一一八日目


 部屋で睡眠前のオナニーでもかまそうとしていたら、昨日のアニオタイケメンスタッフがノックもせずに部屋にあがってきた、危ない。英語のスピードが速くて聞き取れなかったが、「~ディック、マザーファッカーって日本語で何て言うんだ?」的なことを聞いてきた。バックヤードからゲラゲラ笑い声が聞こえてきたので、何か悪巧みしとるんやろうというのはわかった。適当に「お前なんか死んでしまえ、このクソ野郎が」と答えると、WhatsApp?の画面を見せてきて、もう一回言ってくれ!とリクエストを受ける。音声ファイルを友人に送信したいらしい。声を吹き込むと腹抱えて爆笑、握手まで求められる。「この意味は日本語のアイラブユーのことだってこいつに教えてやったんだ」とのこと。小学生かよこいつは。それだけのことだったが、ミッションを終えると満足そうに部屋から去っていった。今もゲラゲラと笑い声が聞こえてくる。あとからとばっちりでアニオタの友人にぶっ殺されないかだけが少し心配だ。それからどうやったらこんなに便器に糞がこびりつくんやという感じでトイレが大変なことになっていてろくに脱糞もできやしない。上からはガンガン雨漏り。愉快な宿だ。




一一九日目


 夜尿で4時前に目覚める。ほんとにおじいちゃんだ。日焼けした背中もヒリヒリする。10時頃にチェックアウト。薄着でバックパックを背負うと背中に甚大なダメージを受けるので、暑いけど上着を着てバスターミナルまで歩行。道中、犬にこれでもかと吠えられる。犬に噛みつかれる夢を見たあとなので、とても怖い。あとはヤニ乞食に遭遇。お金は簡単にはあげられないけど、ヤニは簡単にあげちゃう。11時半頃にターミナル到着、すぐに13時15分発の便をゲット。ヤニかまして便所行ってを繰り返してたらあっという間にバスの出発時間になった。


 バスに乗り込むと俺の座席には幼女が座っている、横にはおかん。学童は無料だからこうなっているんだろうけど、膝に乗せておくれよ。こういうことをされると俺にもしわ寄せが来る。指摘もできない雑魚なのでとりあえず真後ろに座るけれど、意外と車内は混んでいるしこの座席に本来の人が来てやいのやいの言われると少しダルいな。


 結局何事もなく15時半頃にウマウアカに到着。バスの中では基本的に寝ているけど、テンションが上がってずっと外の風景を見ていた。


ターミナルから2分くらいのとこに宿がある。ほんとに小さな村。ウユニを思い出すけど、どちらかというとカッパドキア的な感じかもしれない。岩だし、カッパドキアも広くていろんな村があるのと同じでここもウマウアカの他にティルカラやらプルママルカやらがある。宿に到着して早々、ホステルのスタッフに甚兵衛とバックパックを誉められるのが嬉しい。そのKimono良いね!小さいかばんもキュートだ!って。後者は若干皮肉っぽかったけど。

 何も調べないで来たらダメ、何度目だろう。フフイのときもフフイに着いたら谷があると勘違いしていたが、あそこはフフイ州のサンサルバドール=デ=フフイという街で何もないとこ。ここもフフイ州ウマウアカのウマウアカというこの辺ではメインの街だが、観光の目玉はここから一時間ほど南下しフフイ州ウマウアカのプルママルカという場所らしい。プルママルカの七色の谷がとっても有名でそれを見たかったのだが、こっちにはない。その代わりこっちは14色の谷があるという。こっちの谷はオルノカルと言うらしいので明日オルノカルへ行き、気が向いたらプルママルカにも行ってみよう。明後日以降の予定は未定で、フフイ方向に戻りプルママルカに南下するか、プルママルカからさらに下ってサルタという街へ行きチリへ向かうか。はたまた北上して、ボリビアかペルーにもう一度進撃するか。予定を立てない旅行の良いところがこの柔軟性。どうしようか。

