気づきを得る

って表現、誰が言い出したんでしょうか。

おしゃれな言い回しだと思いますが、
知的な言い回しだとは思いません。

ごくたまに使うぶんには「ああ、流行語を使ってみたのね。トレンディー。」で軽く流しますが、
まぁ、会話のスパイスとしてたまに盛り込むぶんにはかまいませんが、
乱用するひとはほんとに分かって使ってるのかを危惧します。

てか、

こいつバカなんじゃないか

とすら思います。


この流行語を生み出した人はすごいね。
このコトバをたくみに操れば、能無し就活生を手玉に取れること請け合いじゃないの。とすら思う。

気づきを得る と
気づく

の違いってなに。

「気づく」ことは、漸進的に起こることじゃなくて、突発的に起こることが多いと思います。

例えば、漸進的に起こる例
Spring has come.(春が来た)
文法上は完了形だけど、春が何月何日に来たかは分かりません。けどだんだん春が来たってかんじ。

「気づく」は、春と違って、気づく前は「気づいてない」し、気づいた後は「気づいている」。
Yes、Noがはっきりしてる。realize or notが。

そういう、はっきりしてるものについて、

「気づきを得る」の

「気づき」→「得る」

っていう二連動作?二連コンボ?がわからない。

おそらく、

気づく→モノにする(getする、収穫とする、手中にする、認識する、とかそういうこと)

なんでしょうが、

モノにしてないかぎり、気づいてないじゃん。気づいているうちに入らないじゃん。

2℃手間。ていうかマジで気づくのにワンクッションおいてんじゃねーよ。オマエ気づくのに人の倍の時間かかってんのか?CPU大丈夫か?処理オチしてねーか?CoreDuoにしとけヨ!

って節操もない揚げ足取りをはじめたくなる。


そんなひねくれモノの俺が危惧するのは、

気づきを得る が汎用性をあげて

ひらめきをえる
うなづきをえる

知覚動詞が「名詞形+得る」になんでも変わってしまうこと。

ひらめく

より

ひらめきをえる

のほうが賢く見えるじゃんか。あーこわいこわい。


ひらめきをえるひまがあったら、

ひらめけ!!


お分かりいただけましたでしょうか。。

出過ぎたマネで申し訳なかとです。


http://www.youtube.com/watch?v=o2pdv_xT97U&mode=related&search=