鹿児島県指宿市「薩摩國一之宮枚聞神社」の「例大祭(ほぜ祭)」に参加致しました | ザ・ブルーズ・ナイト♪~イソノミヤを求めて~

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”イソノミヤ”とは?ギリシャ・イオニア地方のかつての自由で平等な気風の無支配都市であり、伊勢神宮内宮(磯宮)の古い呼び名のことです。

「鹿児島中央駅」から
「開門駅」まで1時間40分。

 

「開門駅」から徒歩14分の
距離にあります。

 

 

因みに「薩摩国一之宮 
枚聞(ひらきき)神社」
より徒歩2分です。

 

 

◆凱旋門

<碑 文>

 

 

凱旋門
 尾丘謹書

 

<碑 文Ⅱ>



凱旋門の由来

 明治三十七・八年
日露戦争出征兵士の

凱旋を迎えるため
旧頴娃村住民一同は

枚聞(ひらきき)神社
旧一の鳥居近くに

凱旋門を建て
その武功を称え

村民を挙げて歓迎した。



 日本軍将兵の大勝利で
吾が国は国成を世界に広め

国際的地位を高め
近代国家としての
基礎を築いた。



 爾来、頴娃村民の
愛国心は高まり、

凱旋門は
郷土発展の拠所として

宮馬場の一角に聳え
村民に親しまれていた。



 昭和四十年代
県道の拡幅工事か決まり

凱旋門も撤去され

今日までその形骸を
曝していたが、



日露戦争終結
八十周年を迎えるに当たり

由緒ある凱旋門を復元し、
重要文化財として

後世に伝えるべく、



町内有志相謀り、
浄財を集め、

一部欠損部分を補填、
原形とおり復原ができた。



 此を契機に
世界の恒久平和を願い

活力とぬくもりにみちた
開頴両町民の象徴として

末永く継承保存されることを
期待するものである。



昭和六十年十月十四日
開聞町凱旋門復原同士



時代そして
猛き先人の皆様を偲びつつ

謹んで
祓い、鎮魂を
行わせて頂きました。