Living in Australia

Living in Australia

台湾生まれの祖母、日本生まれの両親、オーストラリア生まれの子ども達の三世代家族。息子はダウン症のスーパーマン!

娘は予定通り、大学最後の試験を2日前に終え、本日、上海へ飛び立った。ナナが亡くなる前、今年は家にいようかな?と悩んでいた娘に、22歳のやりたい事を大事にしてほしい、と背中を押した私たち。先月はマニラ、今月は上海・シンガポール、来月からは3か月日本へと飛び回っている娘。シドニーに戻っていた期間に、最期に立ち会えて本当に良かった。

 

 
ちょっと寂しそうにお別れする弟

 

 

やっぱり車から降りてちゃんとハグしたくなった弟

 

 

お姉ちゃんラブ💗なのは永遠に変わらない

 

 
気を付けて、楽しんできてね
 
 
 

 

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今日は、息子の高校最後の登校日。このハーレーに乗って、制服で登校する姿も今日で見納め。

 

 

先生方が、サポートユニットのための卒業パーティを開いてくれたので、家族全員で学校へ。油断すると直ぐに涙があふれてくるので、事情を知っている先生たちと何とか涙をこらえて、卒業パーティに参加した。

 

 

これで本当に最後!卒業おめでとう!!

 

 
先生手作りの卒業メッセージカード!

 

 
担任の先生からは、息子だけのために作られたフォトアルバム。6年間お世話になったアシスタントの先生からは、卒業ベア。愛情いっぱいのプレゼントを頂きました。私たちからお二人へは、長年の感謝を込めて、スワロフスキーのブレスレットを贈らせてもらいました。
 

 

帰宅すると、息子のスピーチの先生からお花が届いてました。母が亡くなった当日、近所の友人達が大きな花束を抱えて駆けつけてくれて、翌日も、翌々日も、そして今日も、毎日、母のことを知っている友人達がお花を持って駆けつけてくれて、母のお部屋はお花でいっぱい。夜、ずっと聞こえていた酸素マシンの音が聞こえていたのが亡くなり、癖で夜中に目が覚めた時に、寂しさで呆然とする。でも、家中にお花の良い香りが充ちていて、そのことでものすごく癒されるということを初めて知りました。今後、友人達の家族に何かあった時には、少しでも心が癒されるように私もお花を贈ろうと思います。

 

 

 

 

 

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夜中の1時15分に、携帯が鳴った。飛び起きて電話に出ると、「もう長くないので直ぐきてください」と言われ、子どもたちをどうするか悩んだけど、「朝まで持ちません」とはっきり言われたので、全員たたき起こし、病院内も走って、1時半前に母のそばに駆けつけた。

 

5時間前に別れた時は、いつもの母だったのに、、、少しずつ冷たくなってくるのを、ずっとなでて皆で話しかけて。夜中だったけど、何とか東京の姉と、姪一人だけ捕まえられたので、電話越しでナナに話しかけてもらった。3年前に何度も覚悟した筈だったのに、実際に本当に最期の時が来たら、覚悟なんて何にも役に立たないもんだと痛感した。

 

看護師さん達は、「気が済むまで家族で過ごして」とナースステーションで待機してくれて、1時間強、私たちだけで過ごさせてもらった。その後、ドクターが確認に来て、看護師さん達がエンジェルケアをしてくれるのを一緒に傍らで見守らせてもらった。本当は私もさせてもらうつもりだったけど、まだ暖かい背中に触れた瞬間、号泣してしまい、手を添えさせてもらうくらいしかできなかった。

 

4時半ごろ、息子も眠気が我慢できなくなってきたので、病院をあとに。母のそばを離れるのは、寂しく、とてもつらかったけど、それ以上に冷たく、顔色が変わっていくのを見ているのはつらかった。ほんの数時間前まで、赤味もさしていた肌が全く違う色に変わっていく。母が本当に逝ってしまったのだと、心臓が痛い。

 

 

 
 

 

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横にはなっていたけど、看護師さんが来る度に起きていたので、ほぼ一睡もできず迎えた朝。母とずっと手をつないでいたので、ピクッと動くと、「大丈夫いるよ」と声をかけてあげられて、母は安心で一晩中眠っていた。6時間毎のモルヒネで痛みは完全にコントロールされているようで、痛そうにすることも全くなかった。朝8時前に、息子と夫が来てくれた。昨夜はFacetimeで手を振っていたナナだけど、今朝はまだ一度も目を覚まさず。

