昨日のブログで



 「不登校は、何か大きな出来事が原因なのではなく


 日常の小さな積み重ねが限界を超えた


結果かもしれない」 

 

という ランさんの言葉を紹介しました




 あの言葉を聞いた時  私の中で


見方が少し変わった気がしました





 「この子の“しんどい事”って何だったんだう?」 





そう考えた時 思い浮かんだのが


当時のわが家の毎日の流れでした



娘が小さい頃から


「早くから勉強を始めた方がいい」


そんな話を聞いて


3歳からくもんに通わせていました


小学校に入ってからの平日は、こんな感じでした



16:30 学童に迎え


17:00 帰宅

宿題+くもんのプリント(3教科・各3〜5枚)

やりたがらないので、私が付きっきりで約1時間


そのあと翌日の準備

忘れ物が多かったので

ここも私がかなり管理していました


18:30頃から夕食作り


お風呂 → ごはん → 就寝(21:00)



今思えば

娘が「何もせず、ただゆっくり過ごす時間」は

ほとんどなかったと思いますショボーン



当時の私は


「子どもは早く寝かせなきゃ」

「21時に寝かせるのが正解」


そんな思い込みがあり必死で家事をしていましたドンッ




そこに加えて


・慣れない学校生活

・学童

・習い事が週2回


ちょうどコロナ禍で 学童ではおやつもなく


静かに過ごす時間が多かったと聞いています




私は心配していなかったわけでも


配慮していなかったわけでもありません

 

でも今思うと


  娘の「本当の気持ち」


をちゃんと見ていなかったと思います悲しい





私はずっと


「こうした方がいい」 ビックリマーク   

「これが正解」ビックリマーク


を優先していました



娘はもともと

・活発で

・アクティブで

・外で遊ぶのが大好きな子


サッカーの話、遊びたい気持ち


「これやりたい!」という声も


ちゃんと出してくれていたのに



私は娘が


   本当に喜ぶこと


   心から楽しいと感じること


に耳を傾けていませんでした




今、こうして振り返ると


胸が苦しくなります


申し訳なかったと思いますえーんえーんえーん


必死すぎて、見えなくなっていました




なんであんなに


  自分を縛って


  ふるい立たせて


  必死に頑張って


いたのだろうと思います





「原因を探す」のではなく




「しんどさに気づこうとする」




視点に変わったことで


ようやく、娘の気持ちに近づけた気がしています







そこから


私の関わり方は少しずつ変わっていきました


その話は、また次回に書きますねニコニコ