「まずは鼻からいこうか」
先生は気楽です。
「鼻の手術も喉の手術も簡単だから」
「僕は今まで、何回もこの手術はやっているから、大丈夫だよ」
安心させてくれているのでしょう。
手術衣で唯一、見て取れる目がほほえんでいました。
鼻中隔という両方の鼻を分けているところをまっすぐにする手術です。
まずは麻酔。
鼻の穴を大きく開けて、針を刺します。
「痛い」
体がのけぞります。
「まだ1本目だぞ! これからが本番なのに」
マスクで隠れた口からは、笑いを含んだ声がします。
「2本目、行くよ」
体をこわばらせます。
さっきの痛みがよぎります。
「そんなに力をいれなくても、いいのに」
眼鏡の奥にある目は笑っています。
先生は麻酔の針を鼻の中に入れます。
「う!」
やっぱり痛い物は痛いです。
「痛がってもいいけど、手は出すなよ。失敗するからね」
全身麻酔ではありませんから、手は動きますね。
手は肘掛けを強く握りしめていました。
「あと、顔もうごかしちゃダメだよ。わかっていると思うけど」
顔を動かして、逃げたいです。
でも、逃げたら危険なことは重々承知していますよ。
「けっこう弱いんだね。あとで、みんなにいっちゃおうかな?」
先生は楽しんでいるようです。
病棟のスタッフと飲んだときの、酒の肴にするつもりなのでしょうか?
こういういとき、やりにくいですよね。
でも、たぶん、リラックスさせようとしてくれたんだと思います。
(そう解釈していますが)
麻酔が終わり、手術が始まります。
耳鼻科の手術を見学したことはありませんが、外科の手術を見学したことはありました。
しかし、見学と実際に受けてみるのとではまったく違います。
「こういう経験も、ナースとしてはいい体験だから」
手術前に婦長さんからいわれたことを思い出しました。
それでも、体験しなくて済むものでしたら、体験したくないですね。
「では始めます」
先生の一言が、手術室にこだまします。
「メス!」
鼻の中をちょっと切ります。
「これからは鼻で息をしないように。鼻で息をすると血液が気道に入っちゃうからね」
「あい」
「はい」とはいえず、「あい」と答えていました。
次に先生が取り出したのはのみと金槌です。
これって、大工道具だよね。
なんで、手術に大工道具があるの?
「よかったね。君は運がいいよ。本来なら、予定していない手術だから、こういった道具はないんだよ。だから、急に手術はできないけど、今日は、たまたまあったから、できるんだよ」
先生は楽しそうにのみを鼻の中に入れ、金槌でたたき始めました。
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