五一日目

 四時に目覚める。相変わらず寝付きが悪い。変な夢も見る。大体あり得ないシチュエーションで自分が殺されるオチの夢で大量の寝汗とともに目覚める。インドを出ればこの悪夢ともおさらばできると信じたい。

 寝られないのでトルコリラのレートを調べてみた。トルコリラの暴落という旅行者にとっては最高の朗報を一月前くらいにキャッチしていたが現状1トルコリラが約18.18円らしい。去年の旅行ブログを見ていると1TL約32円、一昨年だと1TL約45円との記載。一年で円の価値は約2倍、二年で約2.5倍。最高の時期にトルコ旅行に行けちゃうというわけだ。耐え難きを耐え忍び難きを忍んだ甲斐もあるというわけだ。

 8時半頃に再び起床。昨日は朝飯を食わなかったが、ここは朝飯つきのホステルだ。食わなきゃ損。フロントにて片言の英語でドゥーユーハブbreakfast?と尋ねると9時半~朝飯とのこと。めちゃくちゃ狭いホステルでどこにキッチンがあるのやら。甘んじて、待とう。

 待ち時間で南米行きの航空券を調べる。予定ルートのトルコからブルガリア、セルビアを経由しハンガリーのブダペストから乗るより、トルコのお隣ギリシャはアテネからペルーへ飛ぶ方がどうやら二万円ほど安く済むよう。ブルガリアでは同期のaokおすすめの共産党ホールを見たいという願望があるもののセルビアとハンガリーでは見たいものは特に何もない。アテネの方が面白そうだし、アテネからエジプトへも1.5万でいける。その場合カイロから南米へ行くのは少し面倒だけど。いずれにせよルート変更は要検討案件だ。

 シャワーを浴びチェックアウトの準備をして10時頃フロントへ。「紅茶とコーヒーどっちが良いか?」と問われコーヒーと答えるがこのスタッフが15分間全く動く気配を見せない。しびれを切らして朝飯はまだかと催促しようとしたところで突然立ち上がり外へ誘導する。つれていかれたのは小汚ない商店。

 道のど真ん中に置かれた椅子に座ると同時に拳ほどの小さなパンに、玉ねぎと青唐辛子の入った卵がサンドされたものとチャイを手渡される。コーヒーちゃうんかよ。おそらくあわせて20ルピーとかなんだけどめちゃくちゃうまい。ほどよい辛さと塩加減。朝の寝ぼけも覚めるうまさ。高かろううまかろうが成立しないところが面白い。腹は満たされない。

 部屋に戻り暫時だらだら。ここを出てしまうと、17時間と30分空港で待機だ。ベッドとの別れも少しは惜しくなる。

 今までの旅行はこんな感じで進んできた。


怒濤の陸路移動。もちろん経由地はもっと多いのでより長いと思う。が、こんな陸路移動は序の口で南米では二ヶ月でおよそ一万キロ以上を陸で進む予定。基本的に移動は嫌いじゃないのでそれほど苦ではない。東南アジアの長距離バスにしてもネパールのガタガタ地獄にしても耐えきった。インドの寝台列車は体調も含めて少しきつかったけれど。病気にならないことだけをひたすら祈る。

 12時頃にチェックアウト。外に出た瞬間どしゃ降る。逃げ込むようにしてケンタッキーへ。

結局一番うまいをインドで一番うまい。十数億の人口を持つのにケンタッキーに勝るシェフがいないなんて、なんとも悲しい。

 12時半頃、雨が止んだので空港へ向かう。歩いている途中に再びゲリラ。晴れているのに降ったり止んだり忙しい。

13時前には空港に到着。

前衛的なデザイン。ゴミだらけの街からは想像もつかない近代的な空港

 早速中へ入ろうとするが、止められる。
 「お前のフライトは明朝だ。少なくとも夜の8時までは入れられないね」
と空港の中にすら入れてもらえない。なんというケチんぼ。嘆いても奴らは腰にどでかい銃を装着してやがる。抵抗したら最後、現世とは今生の別れになる。というわけで13時半なのだが最低でもあと六時間半は空港を目の前にしてベンチでぼーっとしなければなくなった。コンセントもエアコンもない。さながらホームレスだが仕方あるまい。急ぐような時間ではないしまったりしよう。

