瀬戸内寂聴展を見てきた。
本当にパワフルな人生だったんだなぁ、と思う。
パワーは出し続ければ、さらに出る、ということだろう。
瀬戸内寂聴と言えば、仏教について書いた本を読んで、夫亡き後、ずいぶんと慰められた。般若心経の本は、製本を習った時に、自分で製本した記念の本になっている。
遠藤周作の人生相談の本では、話し下手の人に向けた話として、
話し上手より聞き上手の方がいかに大切か、という例に取り上げられていたのをいつも思い出す。遠藤周作と瀬戸内寂聴 (その頃は瀬戸内晴美だと思う) の会話は、お互いに話したいことばかりで、一方が話すと、もう一方は相手の話を聞いて話すのではなく、自分の話したいことを話し出す。お互いが自分の言いたいことばかり話し、会話のやりとりが成り立たない。だから、しゃべりたい人ばかりだと困るので、聞き上手の人が必要だ、という内容だった。
瀬戸内寂聴のエッセイで、不倫は雷に打たれたようなものだから、どうしようもない、という内容のものがあった。なるほど雷か、と思った。
ドイツで働いていた時のこと。日本人が何人も働いていて、日本から来て何年か働いて帰国する人、現地採用で定年までずっと働く人、いろいろだった。現地採用で、短期で働く、私のような立場もあった。
既婚だったけれど、ご主人を日本に残して期限付きで働きに来ていたXさん (30代前半)。私の上長Yさん (女性、40代半ば) は現地採用で定年まで働ける人だった。上長YさんはXさんを気に入っていて、私が働き始めた時には二人はすでに仲良しだった。
Xさんはどこに行っても男の人の目を引くようなタイプだが、気性もサッパリして明るい人だった。そのXさん、突然 (のように見えたが) 彼氏ができて、同棲を始めた。もちろん日本にいるご主人と別れたわけではない。それを知った上長Yさんは怒った、怒った。
「ちょっと、不倫するなんて、どう思う?」
仕事時間中にも関わらず、私は意見を求められたのだった。そう言われてもねえ…
その時すでに瀬戸内寂聴の「不倫は雷に打たれたようなもの」という言葉を読んでいた。雷に打たれちゃったんだからしょうがないよな、と思ったけど、怒っている上長Yさんにそれは言えない。何と言ったのか覚えていないが、何かモゴモゴ、お茶を濁すのに苦労した。Xさんはモテる人だったし、別にそんなことがあっても不思議ではないけれど、私にとってはどうでもいいことだった。怒るとか、腹が立つなんて言うより、興味がないのだった。
「不倫するなんて、もう友達じゃないわ」と
平然と言い放つ上長Yさん。あんなに仲良しだったのに、友達の気持ちに寄り添うということはないのか。いい年をした大人なのに。友達って、何なんだ?そういう人間性はちょっと理解できなかった。
瀬戸内寂聴展で、雷に打たれる話を、また思い出した。
亡くなった人とは、どうやらあの世で会えるらしい。
それまで、この世で頑張ろう。
