今日は昨日の続き、
②「見守る、寄り添う」について
私が思う事を書いてみようと思います


「見守る」「寄り添う」って 難しくないですか?

何をどう見守るのか?

どこまで見守るのか?

その意味というか 境界線が全然わからなくて…。
(今なお悩んでいます)


当時の私の解釈は こんな感じでした
     ダウン
・子どもの話をよく聞く
・親の意見を押しつけない
・子どもの意見を尊重する



不登校になった時 娘はまだ小1でした

小1って、まだまだ

手取り足取りの時期じゃないですか

だから

本人に任せて「見守る」ということが

正直とても心配でしたあせる


それに、私はもともと、手取り足取りかまうタイプ

失敗しないように

困らないように

先回りして整えてしまう

一応、本人に「どうする?」とは聞くけど

気づけば最後まで話を聞かず

途中で口を出して

こちら側(私側)の考えを伝えていましたショボーン



分かりやすいエピソードが
ランドセル選びの時です

当時6歳の娘は

ピンクラブラブのキラキラしたランドセルを選びました

もちろん、可愛いです

でも、先輩ママから

「ピンク系だと、高学年になって恥ずかしいって
嫌がるよ」と聞いて

正直、ピンクは阻止したかったんですよね


それで

「ピンク可愛いよね。でもさ、こっちの赤、
◯◯ちゃんにめっちゃ似合ってる!」

と、言葉巧みに赤を推しました

最初は渋っていた娘も

最後には折れて



 「ママが好きな色にしていいよ」と言いました


その時、私は「やったー!!」って思いながらも
……心から喜べませんでしたあせるあせるあせる



子どもが選んだけど

それは子どもの本心ではなく

「赤にして」と私が決めたと思われたくなくて

子どもがそう言ってくるように

仕向けていたからです

表面的には、
「子どもが選んだ」ように見えるけれど………


私は、こういうことを日常的にやっていました





子どもだから

知らないから

分からないから



一応「こうなるかもしれないよ」と
話はするけれど結局は


「この子はまだ正しい選択はできない」

「間違った選択をしたら困る」



そんな思いから 私の思う方へ引き寄せていました



全然、見守れていないし

寄り添えてもいませんでした



あの頃の私は

「こうしたら◯◯になるかもしれない」

「そしたら、次は◯◯かも…」  と

不安や心配ばかりで
失敗を極端に恐れていました


だから、先回りして
そうならないようにしていたんだと思います


ランドセルの話に戻すなら

高学年になって

「ピンク、恥ずかしいな」
「失敗したな」

と感じたとしても それでいいと思うんです
本人が選んだことだから

きっと次に何かを選ぶ時は

慎重になると思うので


自分で決めて

失敗したり、間違えたりする経験の方が

ずっと身にしみる

体感して「次はこうしよう」と思える



私は
そんな経験をさせないまま
自分の不安で
選択を奪っていたんだなと 今は思います



ランドセル選びで例えるなら
「この色がいいんだね」
「かわいいね」
「好きな色のランドセルだと嬉しいよね」

そう気持ちを受け取った上で

「大きくなったら、お姉さんみたいな色がよくなるかもしれないけど、それでも大丈夫?」

そう話して
それでも「これがいい」と言うなら、
ピンクを買ってあげればよかったんだと思います

はぁ~失敗したなぁ〜えーんあせる
と今でも反省するエピソードでした


私の 寄り添う、見守るの失敗からの

今感じることでした✨