道‐tao-人の映画生活

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監督毎に書き綴る映画評価日記

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道‐tao-人の映画生活

【監督】コーエン兄弟

【出演】トミー・リー・ジョーンズ ハビエル・バルデム ジョシュ・ブローリン

【評価】★★☆☆☆

【ストーリー】

「すべての美しい馬」の原作者、コーマック・マッカーシーの戦慄の犯罪小説『血と暴力の国』を「ファーゴ」のコーエン兄弟が映画化した衝撃のバイオレンス・ドラマ。80年代、メキシコ国境沿いのテキサスを舞台に、麻薬取引がらみの大金を持ち逃げしたばかりに、理不尽なまでに容赦のない宿命を背負わされてしまう男の運命を、原作の持つ神話的スケールそのままに描き出す。主演にジョシュ・ブローリン、共演にトミー・リー・ジョーンズとハビエル・バルデム。
 人里離れたテキサスの荒野でハンティング中に、銃撃戦が行われたと思しき麻薬取引現場に出くわしたベトナム帰還兵モス。複数の死体が横たわる現場の近くで、200万ドルの大金を発見した彼は、危険と知りつつ持ち帰ってしまう。その後、魔が差したのか不用意な行動を取ってしまったばかりに、冷血非情な殺人者シガーに追われる身となるが、愛する若い妻カーラ・ジーンを守るため、死力を尽くしてシガーの追跡を躱していく。一方、老保安官エド・トム・ベルもまた、モスが最悪の事件に巻き込まれたことを知り彼の行方を追い始めるが、モスを保護できないまま、死体ばかりが増えていく事態に直面し、苦悩と悲嘆を深めていく…。

【感想】

まずはこの作品がアカデミー賞を受賞したというアメリカ社会における文化への偏見なき評価に驚いた。作中、こんなにも悲壮感が漂い、希望はもとより絶望感すらない、ただただ無秩序で乾ききったアメリカ社会を描いているこの作品にアカデミー賞が与えられた背景には、アメリカ人自身が今のアメリカ社会にたいする矛盾や苛立ちを客観的に感じ取っていることに他ならない。

大金を持ち逃げしたモスを人間がもつ『強欲』を、彼を追って無数の死体の山を築いていくシガーは『暴力』を、そしてモスを保護しようと彼らを追い続ける保安官は『法』を暗示しており、強欲と暴力が蔓延している今のアメリカ社会において秩序である法は全く機能していないということを強烈に印象付ける。

それぞれのメタファーに対してコーエン兄弟の見解を映画の中から感じ取れる。『強欲』を暗示しているモスにおいては、妻を愛し人を傷つけることは決してしないごく一般的な人間である。つまり、一般的な人間誰しもが欲という抑えることのできない欠点を抱えていることを示している。また、『暴力』の象徴であるシガーは、彼独自の哲学がある。彼はコイントスの結果により人を殺す殺さないの判断を下すのである。これは作品の終盤で、彼がモスの妻を殺しに行くシーンで最も印象的に描かれている。モスは既に別のマフィアに殺され、モスの妻を殺す理由が無くなってしまった。しかし、彼は彼女を殺すため葬式から帰宅した彼女に対しコイントスを行うのである。そんなシガーに対し『決めるのはコインではなく、あなた自身。あなたはそれを理解しているはずよ』とモスの妻が述べる。この後、モスの妻が殺されたのかは描かれてなく定かではないが、冷徹な殺人者のシガーが動揺を隠せないシーンは印象的であった。これは理由なき『暴力』に対し、コイントスの結果という理由を作り上げていたに過ぎないシガーの心の一面を映し出す。そしてこのシーンは今のアメリカ政府の行動そのものを皮肉しているように思う。そんなシガーが辿る最後のシーンは考えさせられるものがある。

