Living in Australia

Living in Australia

台湾生まれの祖母、日本生まれの両親、オーストラリア生まれの子ども達の三世代家族。息子はダウン症のスーパーマン!

夜中の1時15分に、携帯が鳴った。飛び起きて電話に出ると、「もう長くないので直ぐきてください」と言われ、子どもたちをどうするか悩んだけど、「朝まで持ちません」とはっきり言われたので、全員たたき起こし、病院内も走って、1時半前に母のそばに駆けつけた。

 

5時間前に別れた時は、いつもの母だったのに、、、少しずつ冷たくなってくるのを、ずっとなでて皆で話しかけて。夜中だったけど、何とか東京の姉と、姪一人だけ捕まえられたので、電話越しでナナに話しかけてもらった。3年前に何度も覚悟した筈だったのに、実際に本当に最期の時が来たら、覚悟なんて何にも役に立たないもんだと痛感した。

 

看護師さん達は、「気が済むまで家族で過ごして」とナースステーションで待機してくれて、1時間強、私たちだけで過ごさせてもらった。その後、ドクターが確認に来て、看護師さん達がエンジェルケアをしてくれるのを一緒に傍らで見守らせてもらった。本当は私もさせてもらうつもりだったけど、まだ暖かい背中に触れた瞬間、号泣してしまい、手を添えさせてもらうくらいしかできなかった。

 

4時半ごろ、息子も眠気が我慢できなくなってきたので、病院をあとに。母のそばを離れるのは、寂しく、とてもつらかったけど、それ以上に冷たく、顔色が変わっていくのを見ているのはつらかった。ほんの数時間前まで、赤味もさしていた肌が全く違う色に変わっていく。母が本当に逝ってしまったのだと、心臓が痛い。

 

 

 

横にはなっていたけど、看護師さんが来る度に起きていたので、ほぼ一睡もできず迎えた朝。母とずっと手をつないでいたので、ピクッと動くと、「大丈夫いるよ」と声をかけてあげられて、母は安心で一晩中眠っていた。6時間毎のモルヒネで痛みは完全にコントロールされているようで、痛そうにすることも全くなかった。朝8時前に、息子と夫が来てくれた。昨夜はFacetimeで手を振っていたナナだけど、今朝はまだ一度も目を覚まさず。

 

 

1時間ほど、ナナのそばにいてくれて、ナナをなでて、話しかけてくれた息子。

 

 
夫に交代してもらって、朝ごはんがてら、息子を送って一瞬帰宅。息子がいる間は一度も目を覚まさなかったナナ。私が家にいる間に、緩和ケアの看護師さんがきてくれたらしく、私も話を聞きたかったのでページャーで呼んでもらったら、午後会いにきてくれた。なんと15歳のダウン症の息子さんがいるママさんで、母のことだけじゃなく、息子のことも話せて、随分心が楽になった気がする。でも、残された時間は人によって本当に異なるので、プロにも難しいらしい。もしかしたら数時間かもしれないけど、数日かもしれない。

 

 
夫がいる時に一度だけ目を覚まして、「WATER」って言うから、お水を飲ませてあげて。昨日までは、ほんのちょっとのお水でもすぐに肺にたまって苦しそうだから、ってお水あげるのもめちゃくちゃ気を付けてたけど、もう気にしてもしょうがないところまできてしまった。でも、まだお水も飲めてるし、もう少し頑張ってくれるかな。。。木曜から、緊張の連続で2日間殆ど眠れてないし、疲労困憊だったので、今晩は家で休ませてもらうことに。ナースに何かあったら5分で戻ってくるから、すぐ連絡して!とお願いして、病院をあとに。

 

 

感情的になってしまってなかなか書けなかったけど、やっぱり記録に残しておきたいと思うので、出来るだけ感情的にならない程度に覚書。昨日、救急で「明日手術しよう」と言われていたので、ドキドキしつつ朝、病院に電話で確認。整形の病棟に移動していると言うので、娘と朝一で病棟へ。

 

 
昨夜、ブロック注射を打ってもらったらしく、痛みは随分コントロールされているみたいで、意外と元気そうでニコニコ。「ちょっと体起こして?」と言うから、恐る恐る少し起こそうとしたら「いたっ!」と母。骨折したこと自体、よくわかっていないのか、痛みも動かさないと我慢出来るくらいで良かった。

