こんにちは。
ゴールはあるのに、なぜか現実が動かない。
頑張っているのに、同じところをぐるぐる回っている氣がする。
それは、努力や意志の問題ではなく、意識や思考の「使い方」――いわば内側のOSが、今の現実に合った設定のままだからかもしれません。
このブログでは、現代氣功とコーチングをベースに、意識・思考・選択を整え、情報空間から現実を動かしていく方法をお伝えしています。
心や身体、そして認識が整うと、人生は力づくで変えなくても、自然に動き始めます。
あなたが理想の未来やゴールを「がんばって目指す」のではなく、無理なく選び取れる状態になるための視点と実践を、わかりやすくお届けしていきます。
今回は、
【第8シーズン 第1記事】
意識とは何か?
(私たちは、何を見て生きているのか)
についてです
お品書き
- 私たちは、本当に同じ世界を見ているのだろうか?
- 私たちは、世界のすべてを見ているわけではない
- 私たちは、見たものに意味を与えている
- 過去の経験が、今の世界の見え方をつくる
- 私たちが見ている世界は、現実そのものなのか?
- おわりに
第8シーズン?ってという方はこちらをご覧ください。
突然ですが、こんな経験はありませんか?
一度気になり始めたことが、なぜか次々と目に入ってくる。
例えば、赤い車が欲しいと思い始めた途端、街中を走る赤い車がやけに目につくようになった。
あるいは、仕事で失敗した日には、周囲の何気ない言葉まで自分への批判のように感じてしまう。
反対に、何か良いことがあった日は、いつもと同じ景色なのに、なぜか世界が明るく見えることもあります。
不思議ですよね。
目の前にある景色は、昨日とそれほど変わっていないはずです。
それなのに、私たちが見ている世界は、まるで違って感じられることがあります。
では、いったい何が変わったのでしょうか?
もしかすると、変わったのは世界ではなく、私たちの意識なのかもしれません。
今回は、そんな身近な体験を入り口に、「意識とは何か?」という問いについて考えてみたいと思います。
この記事を読むと:
- 同じ世界を見ていても、人によって見えているものが違う理由を考えることができます。
- 私たちの注意や解釈、記憶、価値観が、世界の見え方にどのように関係しているのかを理解できます。
- 自分が当たり前だと思っている現実を、少し違った視点から見つめ直すきっかけが得られます。
1.私たちは、本当に同じ世界を見ているのだろうか?
例えば、あなたが友人と一緒に、初めて訪れる街を歩いているとしましょう。
あなたは、街並みの美しさに目を奪われています。
一方、友人は、街にあるカフェやレストランを探しています。
同じ場所を歩き、同じ景色を見ているはずなのに、二人が注目しているものは違います。
あなたには美しい建物や街路樹が印象に残り、友人には気になるお店や看板が記憶に残るかもしれません。
もちろん、二人の目に入っている情報のすべてが異なるわけではありません。
しかし、何に注意を向けるかによって、意識に上る情報は変わってきます。
これは、私たちの日常でも同じです。
例えば、仕事で新しいプロジェクトを任されたとき。
ある人は、新しい経験を積むチャンスだと感じるかもしれません。
一方で、別の人は、失敗したらどうしよう、責任が重すぎると不安を感じるかもしれません。
同じ出来事であっても、その受け止め方は人によって違います。
そして、その受け止め方によって、次に取る行動も変わってきます。
挑戦する人もいれば、できるだけ避けようとする人もいるでしょう。
では、なぜ私たちは、同じものを見ても、これほど違う反応をするのでしょうか?
その理由を考えるために、まずは私たちが世界を認識する仕組みを見てみましょう。
2.私たちは、世界のすべてを見ているわけではない
私たちの周囲には、膨大な量の情報が存在しています。
目に入る景色、耳に届く音、身体で感じる温度や感触。
さらに、過去の経験や、頭の中を巡るさまざまな思考もあります。
しかし、私たちは、そのすべてを同じように意識しているわけではありません。
例えば、今この記事を読んでいるあなたは、画面に表示された文字に注意を向けていると思います。
けれども、少し意識を広げてみてください。
- 今、周囲でどんな音が聞こえていますか?
- 椅子に座っているなら、身体が触れている部分の感覚はどうでしょうか?
- 部屋の温度や、窓から差し込む光は?
意識を向けるまで、氣づかなかったものもあったのではないでしょうか。
このように、私たちの注意は、膨大な情報の中から、ある特定の情報を選び取る働きをしています。
心理学や認知科学では、こうした働きを「選択的注意」と呼びます。
注意を向ける対象が変われば、私たちが意識する情報も変わります。
つまり、私たちは、周囲に存在するすべての情報を均等に受け取っているのではなく、その一部を選択しながら世界を認識しているのです。
そして、ここから、もう一つ興味深いことが見えてきます。
私たちは、目に入った情報を、そのまま受け取っているだけなのでしょうか?
3.私たちは、見たものに意味を与えている
例えば、知り合いに挨拶をしたのに、相手が何も返してくれなかったとしましょう。
あなたは、どんなことを考えるでしょうか?
「何か氣に障ることをしてしまったのかな?」
「嫌われているのかもしれない」
そう考える人もいるかもしれません。
一方で、
「何か考え事をしていたのかな?」
「聞こえなかっただけかもしれない」
と受け止める人もいるでしょう。
起きた出来事は同じです。
しかし、その出来事に与える意味は、人によって異なります。
相手が挨拶を返さなかったという事実だけでは、その理由までは分かりません。
それにもかかわらず、私たちは、過去の経験や、そのときの感情、相手との関係などをもとに、出来事の意味を考えます。
こうした解釈は、私たちが世界を理解するうえで欠かせない働きです。
ただし、その解釈が、必ずしも現実を正確に反映しているとは限りません。
過去に人間関係で傷ついた経験がある人は、相手の何氣ない態度を拒絶として受け取ることがあるかもしれません。
反対に、人との関係に安心感を持っている人なら、同じ態度をそれほど氣にしない可能性もあります。
つまり、私たちが経験している現実には、目の前で起きた出来事だけでなく、それをどう解釈したのかという要素も含まれているのです。
そして、その解釈には、過去の記憶や、私たちが大切にしている価値観も関係しています。
長くなるので、今日はここまでにしようと思います。
今日も、最後まで、読んでくださいまして、どうもありがとうございました。
最後までお読みいただいたささやかなお礼として、このページを見ながらあなたの体や心の痛みを思い浮かべると、それが軽減されるようなヒーリングを施しています。
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