生死の経験が教えてくれたこと | MAKE YOU HAPPY TAOの生きてるからHappy Lucky Day 

生死の経験が教えてくれたこと

MAKE YOU HAPPY TAOの生きてるからHappy Lucky Day -暖かな希望への眼差し 


2000年の年末に 意識を失い 意識不明の重体になりました 。



生 と 死を体感した TAOのお話です



2000 年 雑誌カメラマンになって、数年が立ち 本当に、充実していて



プライベートでも
作品を撮影しに海外や日本へ飛び回っていた 2000年、



生死をさまよう年になろうとは 感じても、考えても、予期もしていませんでした



まさか

わたしが、


渋谷で
倒れるとも思っていませんでした




意識が朦朧とし (もうろう)


遠のき 持ち直そうとしても 自分の力では どうにも出来ない状態に落ちいくさま


でも、強い意志をもとうとしている自分自身とが交差して


行ったり来たりの状態で





意識は遠のくけれど


感覚だけは冴え始めてくる状態で





傍目から見ると


意識のない、あきらかに死の狭間にいる 最悪の状態で生きている存在でした





想いを伝えたいけれど 


パンっと何もかもが ほどけてしまった状態に陥ってしまってた


わたしは わたしなのに 自分の意志を伝えることが 出来ない状態で





『『わたしは大丈夫だから だいじょうぶだから安心して 笑顔でいてください』』


と言いたいのに 声も出なくなっていました 

なんとか 伝えたくって、
精一杯の、力を降り注いでも、、まったく力が入ってくれない状態になってしまっていました 

『なにか出来ないかと なにかで表現したくて、

力を、
これでもか、 っと

魂から 注いだら、

相方だけが分かる表現だけが 指先だけかすかに動いてくれました 』


声も出なく、動かなかった自分自身が
表現できたことに 安心したのか 力が遠のいてしまい 意識も薄くなっていきました


感覚だけは冴えていてくれていれたので


いろんな病院へ 行っては つぎの病院へ  救急車の中のみんなの意志が焦っていて早く病院を見付なきゃという想いや意志が わたしに 強く強く飛んで来る中に存在していました 。


わたしは私をなんとかしなきゃ 。 。。 という想いが芽生えては  。。


遠のいて行く 。 。。状態を何度も、何度も繰り返し 


しまいに 


意識が眠りへ向ってしまいました 。  。





眠りからさめると


凛と静まり返っている 緊張している 張りつめた 空間に居るようでした





わたしが 存在しているのは 集中治療室で 緊張感が渦をまいていました


そんな中


またもや


意識が遠のき 眠りの世界へ引き込まれてしまいました





わたしの目の前で 両親が、医師から





『 命は 安定しました。 、、ただ 意識が戻っても、植物人間だと、覚悟を決めていてください 』


と両親は言われいました。





わたしは 驚いて  訴えようと しましたが  がんばっても、頑張っても


口を開くこと 、   起き上がること 、  立ち上がることさえ出来ませんでした





わたしは打ちのめされ、



意識が 無い状態なんどと悟りました 。





そんな自分自身の心の中で 悲しみで泣いていました  。。 心の中で 『わたしは大丈夫』っと訴えても 『 だれも 。誰も 耳をかたむけてくれませんでした 』


わたしは 心の中で いっぱいいっぱい泣きました  


泣きつかれて 

途方に暮れていると
押さえても押さえきれない 睡魔に襲われてしまい


また眠りの世界へ行ってしまいました





どれくらいの時間がたったのでしょうか





わたしは


集中治療室ではなく 眠った状態でした





その流れの中





走馬灯が 


見えていろんな記憶が甦って、


眼の前を ぐるぐると巡り回っていました





鮮明な ちっちゃな頃のわたし その風景と 状況の世界の風景





鮮明な海外の人々 


鮮明な海外の風景 わたしが訪れた場所でした





鮮明に


わたしの愛するひと が巡ってきました





とても奇麗な巡り巡ってくる走馬灯





奇麗すぎて


うっとり と わたしはしていました 。





意識が芽生え、


これって 走馬灯?


