鹿児島県霧島市にある
「十三塚原特攻記念館」を訪問しました。
特攻基地だった
「海軍航空隊第二国分基地」の
敷地の一部に建てられた
「十三塚原特攻記念館」の紹介です。
◇全員特攻命令拒否
一九四五年三月
総合艦隊司令部の宇垣長官が
「米機動部隊を迎撃するには
フィリピン戦でもっとも
効果と戦果を挙げた
特攻戦法のほかなし」
と決断し、
各飛行隊員全員に特攻を命じた。
これに対してフィリピンでの
特攻作戦を経験していた
国分基地の江間飛行長は
否定的であった。
機材も惜しいが、
それよりなにより
時間をかけて鍛え上げた
搭乗員を喪うのは
もっと惜しい
と考えていた。
国分基地では
宇垣長官の指示を受けて、
飛行隊員の前で
木田指令が
「全員特攻」を命じ、
作戦行動にあたって
「菊水部隊彗星隊」と
飛行隊の名前を発表した後、
江間飛行長が指揮官として
具体的攻撃の説明に入った。