咲花/活字倉庫

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一時創作小説とコラボ小説

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夢に見るほど覚えている。まつ毛に絡まる埃。晴れる気配のない黒煙、お気に入りのポシェット。焼けるような鼻腔と喉。
あらぬ方向に曲がった指と、血塗れの母さん。一体、何が正しかったのだろう。
俺はたったの3つだった。そんな俺でも自分の乗っている車が、後続車に押されて前のトラックに追突し、ぺしゃんこにされた事はわかった。
そして自分の命が幾許もない事を。
ぬるつく手を伸ばして母の細い手首を掴んだ。「お母さんだけで逝かせたら可哀想だ」、子どもながらに思ったからだ。
母さん、俺も連れてって。
母さんはすぐに俺の手を振り払った。もうこちらを振り向くことも出来ない。
「武止はダメ。絶対ダメ。母さんは死ぬの、理解しなさい」
それが最後の言葉だった。

俺が7つ、弟の小花溢が6つの時。転機が訪れた。
「にーちゃ、僕達で神楽やろう!花丸神楽を、僕達が父ちゃんからもらうんだ!」
「花丸神楽…」
花丸神社の神主は代々、花丸家の男が継いできた。神楽は男女1組、神主とその妻が担う。
母親を失った花丸神社はその後、神楽を父さんと父祖母で行ってきた。
「母ちゃんの分までやろう!僕が夫で、髪が長いからにーちゃが妻役をやるんだ!」
小花溢は俺に手を差し出した。俺より一回り小さな手のひらを、俺は拒む事が出来なかった。俺よりも小さい小花溢が俺よりも前を向いていた。
それは、毎晩枕を濡らす父さんの事を小花溢だけが知っていたからだったと思う。
神楽に縋るように、俺の人生は15まで真っ逆さまだった。

