改めて問うオリンピックのあり方 | 医療とバレーボールとアメリカ留学記

医療とバレーボールとアメリカ留学記

2016年5月9日からアメリカオハイオ州のオハイオ州立大学に留学することとなりました。日本では埼玉の大学病院でリウマチ膠原病内科医をしていました。冨永こよみ選手を中心に上尾メディックスを応援しております。これからは基本的には留学中の日記が主となります。

新国立競技場の建設計画が白紙撤回されたことは皆さんよく御存じかと思います。

昨日記事に書いたエンブレムの件も然り。

実は今だからこそ正直に話すが、2年前に東京オリンピックの開催が決定した時、私の正直な感情は喜びよりは不安でした。

おそらくスポーツ選手達にとっては東京オリンピックはまさに念願だったに違いないことは言うまでもないです。

だからこそ私は不安だったわけです。

冷静に考えてみてほしいです。

私を含めてオリンピックに選手として出場することに全く縁のない日本国民が東京にオリンピックを招致することで期待したことは何ですか?

世界一のスポーツの祭典を生で観戦出来ること。

本当にそうですか?

おそらく我々庶民のレベルではもちろんそれが一番であり唯一の理由である人が多いものと思います。

しかし、それに携わる非アスリートの役人達は果たしてそれが本来の「目的」であったのであろうか。

私は違うと思います。

このオリンピックに関しては各種政治家が中心的に関与しております。

つまり、その方達の「目的」は何と言っても「経済効果」ではないでしょうか。

東日本大震災のこともあり、日本にとってオリンピック招致により期待される経済効果、景気回復は多くの国民にとってそれも念願であることは理解できます。

しかし、これも冷静に考えてほしいこと。

それはなぜ日本はバブルが崩壊し、その後も景気が回復しなかったかということ。

今の政治家達にオリンピックを招致することで景気を回復させる能力が果たしてあるのでしょうか。

もしあるのであれば、現在に至るまでもうちょっとまともな政治をしているはずです。

昨日にも書きましたが、日本が世界に誇るものは「和の精神」です。

東日本大震災後もここまで復興できたのは政治力ではなく国民の絆だと認識しております。

新国立競技場の建設計画についても、その建設費用すら想定することが出来ない人達に、果たしてオリンピック後の経済効果が期待できるのでしょうか。


私はたった一つこれだけは忘れないで欲しいことは、オリンピックという大会の意義です。

もともとオリンピックの精神は「アマチュアリズム」だったわけです。

しかし、にもかかわらず近年は商業的かつ政治的な色調が強くなってきております。

国民がオリンピックに期待するもの、それはド派手な建築物や演出ではないです。

もちろん、その後の経済効果は期待はしつつも、これは「目的」ではなくあくまで「結果」です。

東日本大震災により苦しい状況だからこそ、税金を莫大に使うのではなく、地味でよいから主役である選手達や観客のことを第一に考えて、例えば屋根やグラウンドや観客席も安いコストでありながら非常に快適にプレーが出来、なおかつ快適に観戦できる「知恵」を生かしてこそ日本を世界にアピールできるのではないかと思います。

オリンピックまでまだ5年あります。

今まさにオリンピックのあり方を改めて問うべき時ではないかと思います。



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