わたし、 死に近づいているの? っと思いました





三途の川を 渡りかけ








亡くなった祖父に逢い


おじいちゃんが 大好きだった わたしは 『 ずっと 逢いたかった  甘えたかった 』 と泣きじゃくりました
本当に どんなことがあっても 受け入れてくれる 愛情が必要で

わたしは おじぃちゃんの胸の中で 想う存分 胸の内を打ち明け 祖父の愛に包まれて胸の中で
いっぱい いっぱい泣きました

久々に祖父に逢えた嬉しい気持ちを伝えました



おじいちゃんと いっぱい話したかったので しばらく祖父との時間を過ごしました



三途の川が、また

現れました




わたしは


どうやら、 生と死を決めなくてはいけない場所へ来てしまったようでした





生きるか 


死ぬかを 


選ぶ状態に存在してるわたし





わたしは 無垢で 記憶というものが 空白でした





なにか


おじいちゃんは 伝えたいみたいだったけれど


そのことは


許されないことのようでした





わたしは なにもかも忘れてしまっていたので


生も死もどちらも 同じになっていました





おじいちゃんは


ヒントをくれました





それは





『か』


という


言葉でした





わたしは、


気付きました





この世に置いて来てしまったもの


まだ


達成出来てないこと


『 カメラ 』と『 愛するひとの子供を産んでいないことでした 』





そのことを話





ぱん という音とともに


この世の 現実へ戻るチャンスをつかみ 目が覚めました




本当に現実に目覚めた時


死の流れを 経験して  



いろいろ 壊れてしまっていることに気付きました



はなすことすら出来なくて


本当に、



泣き声を忘れてしまった 小鳥のようでした



なんにも話せなくなっていました。




話すって


『何?』方法すら 解らなかったのです




全神経が


止まっちゃってることにも気付き


顔も 頭も 手も 指も 足も  どこもかもが動かなかった





本当に全神経が止まってしまっちゃってる自分自身が存在をしていた



それが 真実のTAOのでした



わたしは


集中病等にいて集中治療室に居た





?音も ?


?声も ?




声を出す方法も本当に、分からなかった



気が付いたことは



舌も 動かなくなってるとう 真実でした。





舌の動かし方さえも、ほんとうに、本当に、、分からなかった





なにも出来なくって 止まってしまった わたし



そんな わたしが真実のTAOでした




時間だけが こくこくと流れていった




そんな中


幸いにも
目は開けることが出来たので なにも動けない中で なにかを ずっと見つめる時間になった





植物ってこうなのかとも思った





わたしは


せっかく、生まれ変わったのだから





なんでもトライして、チャンスに変化させようと意識を強めました



舌を 動かす方法を 探すことから START でした

言葉が


出るようになっても 呂律が 廻らかった



唄なんて



歌を歌う事は

とおい 遠い

夢のような現実だと いう ことすら 知らないでいた TAOでした


唄えないことを知らなかった私は

『 なんで 。.




唄えんへんのぉ?、、』


?ー?


ショックで 悲しかった


唄えない存在でした




記憶が
本当になかったんです


本当に 何も知らないんです


この世に存在するもの全ての記憶を失っていました






ことば さえも 忘れてしまっていて



文字すら 忘れていました




振り出しに戻って


0歳 スタートになっちゃった わたし TAO




見た目は 普通に見られるけど



普通じゃなかったんです (笑)



だから




生きてるからこそ、今、動くことが出来るから 精一杯、楽しくHappyに生きたいんです。









本当に、本人次第なんです ☆






本当に 動けなくなったから言えるんですけど





意識が 戻って


全神経が止まってしまった





え?!


『本間に?』って感じの時がくる  





たしかに


自分自身に 対して、イラって 苛ついたりも します






大人sanにも 幼い子供san には、



本当に、

心から、尊敬の想いが
存在している


だから
なにも出来なくなってしまった 自分自身への悔しい想い

メチャメチャ 悔しい想いが やってくるよ




出来てたことが





できないんだもの








でもね



『 悔しさ 』が 成長させてくれるんです



その 『 悔しさ 』・:*:*☆  が、チャンスなんです



悔しさが 芽生えたら ラッキー



☆*:*・:感謝を しましょう・:*:*☆






治す意志が 在れば  時間は かかるけど 





話す事


普通に 歩く事


手を動かす事


文字を書く事


食べる事






TAO だけでなく





死の淵を彷徨って


身体 全部の 神経が動かなくなっても





以前以上に神経に、



動く喜びを与える事も 本人次第だよ




自分自身の 意識次第で





ありとあらゆる事が





可能になっていくもんなんです







命が 在って 嬉しぃ





意識次第と 行動で








この世の命在る物へ


喜びを 湧かせる事も


贈り物を生み出す事も出来るんだね




なんて



素敵なんだろう・:*:☆





生きてて本当に 嬉しい


生きる事を選んでよかった








5年目 の Go


今の TAOが 大好き





ひとつ に凝り固まらず


ゆっくりやけど


未開な 好きな事を 挑戦しつつある TAOが 大好きです・:*:*☆








関西に いってよかった


TAO の 虎馬やらを Open の流れに誘ってくれたから





環境を 変えることって 大事やね










改めて 命の 恩人sun に感謝の気持ちが 溢れるよー・:*:*☆




生きているって 面白いね

・:*:*☆


ありがたお
・:*:*☆

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