恐竜からの 魔法
nbsa+×÷ ありがとう御座いました。
nbsa+×÷の話は、次回の日記でレポというか ・~・ お話しますね
nbsa+×÷ 準備期間から 貴重な日々でした
が、
身体が資本なので
わたしこと TAOが
東京へ来て その当時のいっしょにいた人や日常で 寒冷蕁麻疹というのが手に出始めたお話です
蕁麻疹を感じたので
料理が大好きだったので料理法を変え、寒冷蕁麻疹にならない年もありました
やっと乗り越えた っと心の中で喜んでいても
次の年は、、。
という 状態が何年も続いてしまいました
幼い頃、湿疹が出始め
母に、皮膚科に連れて行かれました
実家から 奈良のお薬の里の 知るぞ知る、病院へ 夜も明ける始発の頃に連れて行けかれるのは
大好きで 私には、小旅行だったので お洒落をして出掛けていました
順番の 木で出来た お風呂屋さんみたいな 番号の記したお札を貰います。
かなり年期が入っていました
そうして
西洋医学の錠剤のお薬
はじめて
ステロイドを処方されました
TAOは 生まれた時から 探究心が旺盛で、なんでも興味を持ってしまう子だったので
お薬を 飲んだり 塗ってみたりしました
二日目、 自分には、強すぎるのを感じたので
かじってみることにしました
なんだか 恐い感じもしたから
母親に内緒で 大きなゴミ箱に けっして見つからないように捨ててしまいました、
色々、皮膚も変化してしまって行き
はじめての 湿疹は ひざの裏でした
ぃいこちゃんだったので、周りのエゴに合わせなきゃいけない環境や、暴力の中で、身体は変化しました。
その環境にいたので 自然治療や、民間療法を みずから初めてしまい
アトピーの友達を治してしまったこともありました。
そんな中
過去の経験でも肌が奇麗でいることもありました身体が対応出来るように変化をしてくれたんでしょうね
東京へ来て まったく肌が奇麗でいれる、普通でいれる時もあって 皮膚科にも全く行きませんでした
周りには、漢方治療、自然療法に詳しい方も大勢います。
その方々を 信頼していますが
肌が大変な時は ほんのささいな事でも信頼関係が壊れれば なかなかスムーズにはならないということを学びました
純粋なフィーリングが確かなんです。
nbsa+×÷を4月25日に控えていて
仕事、制作 色々なことを ハードなスケルージュでこなして行って
今までには 無かった
指から始まり 手に 。。
病院を探しの切っ掛けになった、
足への膿みが溜まって
ゾウさんのような 足になってしまい 自分自身でも手に負えないことを悟って
安心な病院を探し始め
3月に 色んな病院を探した末
見付けた皮膚科で死海からの恐竜や海藻の薬を、
今までになかったボロボロの手荒れ指に塗ってくれ白い手袋をはめられた。
その日は そのまま眠る事にした お風呂にも入らずにね
暖かい日で汗をかいては いて いつもなら帰ったらシャワーを絶対するのに
その日は そのままで経過をしたほうがぃい気がした。
明くる朝、荒れた部分が、かさぶたになって 脱皮 状態、感動 ・*☆・゚゚
まるで
魔法がかかったように
あんなに なんとも出来ない状態を 何万年前の 恐竜さんは 新しい肌へ導いてくれました。
数年間 大変だった 肌も完治し、もう 寒冷蕁麻疹、肌荒れは起きないと喜びの意志が沸き上がる
自分自身、TAOがいます。
もう、西洋医学の病院へは10年以上行ってはいなかった。病院へ行く前から 身体に感謝して、
免疫が下がってしまった身体へは今までの自然治療で治した事も対応が出来なくなっていて
生まれて初めて、
アロマオイルがついて行けなくなりました。
こんなに
ヒドくなる手が自分では、分からなくなって
途方に暮れるより
漢方薬を取り入れてる病院を探した。
寒冷蕁麻疹から、病院へ行って知った事は 『手荒れ』に手が変化していた
本当に、
もう 寒冷蕁麻疹にならない身体に変化したよ 安心の病院へ行ったんだ 本当に、自分の治療が自分へは対応出来なく、分からなくなって 探して探して探しまくって素敵な場所へ導かれた 寒冷蕁麻疹では無く・~・手荒れに変わっていました*
生まれて初めてのお薬は なんと 恐竜さんでした。
海藻さんでした。
恐竜のお薬を付けてくれた本当に翌朝、毒のあった皮膚が脱皮してて再生を繰り返しています。
まるで
魔法
恐竜の薬に出逢った事を、感謝。
黒い美薬。
毎日『恐竜さんありがとう』『海藻さん、地層さんありがとう』と気持ちを込めて手に塗る。
全国の大勢が、お薬を待ってる人が居ると先生が教えてくれた*
はじめて 3月に病院へ行って
看護婦さんが TAOの手に いっぱい いっぱい、黒いお薬を塗ってくれてる中
