夏頃に書いてた記事なんですけどなんか内容の咀嚼と言いたいことがなーんか微妙だったのですごいためらってたんですけど
なんかもう出さないのもアレなんで出しちゃいます
(あとなんとなく『今』だなと思った)
ていっ!!

簡単に言うと『君たちはどう生きるか』ということをツラツラと
最近コスサミに行ったり、そこで久しぶりに会う人や
逆に最近着ぐるみを始めてお会いする人や
多種多様な人に会う機会が増えました
で
空白期間こそあれど、自分の着ぐるみ的キャリアデザインとしては曲がりなりにも
めちゃくちゃ「今」ちょうどいいな
と思っている次第でございます
なんというか『身の丈にあってる』
あと今の自分がやっている仕事的にそういう分野も齧っているので自分の着ぐるみ的キャリアを振り返りつつ、今後を勝手に考えていきたい
1年目~4年目
元から幼少期の物心つく時から「着ぐるみが好き」という自覚はあったものの、
プレイヤーとしてはやらなくてもいいかなと思っていた矢先、
2014年の夏、始めて行ったコミケで見たいわゆる『ネットで見たことある』着ぐるみを契機に
「どうせ彼女とかできないし、やりたいことやってしまうか」
と決断し、大学生ながら某A商店で着ぐるみをスタート
(その後なぜか彼女ができたのはなんかの記事で書いた。別れたけど)
あの頃はとにかくTwitterで小中学生の頃からそれこそ着ぐるみブログで知っていた人たちと1人でも多く繋がることに必死だった
(Twitterのフォロー如何をめちゃくちゃ気にしていたりもした)
その中で同年代や近しい歳の人との交流も増え、地元の友人、大学の友人と別ベクトルで交友関係が広がっていった
中でも埼玉の某所で下宿していたこともあり、割と自由にいろいろできた
(その後、キャンパス移転で実家に戻ってからは飛田給の某氏の家や、サンシャイン視聴も兼ねて別の某氏の家に転がり込んではラ!サ!の面を被り倒していた)
また、同タイミングで中二恋で合わせをするところと、「着ぐるみの写真を綺麗に撮る」というところでさんかくはさんから色々とカメラを教えてもらっていたりもした
(D氏からD40をもらったり、一眼レフに手を出していた時期でもあった)
この頃を総括すると、自分の黎明期でもあり、「着ぐるみやるのも好き!!」「着ぐるみ撮るのも興味あり!!」という感じだった
一方で「いつまでこの趣味をやっていいものか」という俗に言う一般社会性の自分も萌芽しつつあった
「いつまでこの趣味をやっていいものか」
この疑念を抱いていた2016~2018年の時期は記憶が正しければ、過去にもお話しした
「着ぐるみが好きなはずなのに着ぐるみを冷笑する」がなぜか界隈で流行っていた
(具体的には着ぐるみオフという名目でオフをするも着ぐるみを出さずに別のことをやることを美徳とするようなやつ、他のパターンもあったもかもだが)
同じく過去にも書いたが自分もその「毒」にやられてよくない方向に行き、何人か人を傷つけたこともあった
そこもありつつ、社会人になることを契機に一旦着ぐるみ界隈からは離れていった
5年目~9年目
社会人が始まり、コロナ禍にもぶつかる
社畜になったことで「普通の社会人」になるための社会性に染まり、着ぐるみからは離れていた
(かれこれ2018-2022年くらいまではイベントとか行ったりせず、たまーーーに界隈人と飲むかもしれないレベル。本当にあの頃自分会ってた人はいないんじゃなかろうか)
離れたといった一方、なぜか元カノや界隈で知り合った女性と再会し、「女性に着ぐるみを着せる」という美徳的行為にハマったり、
その最中、母親が逝去
立て続けに親族が幾人か亡くなる
そのあたりから「一般的な社会性」の枷が外れ
「どうせいつか死ぬならやっぱりしたいことしてから死にたいよな」
10年目~現在
五等分、あやトラで復活
この頃から「女性に着せる」や「カメラで綺麗に写真を撮る」というよりも
「着ぐるみを着るということが好きなんだ」ということと
「着ぐるみのこのライブ感が良いんだ」ということに気づき始める
また、なんだかんだで「複数人集めて宴会ガヤガヤやる」というのも好きなので、それも絡め始める
(忘年会とかの幹事をよくやるのでそういうのが好きなのは確実に死んだ母の血筋である)
総括
総括すると
初期→着ぐるみを始め、カメラや色々にトライする一方で、社会性を気にする
中期→他者に着せたり、他のことをするも、諸々を皮切りに箍(たが)が外れる
現在→着ぐるみ被ることを中心にライブ感を求めてワイワイガヤガヤやりたい
という流れ
現時点の今思うことは
辿ってきた道がどれも今につながっている
ということです
これは結局は社会人としてのキャリアとも同じで今にどれも役立っています
