年末ってことと、来年は『あの時は特別だった』と思える一年にしたいと思っているもんで



ちょっとばかり年末っぽいことを考えてみたりした( ̄▽ ̄;)



今は僕が生まれた時なんかよりずっと『利便性』では高度化されている



携帯やスマホなんかでも『1人1台以上』って時代



これは大人だけの話じゃなく、小学生でも1人1台なのだ



僕が子供の頃は『ほったらかしで育てる』みたいな『お腹が減ってきたら戻るだろう』なんて…僕の親の世代はある程度僕達を『人』として見てくれていた



悪さをすれば怒られるし、その繰り返しで色々な事を学んでいったもの



その頃から比べれば『過保護』になったのかもしれない



『不審者が増えた』なんて印象からか、防犯ベルなんかも常備されているのだと



そんな話も耳にしたりする



実のところ『凶悪な犯罪』や『猟奇的な犯罪』は、今の方が数的には少ない



少ないからこそ目立つのだろう



その目立つ事件が『印象』として脳裏に刻まれる



そこから『危ない奴が増えた』ということなんだと…僕はそう解釈している



逆に『微罪』が増えた



ここでの微罪は『盗撮』とか『窃盗』とか…まぁ、微罪ではないんだけどね



あと『性犯罪』とか『薬物』が絡んでいるものとか



一昔前と違うのが、その犯罪を犯す人が『社会的に変質者ではない人達』だということ



公務員とか、サラリーマンや主婦なんか



『やる訳ない』ってイメージのある人達



きっとその人達も、時代の犠牲者なんだと思う



それぞれに『犯罪』だという認識はあるのだろう



でもそれは『知識』と『活字』としての認識



今、育っていく中でそこの学びは無いに等しいのだ



人との交流はあるが、皆が同じ感覚でいる為に『気持ちも同じ』だと誤認識してしまう



『草食系』とか言われたりするのもきっとそう



僕なんかは『異性とどうやったら仲良くなれるか?』なんて事を考えたものだけど、今は『二人っきりでも何も起こらない』のが特別な事ではなくなっている



僕はそういう感覚は理解できないんだけれど、その人達からすれば僕みたいな奴こそ理解されない



今は子供に『GPS機能』のある何かを常備させ、いつでも自宅から子供の居場所を把握出来るようになったし、現に活用されている



僕が子供の頃は当然そんなものは無かったけれど



それが当然な今に『不自然さ』を感じずにはいられない



黒電話→留守電→ポケベル→携帯→メール→SNS



ちょうどその流れの全てを経験する事が出来た身としては



自分は『いい時に生まれ育った』のだと実感する



その全てに『理解できない』年代ではなく『活用するべき』年代であること



このブログなんかもそうなんだけど、機能や流行に踊らされている訳でもなく



今の自分の環境で使うべきものを選択して活用する



ブログも、サービスが開始されてすぐやりだした訳でもなく



ツイッターやフェイスブックなんかは、今はまだ使う予定はなく



でも、興味が無いとかではなく



アレもコレもとしないだけの話



ま、アレもコレもとやり過ぎて訳の分からん事になっているヒトや『使いこなせている』なんて訳の分からん勘違いをしてるヒトなんかもいるみたいですけどね



モノというものは『便利だから使う』のではなく『使うべきトコで使う』のが正解だと思います



今の僕にはツイッターもフェイスブックも『使う理由』はドコにもないだけなのです