前のブログに負けても悲壮感ないと書いたが
それは元々それらの競技自体の本質が「国旗を背負う」と言うよりも
あくまで「個人」が主体のものだったからな気がする。
で、古来からの競技にはやはりいつも「国」対「国」の戦いの意識が強かったのだと思う。もうそれは延々と繋いできたDNAみたいなもんだ。
だから今回も柔道の斉藤選手が「日本に帰れない」とか卓球の張本選手も「死んだら楽になるかも」と、言ったりするんだろう。
フィギュアで言えばあの伊藤みどりさんがバンクーバーSPで失敗した時、インタビューで「すみませんでした」と謝ったり、真央ちゃんもソチSPで出遅れた時、頭に浮かんだのは「もう日本に帰れないかもしれない」だったそうなので
競技による意識の差はあるかもしれない。
それが良いか悪いかは別にして
だとしても、
そのような新競技(新新人類)の人たちですらやはりオリンピックという舞台では、さすがにプレッシャーによる緊張は隠せなかったのだろうと
それぞれの選手を見て感じたのに
間違いはないでしょう。