、自分は歴史を学んでいないと告白しているようなものだそうです。
 
織田信長や、豊臣秀吉が、晩年、時代を継続できなかったのは、
『リスク管理と危機管理に欠けており、
 1.「師」と呼べる人物に恵まれなかった。
 2.「貞観政要」などを読んでいなかった。』
のだそうです。
 
読書は非常に大事で、10代までの学び、特に古典を中心とした読書は、
『思索や精神修養を深める上で重要な役割を果たす』
ということです。
幼少期の読書週間こそ、遠き慮りの原点だということです。
 
エズラ・ボーゲル氏によると、
『日本の成長基盤をなすものは、その高い学習意欲と読書習慣である』
と述べ、

一国の経済的隆盛の主因をその国民の『学習意欲』と『読書週間』にあるとかっぱしているそうです。
 
私も、自分はもちろん、子どもたちへのしつけの中でも、特に、読書習慣と、歴史の勉強を教えていこうと思いました。

☆ 『人のご縁に感謝』・・・毅然としていれば、いずれ自分が運を引き戻せる
2020年6月2日のFacebookの原稿から抜粋

 
松本清張先生の『黒革の手帖』を読んでいると、
 
私が随分昔、若い頃、信頼していた社員に裏切られた時のことを思い出す。
 
その時、私が立ち直れたのは、
 
まだ、私が、ロングヘアーで、髪を後ろで結んでたクソガキの頃から、大変お世話になっている料亭の女将さんから、
 
『安達くん、そんなこと、飲食業界では普通ですよ。
 昨日まで、うちで働いていた女の子が、明日には別の店にお客さんごと移るなんて、しょっちゅうあるよ。
 板前さんだって一緒。料亭で、板前さんに裏切られたら、致命的でしょ。
 安達くんだって、会社を興した時は、一緒じゃない。
 そういう時は、自分が毅然として、どういう気持で仕事を始めたのか思い出せば、何も心配することはないよ。』
 
私は、今でも、常に、このことを、心から忘れたことは一瞬たりともありません。
 
『初心わするるべからず』なんて、簡単に言うけど、私は、自分の経験から、それが、一番の成功の秘訣だということを、自分の経験から証明できます。
 
本当に人のご縁に感謝です。