先生は、
『貴重なんだ~ そんなに?! もったいない ありがたいね そんなに!!そんなに!!!もったいない! ありがたいね!』っとおっしゃっていました 笑 ^-^
そうして そうして
2週間後に来てねと言われていたのに
お薬は 無くなってるのに
仕事と、nbsa+×÷4月25日の事で、毎日 明け暮れていました、
行きたいけど やることが いっぱい いっぱい 。。 。 行きたいけど行けない
治りつつなっていたのが 。。 治りつつ、ボロボロという状態でした
nbsa+×÷4月25日の作品展示の日、 ワイヤー、Cut も ペンチで固定するため力を入れる事すら
指先や、手が痛かった
額の設置で 手に血がにじんで来た
ボロボロが加速する
恐竜さん ごめんなさい
nbsa+×÷が終わったら
明くる朝、
月曜日に病院へ行けるから 本当に、ごめんなさい
やれる所まで
やらせて下さいと 保護していた手袋を脱いだ
手が痛くって、痛過ぎる分、
手袋で感覚が鈍ってしまって よけい遅くなってしまうのです 。。
展示を思考しながらコーディネートして 展示
明くる日、
一ヶ月以上 経ってしまって 病院へ行った
先生に、塗ってくださった明くる日に
予想以上の身体が再生をしたこと
お薬が無くなる前に 行きたかったけれど 本当に、時間が作れなく
展示の時に 手の負担をかけてしまい 自分以外の手伝いもしてしまって
血を流しながら展示をしてしまったこと
その後
恐竜さんのお薬は、海藻さんと融合し、 TAOの手と融合してくれ
本当に、元のてに戻してくれています。
赤ちゃんの手や 肌に近づいてくれるような気がします。
貴重な薬を分けて貰えた導きに感謝
死海の恐竜の魔法の薬が私の手を元に戻してくれてるの
わたしにとっては 媚薬でもあり美薬に なった恐竜の魔法の薬
恐竜さん達 海藻さん達 そして松やにさん達が融合してる
魔法の媚薬
身体はその恋を受け入れて 共存して 変化していって 理想の形へ身体へ進化しています
身体を感謝して魔法を使いこなそう
恐竜さんのエネルギーは生きていて わたしを助けてくれた。
恐竜さんからの魔法 に感謝
これからも宜しくね
最高のデットックス
わたしは
この恐竜さんで 口にいれるものを作ってみたい気持ちが溢れています
大事に使っています。
ありがとう 恐竜さん
nbsa+×÷の話は、次回の日記でレポというか ・~・ お話しますね
nbsa+×÷ 準備期間から 貴重な日々でした
が、
身体が資本なので
わたしこと TAOが
東京へ来て その当時のいっしょにいた人や日常で 寒冷蕁麻疹というのが手に出始めたお話です
蕁麻疹を感じたので
料理が大好きだったので料理法を変え、寒冷蕁麻疹にならない年もありました
やっと乗り越えた っと心の中で喜んでいても
次の年は、、。
という 状態が何年も続いてしまいました
幼い頃、湿疹が出始め
母に、皮膚科に連れて行かれました
実家から 奈良のお薬の里の 知るぞ知る、病院へ 夜も明ける始発の頃に連れて行けかれるのは
大好きで 私には、小旅行だったので お洒落をして出掛けていました
順番の 木で出来た お風呂屋さんみたいな 番号の記したお札を貰います。
かなり年期が入っていました
そうして
西洋医学の錠剤のお薬
はじめて
ステロイドを処方されました
TAOは 生まれた時から 探究心が旺盛で、なんでも興味を持ってしまう子だったので
お薬を 飲んだり 塗ってみたりしました
二日目、 自分には、強すぎるのを感じたので
かじってみることにしました
なんだか 恐い感じもしたから
母親に内緒で 大きなゴミ箱に けっして見つからないように捨ててしまいました、
色々、皮膚も変化してしまって行き
はじめての 湿疹は ひざの裏でした
ぃいこちゃんだったので、周りのエゴに合わせなきゃいけない環境や、暴力の中で、身体は変化しました。
その環境にいたので 自然治療や、民間療法を みずから初めてしまい
アトピーの友達を治してしまったこともありました。
そんな中
過去の経験でも肌が奇麗でいることもありました身体が対応出来るように変化をしてくれたんでしょうね
東京へ来て まったく肌が奇麗でいれる、普通でいれる時もあって 皮膚科にも全く行きませんでした
周りには、漢方治療、自然療法に詳しい方も大勢います。
その方々を 信頼していますが
肌が大変な時は ほんのささいな事でも信頼関係が壊れれば なかなかスムーズにはならないということを学びました
純粋なフィーリングが確かなんです。
nbsa+×÷を4月25日に控えていて
仕事、制作 色々なことを ハードなスケルージュでこなして行って