 

 
ドクターが来たので今日の予定を確認すると、血栓予防の薬(apixaban)を常用しているため、最後に飲んでから72時間待つ必要があり、手術のリスク、呼吸器系&心不全のリスク、諸々で朝のカンファで延期になったそうだ。それまで昨日から絶食だったので、やっと朝ごはん食べられると思ったら、またドクターが来て、やっぱり、、、と意見が二転三転している間に、母はウトウト。娘は予定があるので、夫と入れ替わりで帰る前に写真撮ろうと思ったら、ずっと寝ていて残念。

 

 
すると、母の呼吸がなんかおかしい。さっきまで大丈夫そうだったのに、酸素マスク付けているのに、スン、スンって苦しそうに吸ってるなぁ~と気になって、チューブをチェックしてみると、まさかのエアーが来ていない。看護師に言ったら、そこから慌てて色んな人が来て、最終的には10Lまであげてやっと何とかサチュレーションが上がった。落ち着いた頃に、娘と入れ替わりで差入持って、夫が到着。母は酸素が落ち着いて、ずっと眠っていたので、その隙に夫とランチ。

 

 
午後、整形では酸素セラピーのような呼吸管理ができないので、いつもの呼吸器病棟へ移動。ハイフローで呼吸も安定し、起きるたびにお水を飲んで、またウトウト。そろそろ面会終了時間に差し掛かる頃、サチュレーションが安定しなくなって、1分間に70~99位まで行ったり来たりするように。それまで、ドクター達は安定したら骨折の手術をする方針で話していたのだけど、ここにきて一気に状況が変わった。「もしかしたら最期の時が近いかもしれない」とドクターに言われ、これまで積極的な治療をしてきたけど、ここからは母が苦痛なく過ごせるよう緩和ケアに切り替える、と話された。

 

 
夜9時、母が起きている間に息子にFacetime。今日も学校で病院に連れてこれなかったから、明日はセンターに行く前にちょっと早起きして寄ってもらうことに。遅くなったけど、夫は帰宅し、私は今晩は病院に泊まり。母が起きた時に、私が傍にいないと不安そうだからね。優しい看護師さんが、ベッドメイクはもちろん、紅茶は?ハグは?と声掛けてくれて、それっだけでまた涙が出る。。。朝まで何とか無事に過ごせますように。。。

 

 

 

 

今朝、94歳の母が自室でバランスを崩して転んでしまった。ちょうど母の薬を買いに薬局に着いた所で、家で留守番していた娘から電話があり、「ナナが転んだ!」と言うので、とりあえず痛み止めを飲ませて様子見るように言って、一旦電話を切り、直ぐにビデオを確認。母の部屋にはモニターが置いてあるので、どんな風に転んだのか確認出来て、ウォーカーに捕まろうとした瞬間に左側にバランスを崩して倒れてしまったようだ。

 

オンラインで娘と母の様子を見ながら、今後のことも考えて必要なものを色々買ってから慌てて帰宅。パナドールOsteoが効いてるハズだけど、痛みはまだひどいらしく、足がしびれて体制を変えたくても足が動かせないとの事。私が帰るまで、娘はずっと背中で人間座椅子替わりにサポートしてくれていたから、ボルタレンを飲ませて、少しずつ何とか動かして、背中にあ三角クッション、痛みの酷い足側に枕を入れてサポート。

 

 
幸いサチュレーションは酸素投与で安定していたものの、転倒から2時間程経っても痛みが治まる感じもしないし、このままだったらトイレにも行けないので、ダメ元で救急に電話。お年寄りの転倒の場合、ひどいと何時間も待たされると話は聞いていたので、覚悟していたけど、「1時間程で行けると思います」と言われて、少し一安心。本当だったらバイトに行く時間が迫ってきていた娘は、職場に連絡して出勤時間を遅らせてもらい、出社していた夫には急ぎで帰宅してもらうよう連絡。息子のサポートワーカーさんに連絡して、午後、母の今後の予定が分かるまで付き添ってもらえるよう手配して、病院行きの準備を済ませ、待機。