(キャリアって『轍』って意味もあるからね)
結果として当時ちょっと教わった撮影ノウハウはカメラニワカながら多少良い写真を撮る時に役立ったり
着せる一方でプレイヤーとしてやらなくなったらブクブク太った自戒をこめて今絶賛痩せられていたり
(こないだの過酷な旅でちょっと増えたけど)
トライする精神は変わらず、12年前はやることすら想像してなかったラバーを始めてしまったり
うーむ
自分のキャリア、なかなか面白いな
話をこの間のコスサミに戻すと、本当に10年ぶりに会う人が多く、10年前の今昔では皆変わったなぁと感じました
それこそ自分と同じタイミングで界隈入った某氏は当時「自分はカメラとかやらないかな」と言っていたのが、それこそコスサミではマイカメラ構えてバシャバシャ撮っていたり
人によっては自分では着ぐるみを着なくなり、人に着せたり
着ぐるみを介して数年経てばそれぞれいろんな道にたどり着くわけですね
『持ってる』人
ここまで話したのはプロ野球で言うところのドラフト6位くらいの人間のキャリアです
(自分はやっぱり今浪クラス)
(今浪クラスは大谷翔平を語ってはいけないらしい)
この界隈になんだかんだ二桁年いたら思うことが『持ってる人』は年に何人か流入してくるよなぁということ
個人的にそう言う人らをドラフト1位と勝手に思っております
(プロ野球だとドラ6でもすごいんだよぉ)
野球的に言うドラフトの順位がなんなのかと言うと
恵まれる機会の差
です
よくプロ野球では「プロになってしまえばドラフトの順位は関係ない」という言葉を聞きますが
実際にはめちゃくちゃ差があります
1位指名の選手は結果がどうであれチャンスを多く与えられます(入団3~4年目くらいまでは)
ぶっちゃけドラフトの指名順は順位に応じたチャンスの差を階級別に言い表していると言っても過言ではありません
例えば千葉ロッテマリーンズでも
2年前にドラフト1位で西川史礁外野手を指名しました
その時点でロッテには有望な外野手が何人もいる中で、練習試合から西川史礁の方が優先して使われます
で
成績低迷で二軍に落ちたりはあったものの
最終的にその年の新人王を取ってしまうんですよ
要は何が言いたいかと言うと
『持ってる人』は結果を残すんですよ
で
結果を残すと人が集まるんですよ
例えば僕の嫌いな福岡ソフトバンクホークスに何年も結果を残す近藤健介という選手がいますが
毎年凄まじい結果を残すと、シーズン前の自主トレには他球団からも選手が集まったり、
その人望からプロ野球の選手会長にまでなり、球界を中から支えています
何度も野球で例えて申し訳ないですが、昨今の野球は平然と150キロ投げる高校生が増え、しかもそれを打ち返す高校生も多い
高いレベルになってきたからこそ、ドラフトで指名される選手たちはより昔より高品質になっており、プロのレベルが上がっています
(なんでもyoutubeの発達や、動画技術が要因だとか)
それと同様に
着ぐるみの世界も、オーダーする先が海外になったり、より手に入りやすくなったり、写真のハウトゥーもどこかに転がっていたり、そもそもスマホしかり安価で手にできるカメラの性能があがっていたり
などなど
着ぐるみを入手する手段も増えたり、0の知識からでもきれいな写真を撮る術があったり、
そういうのもあってか『持ってる人』の比率も増えてきているなぁと感じます
『持ってる人』は基本的に与えられる機会が多いので周りから見れば羨望の眼差しかもですが
やはり自分はドラフト下位の身分
(そもそもドラフト1位クラスはこんなブログを読むわけない)
光が濃く刺せば闇も深く出るうんたらかんたらという言葉がありますが
いま思えば界隈に入ったばかりの黎明期はそういう『光』や『ドラ1クラス』になることに憧れがありましたが、
気づけば今のこの時分に落ち着きました
ひたすら『持ってる人』の才能を羨んだ時期もありましたが
ないものねだりは意味がないのです
今ある『自分』で『自分』を楽しむ路線が『今の自分』です
どの野球選手もイチローや大谷翔平になれるなら皆んななりたいものです
今後、みたいなものはそこまで深く考えてませんが
こうした駄文を書きながら、引き続き着ぐるみを興じつつ、相変わらず『いかに小・中学生の頃の自分』をペルソナの対象としながらやっていこうと思います
(強いて言うから千葉ロの優勝が見たいナ)
ということで、この界隈に入った皆様方それぞれにそれぞれのキャリアがあると思いますが、どういう道に行くかは人それぞれなので
急がず焦らず決めつけずでのんびりやっていくのがいいのかと思います
あとそんな『ドラフト』も一週間切りましたネ
P.S.


