今から3年前の3月11日
東北地方から関東地方かけて
大きな地震が襲いました
その地震は、巨大な津波を起こし
太平洋側の各県を飲み込みました
自分はテレビで震災・津波の事を知り
その悲惨な現状を見るしか出来ず
「これは酷い…」と思うしか出来ませんでした
万を数える方々が亡くなられてしまい
いまだ発見されないままの方もいらっしゃると思います
それと当時にライフラインを失い
不安な日々を過ごされた方々が
心労などで深く心に刻み込まれた想いもあると思います
ネットのニュースなどでコメント欄があり
時々、茶化した様なコメントを見ると
「人って体験してないと他人事なのかな…」と思ったりします
そう言う自分も、こんな事を書いてる事そのものが
他人事なんじゃないのか?と思ってしまいますが…
ただ、阪神大震災の時も、東北・関東大震災の時も
自分の友人が被害に遭ってるので
記憶から消えたり、他人事の様には思えない気持ちがあります
幸い、どちらの震災でも
自分の友人たちは無事でした
ある記事で北野武さん(ビートたけしさん)が
東北・関東大震災の後に言ってた言葉を読んだのですが
****以下、yahoo記事より一部抜粋****
一個人にとっては、他人が何万人も死ぬことよりも
自分の子供や身内が一人死ぬことのほうがずっと辛いし深い傷になる。
残酷な言い方をすれば、自分の大事な人が生きていれば
10万人死んでも100万人死んでもいいと思ってしまうのが人間なんだよ。
そう考えれば、震災被害の本当の「重み」がわかると思う。
2万通りの死に、それぞれ身を引き裂かれる思いを感じている人たちがいて
その悲しみに今も耐えてるんだから。
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もちろん、この前後の文章もありますので
ここだけを見て賛否を唱えないで下さいね
自分が、この記事を見て、この言葉を見た時に
「人間」と言うのを感じました
命の大切さと、生きてる者の想いを
言葉として伝えると、時に他人事の様に聞こえる事もあると思います
ただ、人それぞれの現実や背景があるのも事実です
人間って、平気な顔して残酷な事を
言ったり、行動してたりします
でも、それを恐れてたら、何も出来なくなったりもすると思います
この中には正解や不正解なんてないし
その時に置かれた
現状・状況などでも変わってしまいますよね
但し、間違って欲しくないのは
「残酷な行動」と言うのは
人を苦しめたり、殺めたりする「犯罪」と言う意味ではないです
念の為、但し書きしときます
まだ、震災の影響で苦しんでる方も居ると思います
そこから立ち上がって行こうとしてる方も居ると思います
被害に遭われた方々や、心に深い傷を負われた方々が
それを背負ったまま忘れる事がなくても
1日でも早い復興が進み
安堵な日々が被災者の方々に訪れます様に
切に願っています