三七日目
5時半頃、地震のような地響きで目が覚める。ドアのノックが止まらない。昨日、俺を乗せたホステルお抱えのドライバーが朝から無理やりサンライズを見に行かせようと起こしに来たのだ。体調が優れないから集合時刻にロビーにいなかったら他の人だけ連れてって、と昨日はっきり言ったのに。こいつは良かれと思ってお節介でやっているのではなく俺が金づるにしか見えていないようだ。
そしてこのインド人がしつこい。15分ほど信じられないほどの強さでノックし続ける。ドアが破壊されるのではないかとの恐怖に駆られるが幸いそんなことはなかった。ノック地獄が終了したのも束の間よくわからないが多分外のブレーカーを操作して部屋の明かりを灯し始め視覚攻撃に入った。マジでイカれてやがる。ついでにエアコンも切られた。この調子だと鍵開けて中に入ってくるのも時間の問題ではないかと心配になる。こっちは徹底的に狸寝入りを決め込み応戦。30分後何事もなかったかのように静寂が訪れた。
俺はあいつの運転で案内などされる気は毛頭ないし、死んでもビタ一文払う気はない。もうこりごりだ。今日自分の足で散策してバラナシとはおさらばだ。
10時頃まで二度寝を決め込む。またノック攻撃で起こされる。ドアを開けると召し使い的なやつが朝飯ができたことと食ったら部屋を移動しろと言う。なんで部屋を移動しなあかんのかと問うとこの部屋は他の奴が使うからと。この部屋だから1200払ってんねんぞおかしいやろとこいつに言っても仕方がないので朝飯の前にオーナーに伝えたいことを手紙に書いた。英語で喧嘩ができるとは思えず、とりあえず紙にまとめて渡した方が早いと思ったからだ。
要約すると
1.お前の宿高すぎ。ブッキングドットコムで見たときの3倍ほどするやん。部屋をかえるなら400ペイバックしろ。
2.今朝の頭のおかしいドライバーを何とかしろ。
3.ポケットWi-Fiいつになったら寄越すねん。一生貸してくれへんやん。
4.お前が要求を飲まないなら悪評を垂らす。
上記4点を主張した。
下記がオーナーの主張
1に関してはお前の勘違いだと言ってブッキングドットコムを見せびらかしてきた。俺はここを「ラヴィバラナシ」だと思っていたが実は「バラナシヴィラ」だった。アプリを見ると高い料金だが確かに正規の値段を示している。これは俺の過失だから謝った。
2に関しては知ったこっちゃない、てめえで解決しろと。いやおかしいやろ、お前の管理するホステルに不法侵入して客に迷惑かけとんねんからなんとかすんのはお前やん、と言うものののらりくらりとかわしてくる。
3に関しては「ごめん忙しくて忘れてた」ととぼける。結局、宿を出るまで貸与してくれることはなかったから貸す気はハナから1ミリもなかったのだろう。
4に関しては「俺は日本人に信頼されている。見ろ、このラインの友だちとレビューを」と自分の信頼を盾に抵抗してくる。お話にならない。
20分ほど口論は続いたが、埒があかないのでしぶしぶ部屋を移動するのだが、まあこの部屋がひどい。雨漏りしてるわ、エアコンがうんともすんとも動かず死ぬほど蒸し暑い。もう言いたいことを言う元気もない。
そういえば昨日、今日の11時には明日のアーグラ行の切符をよこすと言っていたがいつ頃になるんだろう、なんてことを考えていたら18時過ぎまで寝てしまった。一生体調がよくならない。寝れば治るやろと鷹をくくっていたが、翌日も熱は引かない。
バラナシにせっかく来たのに、何にもしていない何やってんねん俺は。
三八日目
7時半頃に激しいドアのノックで起床。朝飯にしては早いと思い、昨日の悪夢を思い出す。見知らぬ兄ちゃんが、オーナーが呼んでいるから下に降りてこいと言う。
オーナー曰く
「昨日鉄道事故があって出発が3時間ほど遅れるからキャンセルしといたよ。代わりにそこの兄ちゃんとアーグラに今から車で行ってくれ。」
一瞬耳を疑った。はい?こんな朝っぱらに叩き起こされ勝手に電車キャンセルされて、挙げ句ワケわからんやつとアーグラに9時間かけて車で移動しろだ、今すぐ準備しろだ?