今さらひたすら英語を勉強。ついでに南米のためにスペイン語を勉強。二時間半ほど勉強し16時になったが暇すぎる。飽きた。

 18時頃、周辺のカフェテリアを散策。最終的に行き着いたのは大好きなケンタッキー。結局ここしか信頼できへん。

インド限定のケンタッキー丼を注文。ドライカレーの上にフライドチキンがのっている。機内食みたいなチープさでうまい。日本でも出せば良いのに。

 18時半頃、そろぼち空港の中に入れるかと思ったらまだ深夜1時までのフライトの表示しかされていない。ダメだ。暇すぎる。価格は高いがビールカフェという空港すぐ外の24時間オープンの飲食店でアルコールをかます。約二時間弱粘る。



合計837ルピー。ひっくり返る高さ。最後の晩餐だからまあよしとしよう。


 喫煙所に来るのは五度目くらい。さっきも声をかけてきたおっさんがまた声をかけてくる。ホテル経営者のようで「ベリーチープ、タクシーで送るし泊まってけよ」と。聞くに2500ルピーらしい。今までマックス600、平均で300とかの安ドミトリーにしか泊まっていない俺にとっては相当高額。そもそも、あと100ルピーくらいしか持っていない。明朝までここにいるよと言うと笑われる。笑ってくれて結構よ笑われてなんぼよ。


 13時頃に来たとき、20時には入れると屈強なガードマンに言われていたので20時過ぎに再びゲートへ赴く。クウェート航空を利用しイスタンブールに行くのだがさっき6ゲートで表示のあったクウェート航空の文字が消えている。1~8までぐるっと見渡すもどうやらクウェート航空は消滅しているようだ。予定フライトの表示も深夜2時までなので単純計算であと3時間半は待ちぼうけになる。早く中で寝転びたい..。最後の最後までインドは僕を苦しめる。


 22時半頃、再三ゲートへ向かう。例のごとくフライト表示は4時半のものまで。下の階にはベンチがあり待機できるが出発階にはない。なので上へ行っては下に戻るを繰り返している。完全に変な人だ。


噴水のライトアップはええから中に入れてくれ


自販機で購入。合計80ルピー。一瞬で完食。三食食べたのは二、三週間ぶりくらい。俺の胃袋もまだ捨てたもじゃない。空港価格というのもあるが暴飲暴食で1000ルピー以上浪費した。安宿なら三泊はできる。こんなことなら空港近くの宿に泊まった方が安く済んだんじゃないか、と思うも寝坊しないからと誰に非難されるわけでもないのに自己弁護に必死になる。俺は正しい。


インド総括


治安★×2.5(そこまで危なくないと思う。鉄道も安心して乗れた。人はとにかくうざい)
飯のうまさ★×2.5(うまくない、そこまで安くない。ケンタッキーが一番うまい。)

雰囲気★×判定不能(俺にとってはゴミ。インドで価値観変わったとかいう人はそこが好きなんだと思う。で、どんな風に価値観が変わりましたか?)

物価★×3.1(安くない。ネパールよりやや安いくらい。)

清潔度★×0(最悪)

Wi-Fi★×2.2(空港ですら、つながらない。ホステルでも微妙)

総合おすすめ度★×判定不能
二度と行かないと思う多分。

浪費オブ浪費と自分でも実感。トルコでは浪費癖を正したいが、物価がインドの倍ほどするのではないか..。なんとかもちこたえたい。



五二日目

 24時前にやっとこさ空港の中に入れてもらえる。チェックインはまだ始まっていない。充電ゾーンでひたすら座り込み携帯をチャージ。深夜3時前にやっとカウンターが開いた。あーインドともお別れだと感慨に耽っていると、職員から「片道航空券ではトルコに入国できない」とのお達し。そんなの下調べでも見たことなかった。そもそもお前らクウェート人がなんでしがないアジア人のトルコ違法滞在の可能性について心配すんねん。余計なお世話じゃ。離陸一時間半前に急いで一番安そうだったイスタンブール-アテネのチケットを確保し図らずも10月3日のギリシャ行きが決定する。自動的にブルガリア-セルビア-ハンガリーのルートは廃止され、ギリシャから南米へ行くことが決定的となった。


 アテネ行き航空券の購入画面を見せびらかしてからも15分間もたもたもたもたと。「今何ドル持ってる?」とかそんなん何で聞くねん。一億万ドル持っとるわボケ。クウェート航空だけど最後の最後までこのインドという土地と相性が悪いみたいだ。