 

 

1時間ほど、ナナのそばにいてくれて、ナナをなでて、話しかけてくれた息子。

 

 
夫に交代してもらって、朝ごはんがてら、息子を送って一瞬帰宅。息子がいる間は一度も目を覚まさなかったナナ。私が家にいる間に、緩和ケアの看護師さんがきてくれたらしく、私も話を聞きたかったのでページャーで呼んでもらったら、午後会いにきてくれた。なんと15歳のダウン症の息子さんがいるママさんで、母のことだけじゃなく、息子のことも話せて、随分心が楽になった気がする。でも、残された時間は人によって本当に異なるので、プロにも難しいらしい。もしかしたら数時間かもしれないけど、数日かもしれない。

 

 
夫がいる時に一度だけ目を覚まして、「WATER」って言うから、お水を飲ませてあげて。昨日までは、ほんのちょっとのお水でもすぐに肺にたまって苦しそうだから、ってお水あげるのもめちゃくちゃ気を付けてたけど、もう気にしてもしょうがないところまできてしまった。でも、まだお水も飲めてるし、もう少し頑張ってくれるかな。。。木曜から、緊張の連続で2日間殆ど眠れてないし、疲労困憊だったので、今晩は家で休ませてもらうことに。ナースに何かあったら5分で戻ってくるから、すぐ連絡して!とお願いして、病院をあとに。

 

 

 

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感情的になってしまってなかなか書けなかったけど、やっぱり記録に残しておきたいと思うので、出来るだけ感情的にならない程度に覚書。昨日、救急で「明日手術しよう」と言われていたので、ドキドキしつつ朝、病院に電話で確認。整形の病棟に移動していると言うので、娘と朝一で病棟へ。

 

 
昨夜、ブロック注射を打ってもらったらしく、痛みは随分コントロールされているみたいで、意外と元気そうでニコニコ。「ちょっと体起こして?」と言うから、恐る恐る少し起こそうとしたら「いたっ!」と母。骨折したこと自体、よくわかっていないのか、痛みも動かさないと我慢出来るくらいで良かった。

 

 
ドクターが来たので今日の予定を確認すると、血栓予防の薬(apixaban)を常用しているため、最後に飲んでから72時間待つ必要があり、手術のリスク、呼吸器系&心不全のリスク、諸々で朝のカンファで延期になったそうだ。それまで昨日から絶食だったので、やっと朝ごはん食べられると思ったら、またドクターが来て、やっぱり、、、と意見が二転三転している間に、母はウトウト。娘は予定があるので、夫と入れ替わりで帰る前に写真撮ろうと思ったら、ずっと寝ていて残念。

 

 
すると、母の呼吸がなんかおかしい。さっきまで大丈夫そうだったのに、酸素マスク付けているのに、スン、スンって苦しそうに吸ってるなぁ~と気になって、チューブをチェックしてみると、まさかのエアーが来ていない。看護師に言ったら、そこから慌てて色んな人が来て、最終的には10Lまであげてやっと何とかサチュレーションが上がった。落ち着いた頃に、娘と入れ替わりで差入持って、夫が到着。母は酸素が落ち着いて、ずっと眠っていたので、その隙に夫とランチ。

 

 
午後、整形では酸素セラピーのような呼吸管理ができないので、いつもの呼吸器病棟へ移動。ハイフローで呼吸も安定し、起きるたびにお水を飲んで、またウトウト。そろそろ面会終了時間に差し掛かる頃、サチュレーションが安定しなくなって、1分間に70~99位まで行ったり来たりするように。それまで、ドクター達は安定したら骨折の手術をする方針で話していたのだけど、ここにきて一気に状況が変わった。「もしかしたら最期の時が近いかもしれない」とドクターに言われ、これまで積極的な治療をしてきたけど、ここからは母が苦痛なく過ごせるよう緩和ケアに切り替える、と話された。

 

 
夜9時、母が起きている間に息子にFacetime。今日も学校で病院に連れてこれなかったから、明日はセンターに行く前にちょっと早起きして寄ってもらうことに。遅くなったけど、夫は帰宅し、私は今晩は病院に泊まり。母が起きた時に、私が傍にいないと不安そうだからね。優しい看護師さんが、ベッドメイクはもちろん、紅茶は?ハグは?と声掛けてくれて、それっだけでまた涙が出る。。。朝まで何とか無事に過ごせますように。。。

 

 

 

 

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