部屋でゴロゴロしていたらウェルカムドリンクならぬウェルカムゼリーをいただいた。ほんとに良い宿!「パーフェクト」が口癖の兄ちゃんがとてもフレンドリー。英語がめちゃめちゃうまいのだが、高校で習って以来だから単語が出てこないという。それでも発音がなめらか。やっぱりスペイン語が母語だと英語も流暢になるんだね。ヤニ乞食してきたけど、それすらもなんかかわいいなと思える優しいパーフェクトお兄ちゃん。

 朝から何も食べていないので、空腹は限界。スーパーを探すけど、四軒しかないし全部閉まっていた。なんだこの村は、みんなどこで買い物するの?それで、しょうがないから久しぶりに外食をかます。ウユニで食べて以来のラマ肉を注文。携帯いじってたらWi-Fi?って聞いてくれる、この街の人みんな良いとやつだー。


コースが170ペソだから500円ほど、安いね。ラマはウユニで食ったそれより、数段うまい。肉が程良く柔らかく、でも油臭くないし肉肉しい。にくいね。このレストランとんでもない凄腕シェフがいる。俺以外客はいなかったけど。

独立記念の像、神々しい

上からの景色も素晴らしい

一時間くらいあれば、回りきれる村。でも、めっちゃ良い!写真で見ると空こんなにきれいなんだ。肉眼だと目が悪すぎてわからなかったけど。それから背中が痛すぎる。服越しでも直接火を当てられているがごとしの痛み。バックパックの奥底に軟膏が眠っていたので夜はそれを刷りこんだ。標高は3000メートルを越えるのでガスライターがつかなくなった。パラグアイの路上で拾ったマッチがここで活きてくる。



一二〇日目

 「橋の近くに行くとオルノカル行きの乗り合いタクシーがいるよ」と同室の台湾人が教えてくれた。料金は350、ネットでは250と書いてあったが、値上げだろうか。11時前に行ってみるとやはり言い値は350。みっともないので、というか小心者だから値下げ交渉はしなかった。自分が最初の客のようであと三人来るまで待ってくれとのこと。30分ほど待機するけど、他の客が来る気配は一ミリもない。タクシー乗り場の近くにはマーケットがあった、皆ここで買い物してるのね。早くオルノカル攻めて、野菜買って料理したい!

 この辺の人の顔立ちはペルーやボリビアの人にかなり近い。なんか典型的なインディアン?ネイティブアメリカン?のような顔立ちの人が多い。ウマウアカもアンデス山脈沿いでインカ帝国の一部だったようなので、その辺のルーツが同じだから至極当然のことなのかもしれない。

 にしても人が集まらない。一時間以上経っても自分以外仲間が集まらないのでマーケットで買い物かます。

トマト×2ニンジンさんと玉ねぎ。これだけ買って60円ほど、安い!

フルーツジュース60円。肌に染み入る感じがする。肉屋でも300グラム牛肉を購入。いつまで経ってもスペイン語が覚えられないから、300を計算機で示すと2キロくらい盛られた。そうだ、これも忘れてた。アルゼンチン含め南米で数字を示すと重さじゃなくて値段と認識するんだこっちの人は。そろそろ覚えなきゃ。

 運ちゃんとは14時に再会することを約束し、12時過ぎに一度宿に撤退。ルービーかましながら昼飯をつくる。野菜が新鮮だった、特にトマトはプリプリ。牛肉も赤身なのにとっても柔らかくて切りやすい。アンデス沿いは芋ばっかだと思ってたけど、案外この辺に関しては農業も盛んなのかな。ビールは都会よりも高い50ペソ、と言っても20円ほどしか変わらないけど。

とてもおいしくできた。ニンジンって固いから乱切りで細かく切るのが味も染みるし火も通りやすいし一番良いのかも。カレーつくるときもそうしよう。アルゼンチンにしては珍しく料理中にプレッシャーをかけてくる人がいなくてゆったり調理できた。そもそも宿泊者が少ない。台湾人もチェックアウトしたので部屋には自分一人だし。みんなプルママルカに行ってるんだろうな。プルママルカの宿代を調べたらここの倍ほどする、足元見てきてる。行くにしても日帰りだなこれは。晩飯の下ごしらえもできた!