さらに追加で移動費を2000ルピー寄越せと宣う。何が「タクシーだとテンサンザウトかかるね、ベリーチープね」だよ。しばきまわすぞ。そのときは状況が把握できずOKと答えその場を後にするが、部屋に戻って冷静に考えるとどう考えてもこいつの主張がおかしい。
階段を駆け降りて訂正した。俺はバラナシの違うホテルでもう一泊する、そっからアーグラ行くから。電車代800ルピー返せ。
「車で行く方が良いと思うけどなあ。こいつはグッドガイだよ」とごねてくるが無視。お前が良いと思うか知らんけど、俺は絶対に嫌だ。お前らなんか信用できるかボケ。
「キャンセル料300かかるからペイバックは500だ」。300懐に入れようとしているのかこのクソジジイ。
500を返させるとお前は用済みだと言わんばかりに「早くチェックアウトしてくれ。次の客が来るから」と決まり文句をたれる。
昨日と同じまずい朝飯でようやく眠気が覚める。チェックインしたときは「昼飯がいらなくなるくらい最高にうまい飯をもりもり食わしてやる」なんてほざいていたのに、小さなトーストにオムレツ、あとはチャイだけ。

これのどこが最高の朝飯なんだ。
朝飯を食っているときにオーナーが「そういや、お前に昨日水×2あげたやろ?あれ一本30ルピーやからあの代金払って」と言う。
そのときは、俺がいくらか尋ねても答えなかったくせに今になって請求してきやがる。クソジジイが。「OK。ちょうど喉が乾いているからもう一本くれ」。こうなったら徹底抗戦よ。俺はこの金を踏み倒そうと心に誓った。後輩のoisが
「インドはめちゃくちゃですからね。その分こっちもめちゃくちゃできますけど」なんてかっこいいことを言っていた。目には目をだ。相手がそうならこっちもめちゃくちゃやらねば。
ゴミみたいな朝食を食い終え、部屋に帰ってまったり準備をしているとまたチェックアウトを急かしてくる。うるさい!ノックすんな!今用意しとんねん!
下に降り、オーナーに鍵を渡す。当然90ルピー請求して来るが、俺は払わない。お前はそもそもほんまに電車の予約してたんか?証拠見せろよ。キャンセルしたんは俺の意思じゃないし、お前の勝手やん。なんでキャンセル料取られなあかんねん。300ルピー返すんやったら、俺は水代払ってとっとと出ていくわ。
怒りに任せると英語がすらすら出てくる。へったくそな発音だったと思うし、文法も間違っていると思う。でも怒りをうまく利用すれば伝えたいことははっきりと伝わることがわかった。恥ずかしがっている余裕もないし。
怒り狂った俺を見てオーナーは「出ていけ」と一言放った。精神的にも金銭的にも甚大な被害を被った。試合には負けたかもしれない。しかし勝負には勝ったのだ。周りにいる日本人はケラケラ笑っている。ああ笑え。騙されているのはお前らなんだよ。どう考えてもこの「バラナシヴィラ」はワールドクラスのグズ宿だ。出てから気づいたが、一昨日食べた350ルピーのカレー代もうまく払わず済んだ。鬼のようにまずく俺がつくった方がうまいし金など払う価値はない代物だからまあ良いだろう。
雨の中、次の宿を目指しバックパックを背負い約8キロの道を駆け抜けた。ガンジーの格言「死ぬまで勉強」みたいなやつを座右の銘にしようとか数日前まで能天気なことを考えていたが俺は日本男児。「アメニモマケズカゼニモマケズ」だ。宮沢賢治よろしく大和魂見せてやるよ。こんなどろどろの道へっちゃらよ。足は牛の糞で泥んこ、バックパックは雨でびしゃびしゃになっているが、勝利の余韻に浸り少し心地よい。
リキシャが相も変わらず声を駆けてくる。触るな!危ない!黙れ!なんやねん!で一蹴。こいつらは俺の敵ではない。雑魚だ。
次のホステルの近くまで着いたのは約90分後の11時半頃。が、見当たらない。ここでインド人が声をかけてくる。案内してどうせ金せびんのやろな、と思いつつも乗っかってみる。ホステルは路地裏にあり案内がなければ多分たどり着けなかった。
「さあ、案内したから金寄越せ」。予想通りの行動に相手は出た。すでに俺は次の行動を決めていた。懐から100均の扇子を取り出しかっこよく「ファサッ」と開いてみせる。こいつはジャパニーズトラディショナルファンだ。1000ルピーはくだらない。特別にこれをお前にくれてやろう。と言うとキャッキャッしながらインド人はその場を去った。雑魚が。
このホステルは朝食つき150ルピーの良心価格。微弱ながらWi-Fiも飛んでいる。微風ながらも扇風機もあるし悪くない。あのゴミグズどものおかげで俺はバラナシ滞在を1日延ばせた。観光もできる。逆に感謝してガンジス河でも拝みにいこう。教訓は「インド人を絶対に信用してはならない」ということ。隙を見せないことが肝心だ。
続く

