先日、義理の兄が亡くなった。
姉の旦那さんだ。
ある日急に心筋梗塞で亡くなった。
持病や前触れなんて全く無かったらしい。
本当にある日突然だったらしい。
義理の兄とは付き合いも長く、会えばよくお喋りするような、そんな仲だった。
兄貴肌な人で頼り甲斐があって、私の中では兄が1人増えたような、そんな感覚だった。
実の兄弟には相談できないけど、義理の兄には相談できることがよくあって、本当に不思議な関係性だった。
ここでは書ききれないほど、たくさんお世話になった人。
だけどここ最近は、私が子育てやら遠い地域に引っ越したのをキッカケに、なんとなく疎遠になってしまい、会う機会もあまり無くなって、かれこれ10年以上は会っていなかった。
そんな状況の中での、ある日突然の訃報だった。
私はその知らせを電話で聞いたとき、瞬時に泣いた。
きっと、しばらく会えていなかったから悔しくて悔しくてしょうがなかったんだと思う。
会おうと思えばチラッとでも顔を出せる機会は正直あった。
なのにしなかった。
いつでも会えると思ってたからだ。
結局そんな機会は無いまま、終わってしまった。
久しぶりに会った義理の兄は遺体になった姿だった。
辛い。辛すぎる。
なんであの時会わなかったんだ…
一気に後悔の気持ちが押し寄せてきて、涙が溢れて止まらなかった。
生きてるうちに感謝の言葉を伝えたかった。
いっぱいお世話になったんだよなぁ。
私の中の義理の兄との最後の記憶は、私が出産した時にお見舞いに来てくれて、子供を抱っこしてくれた、それが最後の記憶だった。
あぁ…切ない。悔やまれる。
ここには書ききれないくらい、義理の兄との楽しい思い出がたくさんあって、走馬灯のように頭の中を駆け巡っている。
涙が止まらない。
でも私以上に辛いのは姉の方。
突然のことで、姉も憔悴していた。
姉は告別式で、義理の兄との最後のお別れの時に遺体に向かって泣きながらたくさんの言葉を掛けていた。
その中で一番印象的だった言葉がある。
もっと一緒にいたかったよ
愛してるよ
この言葉を姉は何度も旦那さんに投げかけていた。
特に『愛してるよ』は普段の姉のキャラからは全く想像つかなかった言葉だったから破壊力がすごすぎて、私は号泣してしまった。
姉は基本的に感情を表に出す人ではなかったから、だからこそ私はそんな姉が激しく取り乱している姿にビックリして、悲しくて切なくて涙がボロボロ出た。
姉はこれから1人で大丈夫だろうか…
そんな心配がより一層頭の中に強く浮かんだ。
女性は精神的に割と強い、切り替えも早い、なんて世間的には言われているけど、果たしてそうだろうか…
たしかに私から見れば普段の姉から想像すると性格的にはタフなように見えてるけど、そういう人に限って変な気を起こさないか、心配になんだよなぁ。
姉は子供もいるし、なんとか旦那さんの分まで頑張って長生きしてほしいな…そんな風に思ってしまう私は無責任だろうか。
その日はとっても刺激が強すぎた1日で、私はひどく疲れた。
自宅に帰った後も、私はずっと放心状態だった。
昔の楽しかった思い出の記憶が突然フラッシュバックしてくる現象が何度も起きて、そのたびに勝手に涙が溢れてくる現象が何度も何度も起こる。
どうしよう。辛い。
ここで私は初めて気づく。
相手が自分にとって、どれだけ大切な人だったか。
会えなくなって初めて気づく大バカ者であった。
そして最後に、姉夫婦の最後のやり取りを見ていていろいろと感じたことがある。
旦那を大事にしよう、ケンカなんてくだらない、旦那の愚痴や悪口を言いたくなる時はたくさんある、けど、そんなことしてる場合じゃない、1度しかない輝かしい人生の中で奇跡的に出会い結婚した者同士、そんなことばかりしてたら本当にくだらないしもったいない、仲良くしよう、一緒に居られる時間は有限、せっかくの結婚生活もっと幸せなものにしよう
そう思った。強く強く思った。
分かっているようで分かっていなかったかもしれない。
亭主元気で留守がいい、みたいな言葉があって、私ももれなくそんな風に思ってたんだけど、なんだかそんな自分が急に情けなくなった。
夫婦の在り方を見直そうと思った。
夫婦はやっぱり仲良く過ごすのが一番。
そんな当たり前のことを、姉夫婦から改めて学んだような気がした。
義理のお兄さん。いっぱいいっぱいありがとう。
あなたと親族になれてよかったです。