今日は、

氣幸における「力を抜く」ことの大切さ

について書いてみようと思います。

 

どんなスポーツだって、必要以上に力が入っていたら、意図したとおりに

身体を動かすなんてできやしない。

ましてや、一流のアスリートになればなるほど、余計な力がちょっとでも入っているだけで、一瞬を競う中で結果に大きな差が生まれてしまうことになる。

だから、日々の鍛錬の中で、いかに、リラックスするか、必要な力を発揮し、動作の邪魔になる余計な力を抜いていくかを追い求めている。

 

僕らは、スポーツでも自転車に乗るでもなんでも、初めて体験するときに、

余計なところばかりに力を入れまくっている。

だから、たいていの場合、はじめから上手くいかない。

 

繰り返し練習することによって、だんだんとコツがわかってくる。

もちろん、繰り返すことによって、必要な筋力がつくこともあるかもしれない。

 

でも、それって、余計な力が抜けてきているってこと。余計な力が抜けて、それに妨害されずに、効率的な力の伝達が行えるような身体の動きができてるってこと。

 

僕はクンダリーニヨガをやります。

初めての人が、クンダリーニヨガを体験すると、まるで筋トレのように頑張ってします。とにかく、力んでいる。力を入れるのは簡単なんだけど、力を抜くのって本当に難しいんです。

 

クンダリーニヨガはエネルギーワークなので、力んでしまうと、身体の筋肉が硬直して、せっかく活性化したエネルギーの動きを阻害してしまう。筋肉を緩めておかないと、微妙なエネルギーの振動(バイブレーション)なんて感じられなくなっちゃう。

エネルギーを氣道を通って、巡らせたいのにできなくなっちゃう。

だから、クンダリーニにおいても、力を抜くことが何よりも大事。

 

 

じゃあ、氣幸はというとどうでしょう?

 

例えば、

ドラゴンボールで孫悟空がかめはめ波(氣のエネルギー)を放出しているとき、すごーく力が入っているように見えるのは僕だけでしょうか。

なんとなく、氣っていうと武道の達人のようなイメージがあって、とても強くてパワフルな力感を感じるイメージがありますよね。

 

でも、武道をやってらっしゃる方はよくご存じだと思いますが、やはり、いかにして力を抜くのかが重要です。静から動に移る際に、いかに力を抜いて、しなやかにってことですね。

 

氣幸に話を戻します。

氣幸は「共感覚による内部表現の書き換え」でしたよね。

共感覚とは、5感+言語・数学に情報を載せて伝えることでした。

5感は、触覚・聴覚・視覚・味覚・嗅覚ですよね。

 

どれも、筋肉をはじめとした器官への刺激を電気信号に変えて脳に伝えるんです。

 

そこで、力を入れ過ぎているとどうなりますか。筋肉をはじめとした器官が弛緩していないから、刺激が伝達しにくいと思いませんか。

相手の微細な変化をとらえようとした場合に、力が入っていると感じられますか。

力めば力むほど、5感で感じることは難しくなってきます。

 

ですので、氣幸でも、力を抜くことが、とても重要になるわけです。

 

一生懸命に頑張ってリキめば、たくさんの氣(情報)が出るわけではないです。

実は、力を抜いて、リラックスすればするほど、たくさんの氣(情報)が出ます。

 

極力、力を抜いて、リラックス・リラックスです。

 

それに、一所懸命に頑張って、リキんでしまうと、知らない間に、自分の氣(先天・後天の氣)を使うことになりません。注意です。

 

人の身体って、力を抜くコントロールをするのが本当に難しいものですね。

 

今日も、最後まで読んでくださいまして、どうもありがとうございます。

 

最後まで、読んでくださったお礼として、このページを見ながら、あなたの体や心の痛みを思い浮かべれば、それが軽減するようにしておきますね。