 この飛行機に乗る誰よりも早く来てるはずなのに一番チェックインが遅い。不憫でならない。



LCCとは思えない。原油産出国ってやっぱお金がある

大したことのない、機内食。機内の豪華さからは拍子抜けだ。機内ではひたすら睡眠。

 7時頃クウェート着弾。ATMでドルが手に入れられるとのことで、すかさず引き出す。500ドル。円はレートが弱いくドルはどこでも使える。


 ベンチに座っていると、例のごとく団塊世代の日本人に声をかけられる。「最近の若いやつは~」から始まる常套句を初めて経験した。朝鮮戦争の特需やら当時の経済成長の要素を全て棚上げにして戦後世代はギラギラしていて日本を最強にしてきたのに、今の世代はやる気がないのどうのこうの。散々、若者世代の悪口を眼前の若者に吐いたあとに「iPhoneの使い方教えてよ」の図々しさ。ほんとに団塊ってすげえ。約90分のスマホ講座を開催。飯でもおごってくれんかなと少しは期待するが、何の礼もない。絵に描いたような老害。


 11時頃、クウェート発で予定より30分早い14時前にはイスタンブールに到着。メトロと路面電車を乗り換え15時過ぎにスルタンアフメットという旧市街、本日の宿の最寄り駅に到着。駅に降りた瞬間トルコ人に拘束される。会ってほしい友だちがいるんだ、と言われほいほいついていく。その友だちというのが絨毯屋とレストランと旅行代理店を経営している34歳の日本好きのトルコ人。小銭稼ぎで外国人が出演する日本のテレビ番組にもちょいちょい出てるらしい。390ユーロのカッパドキア&パムッカレツアーにしつこく勧誘される。約5万円で8日間は考えもの、多分そこまで高くはないと思うけどやはり高い。一晩考えるから持ち帰らせてと、一旦引き返す。まだチェックインすらしてないしバックパックを背負っている。


 「新市街のぼったくりには気をつけろよ。この間も日本人の友だちが40万ぼられてたから」との捨て台詞。俺はそういう警戒心だけは最強だから大丈夫だよと完全にたかをくくっていたが結果的にフラグとなった。


 このトルコ人と別れて二時間後の20時くらい。俺は新市街で約8万円ぼられていた。


 トルコ人と別れた直後にドイツ人を名乗る男に道端で声をかけられる。「日本人?俺の住んでる街で香川真司がプレーしてるぜ」。曰くドルトムントに住む27歳経済学部生のバックパッカー。「俺のママはトルコ人だからこの辺も詳しい。一緒に飯食おうぜ」って言われたらもう行っちゃうやん。なんかタバコもやたらくれるし優しいやつだなあとふわふわ思っていた。行きつけの店があるとのことでそこまでタクシーで行くのだがタクシー代も払ってくれた。この時点でなんか怪しいかもと思うも店には入ってみる。真っ暗な店内をミラーボールが照らすクラブのようなバーのような、店。これぼられるわ、でもまあせいぜい一万くらいやろなんて余裕をかましていた。自称ドイツ人は近くのトルコ人美女二人をナンパ、臨席させる。自称独人に煽られ、二人合わせて7杯くらいのビールとケバブを飲食。ドイツ人はずっと姉ちゃんの乳を揉んでいたが俺は日本人として精悍な態度を守りラッキーエッチはお預け。まあそれはいいのだが会計の段階で威圧感たっぷりの巨漢店長が登場。


 「お待ちかね!会計はこれだ!」と突きつけられたのがなんと5900トルコリラ。1トルコリラ=約18円だから約10万8000円也。屈強な男に囲まれ俺は観念した。酔いも回っているし抵抗できない。というか、ここまで典型的なぼられ方は初めてで逆に笑ってしまった。これがぼったくりかと。数100トルコリラしか所持していないからカードで払わせてというも現金しか取り扱っていないと、とりあえず財布全部見せろや。ということでこのとき持っていたトルコリラの全部400をパクられる。ドルは使えねえということだったが今確認すると謎に200ドルも消えていた。現時点で所持金0TLと200ドル。


 で、ドイツ人と折半だから5900割ることの2、引くことの今払った400で残り2500の要求。ムキムキの男どもとATMへかけてゆき、2500キャッシング。2900トルコリラ×18+200ドル×110=約8万を浪費してしまったということだ。1杯一万円のビールに1皿一万のケバブ。ちなみにケバブは涙が出るほどうまかった。「日本のキャバクラはもっと高いだろ、今度は気をつけろよ」と店長が最後になぜか気を遣ってくれる。ドイツ人もろともグルだったというわけだ。インドを出て浮かれすぎていたのと、ドイツは日本の相棒だという勝手な勘違いが故の過ち。あとは去年のレートだと余裕で十万越えていたのと勉強代だと思う外ない..。


 ホステルについてからは倒れるように就床。現在10時、日本との時差は6時間。約48時間シャワーも浴びてないし歯も磨いていない。切り替えてとりあえず清潔にして外に繰り出そうと思う。


続く