テーマの本を読みたいですよね。 ![]()
といっても、忙しいやら老眼気味だったりなどして、なかなか思うにまかせず… 読みかけのまま読み残すことも多いもの![]()
私は「蟻の兵隊」だった
「蟻の兵隊」とは、愛媛・松山でも2007年にシネマルナティックで上映された映画のタイトルです。
一見、とても地味な感じの映画で、あまり期待もなく観に行ったものですが、(私の中では)これは大ヒットでした
1945年、終戦になり、南方や中国各地の戦場から日本軍兵士が復員したあとに、軍の命令で2,600人もの兵士が中国山西省に残され、日本軍の命令によって中国の国共内戦を戦わされた、という一般にはほとんど知られていない実話に基づいたものです。
その、兵士のひとりであった奥村和一さん(80?)を追ったドキュメンタリーでしたが、地味で実直なただのお年寄り、にしか見えない奥村さんが、自分たちの壮絶な過去を封印せず、執念ともいえる情熱でもって、日本軍と政府の責任を問い、裁判に訴え、中国にも文献調査に行くのです。調査の傍ら、初年兵だった自分が、上官の命令でやむを得ず人を殺した現場を訪ね、静かに手を合わせていました。日本政府は、奥村さんたちを「勝手に残留して勝手に戦った」として、未だに謝罪も戦後補償もしていません。
4年間の戦闘の後、捕虜になった奥村さんは、戦後10年もたってようやく帰国しました。奥村さんの体には今も砲弾の破片が無数に残っています。
この本には、当時のことや映画撮影の背景などが奥村さんへのインタビュー形式で収録されていて読みやすくなっています。奥村さんは、軍命で残留させられた犠牲者としての怒りとともに、かつて無辜の中国人を手にかけた加害者としての内面の苦しみを語っておられます。
…日本軍山西省残留問題とは…
終戦当時、中国の山西省にいた陸軍第一軍の将兵5万9千人のうち約2600人が、ポツダム宣言に違反して、武装解除を受けることもなく中国国民党系の軍閥に合流。戦後なお4年間共産党軍と戦い約550人が戦死、700人以上が捕虜となった。元残留兵らは、当時戦犯だった軍司令官が、責任追及への恐れから軍閥と密約を交わし、「祖国復興」を名目に残留を画策したと主張。一方、国は、「勝手に戦争を続けた」として、戦後補償を拒みつづけている。・・・そのため、彼らには軍人恩給の支給も認められずに今日まで至っている。(蟻の兵隊チラシ参照)
ひと夏の読み残し本棚①
ひと夏の読み残し本棚②
精神的にまいっている時
、毎日が退屈な時
、面白いことないかなぁ~
と思う時、絶対おすすめなのがこれ。 私の精神安定剤であり、元気回復の一冊です。
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ホントに面白いですよ(*^_^*)!
帯に書いてあるように、大正時代に実際に一般読者が新聞に悩みを投稿し、記者さんがお答えした、129人の悩みの収録です。さて、大正時代の人たちは何を悩んでいたのだろう!? たとえば、
お悩み「私は二十一歳の女です。この頃あまりに肥満しすぎてきましたので実に赤面の至りだと思います。自然と人様の前へ出るのもいやになってまいりました。そして自分ながら容貌の醜いのを夜昼悲しみ通しております。これまではよく駈けっこなどをいたしましたのが、太ったためでしょうか思うように走れないのです。(以下略)」
お悩み「私は田舎の少女です。私はどうしても安心な生涯を求めることができません。毎日毎日人は死んだらどうなるのだろうかと、そんなことを考えて不安な日を送り、悶え苦しんでいます。どうか哀れな私によい方法を。」
お悩み「私は十七歳の少女です。父は十二の年に亡くなり、義兄の手前、尋常を卒業しただけで今はある会社に勤めておりますが、私は飛行家になりたくって仕方ありません。お母さんにも願ってみましたが、笑ってとりあってくださいません。(以下略)」
お悩み「私は二十五歳になる軍人の妻でごさいます。生来愛嬌がないため、嫁いでから六年の間、煩悶しております。夫からは始終、愛嬌がない、と言われ、夫の友人などもしだいに見えなくなったようです。たまに笑いましてもそれは寂しい感じがいたします。どうしたらこの陰気な性質を直して快活になり、人並みに話ができるようになりましょうか。」
お悩み「人生は、平和に楽しく暮らせれば幸せだ、と思ったり、世に現れる功名を得なければ意味がない、と焦ったり、これが私の迷っているところです。実際私は、何不自由なく、田舎としてはかなり派手な生活で、健康だし、子宝もあり、家庭に波乱があるというでもなく、不潔な遊びもせずに、文芸や読書を楽しんでいるのです。しかし、私はちょっとしたくだらないこと、たとえば家族の下駄のちび方までが気にかかり、いつもいらいらして、何かを求める気持ちに追われています。(以下略)」
お悩み「大の男がこんなことを申して恥じ入る次第ですが、どうも雷がこわくてしかたありません。愚と知りつつも、恐ろしくてならないのです。あの光、あの響き、あからさまに見せつけられる死の姿が恐ろしいのです。それで催眠術にも赴きましたが眠らせられることさえできませんでした。(以下略)」
お悩み「二、三日前に理髪店へ行ったところ、どうしたはずみかハサミで耳を切られてしまいました。運が悪いというか、こんな目にあうのがこれで二度目なので、今では理髪店へ行くことが恐ろしくなりました。他の理髪店でこの話をしたところそこの職人が、一人前になるまでにはたいてい三人くらいは切っている、と申しました。法律に明るい知人の話では、刑法上からも民法上からも問題になるそうですが、損害賠償など取れるのでしょうか。しかし、相手のことを考えますと、十歳を頭に小さい子が三人もあってあまり豊かな生活とも思われず、どうも訴えられそうにもありません。(以下略)」
書くのが大変なのであまり多くは紹介できませんが、こういったような数々の「お悩み」が告白され、記者さんが、これまた誠実に心をこめて「お答え」しているのです。時には強い調子で叱責したりもしていますし、笑いながらもつい、感動してしまうものが少なくありません。
そして、比較的暮らしが安定し、新しい時代の扉が開かれようとする「大正デモクラシー」の頃の社会の空気が感じられるようで、私はとても面白く一気に読んでしまいました。



