久しぶりの更新です。

母は元教師。
きれいな人でした。

本をたくさん読む、聡明な人でした。

職人さんに惚れて、「学があることが邪魔になる」家に
嫁ぎ、胃潰瘍で胃の3分の2切除するなど、病気続きで、

5年前に亡くなりました。

私はエナジータッピングを学ぶ際、
「母から褒められたことがない」
「けなされてばかり」
が重要な課題だったもので、

母を、今流行りの言葉で言うと、
「毒親」
と思っていました。

ツボをトントンとしながら、何度「母を許そう」と
したことか。

母のきつい言葉が気にならなくはなりましたが、

やっぱり母を許していなかったと思います。


ところが最近、ともだちの男性たちから言われたことが
母を想うきっかけとなりました。

「おけいさんは、女性には優しいけど、男性には
 厳しいですよね」

それで思い出したのです。
母が語っていた話を。

**母の話*************

家の初めての孫が恵子で、一族郎党が男子を希望していたから、
私が長時間の難産で恵子を産んだのに、
姑・小姑・お父さんらが、「ふん、女かえ」って
座敷に私を一人ぼっちに残したんだよね。

私は恵子を抱いて泣いたよね~。

それからは毎日入れるお風呂も、仕舞い湯。つまり
全員が入ったあとの最後の順番で、お湯も汚れでドロドロだった。

赤ちゃんの恵子をそんなところに入れたくなくて、
いつかきれいなお風呂に入れてやるからね、と語りかけた。
「望まれてない子なんだよ~」とも言ったよね。

おまけに恵子はまともに歩けなかった。
どっかおかしかった。
「祟りだな」
と近所の人に言われたりもした。

望まれていない女の子、それが恵子だったんだよ。

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だからどこかで私は男っぽいのかもしれない。

そして、当時の社会全体が望んだ「男」がふがいなかったりすると、
モーレツに腹が立つのかも。

「しっかりせ~、望まれてないこっちがこんだけ
がんばってるのに!」
って思うのかも。

今日泳いでいて、急にそのことを思い出して、
母の気持ちを考えて、私はゴーグルの下で泣きました。

そして、「許す」どころか、ようやく
「ごめんなさい」が言えたのでした。

当時はね、田舎では、そんなだったんですよね。


エナジータッピングやったり悟ったりする中で、
感情が残っていても、
ほおっておいていいこともあるんだわ、と
思った次第。

いずれ解けるし取れるし。

その時はふいにやってくるし。

そのきっかけをくれるのは、何気ない会話だったりするし。