 600ペソほど持っていたが、タクシー代で350消えて買い物で200近く消えてほとんどすっからかん。宿代まだ払ってないけど、カード使えるかな。。。

 14時前に戻っても観光客は俺一人らしく、運ちゃんもヘラヘラしている。いや俺が呆れてヘラヘラすんのはわかるけど、お前は笑うなよ。そしたら俺だけでも連れてってや。雷もゴロゴロ鳴ってるし、ぼちぼち小雨も降ってきた。服越しでも日差しがガッツリと日焼けした背中をいじめてきた朝よりは少しマシだけど。そんなことはどうでもよくってこれ集まらんかった場合どうなるの?この先も集まる気配一ミリもないけど。

無限にここで待機。砂ぼこりがすごくペルーのイカの砂漠を思い出す。早よこれを見せてほしいのや。

 再会して30分経過したところで痺れを切らしたのか、車に乗れとの指示。車はお金を渡したおっちゃんじゃなくて兄ちゃんの車。おっちゃんは兄ちゃんに100だか200だか渡していたので、おっちゃんはシャバを管理している人なのかも。あーこれは一人だけど連れて行ってくれるんかなと思ったら、橋から100メートルほど離れたバスターミナルに移動するだけ。どうやら、観光客を到着早々拉致する作戦のようだ。11時前から待っているし、宿に戻ったとは言えすでに二時間近く待たされているのだからちょっとくらいお金返してくれんかの。結局バスターミナルでも人はつかまらず、橋に戻ることに。たまたま一人捕まったようで二人で連れて行ってもらえることに、と思ったらまたターミナルへとんぼ返り。あと二人集まらんことには絶対に動かないみたい、ぴゃー。場所どこか知らんけど、歩いた方が早いんちゃうかこれ。今さら調べてみたら22キロ先にオルノカルはある。往復で44キロ。うーん、行けんこともなかったなこれは。でも高低差980メーターか。マジで微妙な距離やな。車やったら片道30分前後やし待機した方が早いのは確実だけど。

 先ほど合流した白人はなぜか降車、別の白人カップルが合流し三人で出発。それよか悪い流れだ。腹が痛い。ウユニのときと同じくらいの標高だし、あのときと同じ服を着てしまっている。手と足から噴き出す冷や汗、強烈な尿意、そして舗装されていない道による揺れ。とんでもなく悪い流れだ。とにかくひたすら早くテッペンで谷を拝んで宿に帰りたい以外の感情を失う、独特の観光スタイル。

到着、入場料は20ペソ。ウユニより全然標高は高い



14色あるのかは不明だけど、ここまでの世界遺産で一番良かったかも。カッパドキアに匹敵する。なんだろ、ダリの絵で見たことある気がする。これはすごい。絵本みたい。イスタンブールとかで感じたのと同じ気持ち。ただ腹は変わらず痛い。プルママルカは行かない。行かない後悔より漏らす後悔の方がデカいのはウユニで学習した。ここは穏便に済ませて、サルタへ下るのが吉だと思う。あとプルママルカとオルノカル両方行った人のブログ読んでも、オルノカルの方が良かったらしい。プルママルカは口ほどにもないイキり野郎なんだろう。

 こんなに後ろ髪引かれる場所だとは思わなかった。数時間待って他の観光客と行って良かった。というのもドライバーは英語を話せないから二人きりだと車内で地獄のような時間が待っているのは想像に難くなかったから。白人カップルはスペイン語話者だったのでドライバーと無限におしゃべりしていた。全く理解できないが、良いBGMになった。ウユニの二の舞にもならず無事宿に帰還できた。

 明日以降はサルタへ移動し二泊、そして当初の予定通りチリのアタカマ砂漠へ行くことにした。それでもフライトまで10日ほど余る。余裕を持って三日ほど空港のあるサンティアゴに滞在するとしてもぽっかり一週間ほど空いてしまう。サンティアゴから南部のパタゴニアまで飛行機で往復1.5万ほどで行ける。ここを攻めるのも若干アリに思えてきた。イースターに行きたかったが、最低でも往復で10万はくだらない。トルコでぼられたお金さえあればなぁ。。。まだ21時半ですが、ルームメイトが消灯したそうなので入眠します。どうせ夜尿で起きると思うけど。

続く