昨日言ってた「切なさ」たまに使いたくなるフレーズ・・・・
共鳴するっていう事は自分の感情に有るのかな・・・・・・・って思うんだけど
普通、「切ない」といえば、悲しいとか辛いとかが思い浮かび、結構ネガティブなニュアンスを受ける・・・・・
なので、昨日のブログの〆に「切ない妄想」からの脱却・・・・・って、言ったものの・・・・・
切ないメロディーにキュンキュンする時もあるよね・・・・・
まあそれも胸が締め付けられるどうしようもない思い・・・・・・なんだろうけど・・・・
辞書で「切ない」を引くと・・・・・
悲しさや恋しさで胸がしめつけられるようである。やるせない。やりきれない。
からだが苦しい。
身動きとれない。どうしようもない。
などが載ってあった
普通の「悲しい」や、「辛い」より肉体を使って表現してるのか・・・・
身も切れる思い・・・・・心も切れるほどの思い・・・・・なのか・・・・
そのニュアンスが、自分が聞いてる曲とリンクしてるのかなって思うとそうでもないんよね・・・・って
フレーズ的にはこの「切ない」がハマるんだけど・・・・・・
なんだか自分の中で腑に落ちず・・・・・・
日本語って素敵やね・・・・・・中途半端な表現が多くて・・・・・
心の中の表現なんて人に説明出来るもんでもないのにね・・・・・
いろんな言葉があり・・・・・わびさびみたいな・・・・・
外国語では表現できない言葉も多いもんね・・・・・
まあだから外国人さんは身振り手振りと一言にパフォーマンスで勝負してるのかな
この「切ない」もニュアンスがとっても深い・・・・・・
この「切ない」言葉のチョイスの中に・・・・
その分かるようで分からない曖昧な心の表現が好きなのかもしれないなぁ~~~私
人の気持ちを・・・「あんた、〇〇やね!」って一言で一喝するのもされるのも嫌いなのかもしれない
人の一言で、いくらでも人を殺せたりするもんね
そう思うと、「切ない」の意味から離れるけど、言葉のチョイスから自分分析すると・・・・・
私って優しいのかな~~~思いやりもあるのかな、繊細なのかもしれないね、反対に些細な事にクヨクヨしがちな感覚もあるかなと
(自分好きになると、自分分析も大好きなんで・・・)
そんな「切なさ」を検索してると・・・・・
こんな記事が・・・・・・
切ない恋は本当に辛いのか?って
「切なさ」という言葉は、重い苦しみには使われません。
つまり、広い意味で「身動きとれない」「どうにもならない」「何もできない」
そんためにやるせなくて、寂しくて胸が苦しいんだけど、苦しすぎる事はない。
でも後々になって、振り返ってみたら
あれはあれで良い思い出だった、と言えるような。
そんな感情が、まさに切ない気持ちと言えるのではないか
たとえ辛く、重い感情を表現出来るときでも、最終的には清々しい経験になってるような
結局のところポジティブなニュアンスの言葉と言えるような
ほほーっ
ポジティブなのか・・・・・・・・
こう言われると、めちゃ腑に落ちるかも
単純な私・・・・
人の気持ちとか、感情って・・・・・
結局のところ、いつも揺れてるんよね・・・きっと
それをいつでもポジティブ変換すればいいのかもね
それと、繊細な感覚に支配されないでいるといいんですよね