今までには 無かった
指から始まり 手に 。。
病院を探しの切っ掛けになった、
足への膿みが溜まって
ゾウさんのような 足になってしまい 自分自身でも手に負えないことを悟って
安心な病院を探し始め
3月に 色んな病院を探した末
見付けた皮膚科で死海からの恐竜や海藻の薬を、
今までになかったボロボロの手荒れ指に塗ってくれ白い手袋をはめられた。
その日は そのまま眠る事にした お風呂にも入らずにね
暖かい日で汗をかいては いて いつもなら帰ったらシャワーを絶対するのに
その日は そのままで経過をしたほうがぃい気がした。
明くる朝、荒れた部分が、かさぶたになって 脱皮 状態、感動 ・*☆・゚゚
まるで
魔法がかかったように
あんなに なんとも出来ない状態を 何万年前の 恐竜さんは 新しい肌へ導いてくれました。
数年間 大変だった 肌も完治し、もう 寒冷蕁麻疹、肌荒れは起きないと喜びの意志が沸き上がる
自分自身、TAOがいます。
もう、西洋医学の病院へは10年以上行ってはいなかった。病院へ行く前から 身体に感謝して、
免疫が下がってしまった身体へは今までの自然治療で治した事も対応が出来なくなっていて
生まれて初めて、
アロマオイルがついて行けなくなりました。
こんなに
ヒドくなる手が自分では、分からなくなって
途方に暮れるより
漢方薬を取り入れてる病院を探した。
寒冷蕁麻疹から、病院へ行って知った事は 『手荒れ』に手が変化していた
本当に、
もう 寒冷蕁麻疹にならない身体に変化したよ 安心の病院へ行ったんだ 本当に、自分の治療が自分へは対応出来なく、分からなくなって 探して探して探しまくって素敵な場所へ導かれた 寒冷蕁麻疹では無く・~・手荒れに変わっていました*
生まれて初めてのお薬は なんと 恐竜さんでした。
海藻さんでした。
恐竜のお薬を付けてくれた本当に翌朝、毒のあった皮膚が脱皮してて再生を繰り返しています。
まるで
魔法
恐竜の薬に出逢った事を、感謝。
黒い美薬。
毎日『恐竜さんありがとう』『海藻さん、地層さんありがとう』と気持ちを込めて手に塗る。
全国の大勢が、お薬を待ってる人が居ると先生が教えてくれた*
はじめて 3月に病院へ行って
看護婦さんが TAOの手に いっぱい いっぱい、黒いお薬を塗ってくれてる中
先生は、
『貴重なんだ~ そんなに?! もったいない ありがたいね そんなに!!そんなに!!!もったいない! ありがたいね!』っとおっしゃっていました 笑 ^-^
そうして そうして
2週間後に来てねと言われていたのに
お薬は 無くなってるのに
仕事と、nbsa+×÷4月25日の事で、毎日 明け暮れていました、
行きたいけど やることが いっぱい いっぱい 。。 。 行きたいけど行けない
治りつつなっていたのが 。。 治りつつ、ボロボロという状態でした
nbsa+×÷4月25日の作品展示の日、 ワイヤー、Cut も ペンチで固定するため力を入れる事すら
指先や、手が痛かった
額の設置で 手に血がにじんで来た
ボロボロが加速する
恐竜さん ごめんなさい
nbsa+×÷が終わったら
明くる朝、
月曜日に病院へ行けるから 本当に、ごめんなさい
やれる所まで
やらせて下さいと 保護していた手袋を脱いだ
手が痛くって、痛過ぎる分、
手袋で感覚が鈍ってしまって よけい遅くなってしまうのです 。。
展示を思考しながらコーディネートして 展示
明くる日、
一ヶ月以上 経ってしまって 病院へ行った
先生に、塗ってくださった明くる日に
予想以上の身体が再生をしたこと
お薬が無くなる前に 行きたかったけれど 本当に、時間が作れなく
展示の時に 手の負担をかけてしまい 自分以外の手伝いもしてしまって
血を流しながら展示をしてしまったこと
その後
恐竜さんのお薬は、海藻さんと融合し、 TAOの手と融合してくれ
本当に、元のてに戻してくれています。
赤ちゃんの手や 肌に近づいてくれるような気がします。
貴重な薬を分けて貰えた導きに感謝
死海の恐竜の魔法の薬が私の手を元に戻してくれてるの
わたしにとっては 媚薬でもあり美薬に なった恐竜の魔法の薬
恐竜さん達 海藻さん達 そして松やにさん達が融合してる
魔法の媚薬
身体はその恋を受け入れて 共存して 変化していって 理想の形へ身体へ進化しています
身体を感謝して魔法を使いこなそう
恐竜さんのエネルギーは生きていて わたしを助けてくれた。
恐竜さんからの魔法 に感謝
これからも宜しくね
最高のデットックス
わたしは
この恐竜さんで 口にいれるものを作ってみたい気持ちが溢れています
大事に使っています。
ありがとう 恐竜さん