また、最後まで傍観者として物語から排除される保安官は、異常なまでの狂気に満ちた世界において、『法』はまったく機能せずに、ただただ傍観することしかできないのである。正常でいようとする彼が、もっとも異常であるかの如く描かれる。彼が映画の終盤で、ある老人(この人がだれだったのかはストーリから理解できなかった・・・)から『社会は変わっていく。変わっていく社会に対し、どうにかできると思っているのであれば、それは慢心にすぎない』と言われるシーンはあまりに切ない。

これらのメタファーを汲み取った上でこの狂気に満ちた映画を、今のアメリカ社会への皮肉映画として捉えることで、この映画がただの追走劇ではなく、深みのある映画へと変貌する。

【メッセージ】

『決めるのはコインではなく、あなた自身。あなたはそれを理解しているはずよ』

【この映画が好きな人にお勧めの映画】

・ドックウィル



道‐tao-人の映画生活

【監督】アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ

【出演】ブラット・ピット ケイト・ブランシェット ガエル・ガルシア・ベルナル 菊池凛子 役所広司

【評価】★★☆☆☆

【ストーリー】

壊れかけた夫婦の絆を取り戻すために旅をしているアメリカ人夫婦のリチャードとスーザン。バスで山道を走行中、どこからか放たれた銃弾が、スーザンの肩を撃ち抜く。なんとか医者のいる村までたどり着くが、応急処置がやっと。彼は英語がなかなか通じない村の住人たち、対応が遅いアメリカ政府に苛立ちを露わにするが…。同じころ、東京に住む聴覚に障害を持った女子高生のチエコは、満たされない日々にいら立ちを感じていた…。
【感想】

込められたメッセージを前面に出すことなく、台詞に込めるでもなく、ストーリー全体の流れから感じてほしい。といったスタンスの映画であり、前置きがないと何を伝えたい映画なのか、いま一つ理解が難しい映画である。

ここで前置きについてだが、それは映画のタイトル『BABEL』がその役割を果たしている。『BABEL』とは、旧約聖書創世記によれば、『世界の言語がひとつであった昔、人々は集まって天まで届く塔を作り始めた。神はこれを見て、人間の尊大を懲らしめるため、言葉を乱してお互いに意思が通じ合わないようにした。そのため、塔の建設は中止され、人間は以後各地に分散しそれぞれの地方の言葉を話すようになった』とされている。

ここに、この映画が訴えているメッセージが浮かび上がる。『言語による意思疎通が断たれたとき、人間は誤解と混乱により崩壊していく』

モロッコの村落で偶然放たれた一発の銃弾が、アメリカ、モロッコ、メキシコ、日本と影響を広げ、それぞれの土地で異言語による誤解と混乱を描いていく。

そしてこの映画が最も伝えたかった『意思疎通とは』という本質的な問題を浮き彫りにしていく。

一度見ただけでは、この映画の奥深さを読み取るのは難しく、二度、三度見返した時に、心に沁み入るような深い感動を与える映画である。

【メッセージ】

見当たりません・・・

【この映画が好きな人にお勧めの映画】

・リリイシュシュのすべて


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【監督】ヴィンチェンゾ・ナタリ

【出演】モーリス・ディーン・ウィント デヴィッド・ヒューレット ニコール・デボアー

【評価】★★★★☆

【ストーリー】

目が覚めると謎の立方体(CUBE)に捕らえられていた数人の男女。誰が何の目的で閉じ込めたのかも分からないまま、彼らは死のトラップが張り巡らされたこの立方体からの脱出を試みる。

【感想】

ヴィンチェンゾ・ナタリの作品は、登場人物や舞台の設定等が明らかにされないままストーリが展開していく作品が多い。当作品も何故、男女が立方体に閉じ込められているのか、男女達はいったい何者なのか、一切不明のままストーリーは展開されていく。一見、サイコ映画の様相を見せているが、人間の深層心理を巧みに表現したヒューマン映画のような雰囲気さえ感じる。

【メッセージ】

『人は所詮、システムの一部にしか過ぎない。誰にも全体を見ることはできない。前を見て進むしかない。人生は複雑だ』

【この映画が好きな人にお勧めの作品】

・メメント

・ドッグウィル