中学3年生の秋。俺は誰に咎められる訳でもなく就職希望していた。担任からは高校に進学するに十分な成績だと言われたけど、とにかく早く家や神社の支えになりたかった。
神楽にはまだ出させてもらえない。俺も小花溢も舞は十分覚えたけど、お焚き上げの煙の中で舞うのはまだ危険だと父さんが言っていた。
それは物理的にも、俺の精神的にもだ。
役に立ちたい。出来る限り早く。
「にーちゃ!おかえり!父ちゃんが、にーちゃに話があるから神楽殿に呼びなさいって!」
「只今戻りました…神楽殿に?」
小花溢はうっとりして頷く。
練習でも立った回数の少ない神楽殿には父さんが立って待っていた。
暑さも衰え小気味良い風が背中を押すようだ。灯りなんかなくても満月の月明かりが父さんの顔の線をしっかりと縁取る。
「父さん、只今戻りました。話って何?」
父さんは黙って水色の冊子を俺へ突き出す。
「…アオゾラ学園、学校案内…」
高校の案内パンフレット。全寮制の男子校、制服も選択科目もアルバイトも自由な校風、『やりたいこと』をしろがモットー。どのページも白や水色で彩られている。
「…何コレ。俺言ったよね。高校進学しないって。仕事しながら神社を継ぐ勉強するって」
「武止、進学しなさい。他の道は許さない」
冊子が父さんの体に叩きつけられ、折れ曲がりながら足元へ落ちる。父さんは瞬きも後退りもしない。
「やりたい事があるとしたら、それは神社を継ぐ事だよ。小花溢と神楽に立つ事」
「武止にも小花溢にもまだ神社はやれん。お前達では検討の土俵にも立たない。今のお前を神楽に出すわけにもいかない」
「なら就職して仕事しながらその時を待つ。今の俺じゃダメなんでしょ」
「いい加減にしろ武止。ほんの15歳ぽっちで勉学を放棄したような男を神社の頭には置けない。馬鹿でも時間が経てば歳はとる」
威圧に圧倒されそうになる。今日ばかりは譲れない。
「わかってよ父さん、俺は…母さんの代わりにはなれないかもしれない。でも早く神社の役に立ちたいんだ。じゃないと俺がここにいる意味が」
「そう思うのなら尚更。私がお前達を神楽に出さない理由をよく考えろ」
俺と父さんの距離を縮めるかのように、もうひとつの影が差し込む。
「…にーちゃ」
「小花溢、家に戻ってろ。兄ちゃんと父さんの話だ、小花溢は関係ない」
「……にーちゃ、ごめん。俺、にーちゃが進学するように説得してって父ちゃんにお願いしたんだ」
はじめて父さんが一足踏みだす。
「小花溢!余計な事を言うな!」
「にーちゃを神楽に誘ったのは俺だったよね。にーちゃを元気付けたくて、2人で神楽に出ようって提案したんだ。花丸家を継ぐんだって…だけど、俺知ってる。にーちゃは学校の先生になりたいんだよね?」
月明かりが酷く眩しい。激しい打擲を受けたようだ、俺はもう何も分からない。父さんの足元が蜃気楼のように揺れる。
逆光で小花溢の何もかもが見えない。
「にーちゃが母ちゃんの事を忘れられないの、わかってる。でも唯一見つけた夢を母ちゃんが居ないせいで諦めるなんてあんまりだ。母ちゃんは絶対そんな事許さない」
酷い。酷い。
あんまりだ。何がって、何もかも。
俺が何したって言うんだ。ただ俺は、居なくなった母さんの為にずっと神社に居たいだけ。小花溢の言う通り、役に立ちたかっただけ。
母さんが「理解しなさい」と言うから。残酷にただ老いさらばえるだけなら、ただ昼行灯となるだけなら、俺は生きていたって価値がない。
「だから…花丸神社は俺が一人で継ぐ。にーちゃが夢を叶えて、家へ戻ってきた時にいつでも迎えられるように、立派な神主になる。だから、にーちゃは進学して!俺の為だと思って勉強頑張って、絶対先生になってきて!」
雲が晴れ、月明かりが燦燦と弟に降り注ぐ。天使みたいに、抗えない娥娥。
小花溢はいつの間にか俺よりも向こう側に居た。いや、7つの時からずっとそうだ。
俺は3つの時から何も変わらない。母さんに手を払われてから、何も出来ずに固まってる。だけど今は、その手を小花溢が握ってくれる。
「…小花溢、ごめん。兄ちゃんが悪かった」
小花溢はアオゾラ学園の冊子を拾ってシワを伸ばすともう一度俺に差し出した。
「ううん!にーちゃは俺のヒーローなんだ、ずっと昔から。俺、にーちゃに何にも出来なかったけど…今なら出来る!俺、父さんよりも立派な神主になるから!応援してね!」
「まだ勉強も始めてないうちから、私よりも立派になると豪語して良いのか?小花溢」
「それはぁ…父ちゃん、お手柔らかにね…」
もう一度、冊子を見た。
全寮制の男子校、制服も選択科目もアルバイトも自由な校風、
「『やりたいこと』をしろがモットー…」 
「…回りくどい言い方をして悪かったな、武止。その校風の通りだ。やりたい事をして来なさい」

寮の荷物は入居日に搬入して、翌日には入寮と初出校日。父さんもばあちゃんも顔色一つ変えずに俺を送り出した。まあ、花丸神社まで徒歩で1時間程度の学園だし。
…小花溢は1週間前から毎晩泣いてたし、毎日連絡しろと送り出してきたけど。
クラスは1の1、隣の席はなんだか馴れ合いにくそうな男の子だ。ピアスが沢山着いてて、眠そうな表情をしてて正直怖い。
だけど、せっかく貰ったこの席。小花溢や父さんに胸を張って報告できるように、全力を尽くす。それで、きっと合っているよね。
自己紹介の順番が俺に巡ってきた。その場に立ち、精一杯の大きな声を出す。
「えっと…希望ヶ丘中学から来ました!花丸武止です!」