 

 
30分過ぎたあたりで、一度チェックの電話が掛かってきて、サチュレーション等には変化がない旨伝えて、更に待つこと40分程。1時間ちょっとで救急車が到着して、母の様子を見るなり、2人では運べないからと直ぐに応援要請してくれて、直ぐに追加の2人も到着。痛みがひどいのでボードに載せてストレッチャーに載せる前に、まずモルヒネで緩和。それでも一瞬ボードに載せる時に、「痛いーーー!」と叫んでいた。この段階で、もうほぼ骨に異常があることはかなり明白に。今まで一度も大きな転倒もなく、ずっと気を付けてきたのに、、、体調が少しよくなって、自分で頑張って立ち上がってトイレに歩いて行くようになったのが仇になるとは…。

 

 

救急について、モルヒネを追加。動かせないのは辛そうだったけど、病院についたことで母は少し安心した様子。救急でしばらく待っている間に、家に来る予定だったナースの友人が駆けつけてくれて、ちょっと誰かと話すことで私も落ち着き、CTの順番が来るまでひたすら待ち続けた。夕方になり、やっとCTに行ったところ、見たことがない位、たくさんの入院患者が順番待ちしていて、どうりで時間が掛かったはず。たまたま担当してくれた人が日本人の親御さんがいる方みたいで、いきなり日本語で話しかけられてビックリ。お陰でいつもだと付き添うのだけど、外で待っていると、かなり離れた距離なのに中から母の「痛い~」と叫んでいるのが聞こえる。CT撮るために足をずらさなければいけなかったのだろうけど、モルヒネを何本も打っても激痛が緩和できなかったようで、涙が。。。

 

 
救急に戻ると、誰よりも先に外科のドクターが説明に来てくれた。やっぱり大腿骨頸部が骨折しているので、この場合、どれだけ年老いていても、病気でも、手術するのだそうだ。手術しないと介護で体を動かすこともできないし、一生歩けないのが確定するらしい。とは言え、94歳の母にリスクの大きい手術を越えられるのか不安が一気に押し寄せてきて、情けないことに号泣してしまい、ドクターもちょっと困ってしまった。どうしても一人で即答できなかったので、ちょっと夫に電話したら、「すぐそっち行こうか?」と言ってくれた瞬間、母が目を覚ましたので、事情を説明したら、驚くほどけろっと「うん、手術する!」と前向きな返事。ぐずぐずな私に心配掛けないためか、昔何度も骨折の手術しているから、そんなに大したことないと思っているのか、、、でも、母がそんなに前向きなら、私がNoと言える立場ではない。たとえ何かあっても、母が望んでいる方法を取るのが、今は最善だと思うので、ドクターに告げると、「Why not!」と明日にでも手術できるように手配する、と書類をその場で作成。あとは明日を待つのみとなった。
 
母のことが心配だったけど、モルヒネでほぼ寝ているのと、夜9時から大学の夜間授業がある日だったので、間に合うよう帰宅。救急のドクターには会えなかったけど、この後、ブロック注射を打ったら、もう少し痛みもコントロールできるはずとの事だったので、明日朝にまた来るから、ゆっくり寝ててね、と言うとうんうん、と可愛くうなづいていた。
 
 
 

 

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今年のハロウィンは、雨模様じゃない金曜日だったせいか、このエリアに引っ越してきて今までで一番の賑わい。特に小さなお子さんがグループで来るのが多くて、気が付けば家のポーチに並んでいる子供たち。。。息子がせっせと対応してくれました。

 

 

お菓子は100個以上用意してあったので、途中で何度も補充。それでも足りない!と慌てて、私用に常備しているチョコバーなども投下!小さくて可愛い子に、つい2個とかあげちゃってる息子に、「1つだけだよ~」とリマインドするものの、可愛い子見ると、私ももっとあげたくなっちゃう。笑

 

 

コスプレもバラエティに溢れてて、家にいるだけで十分楽しい。大きなダイナソーの被り物もちらほらいたし、全身キメキメハーレクインになりきりの子なんかもいて、お母さんの気合を感じる。

 

 
今年は息子が買ってきたクモと黒のスパイダーウエブでデコレーションも分かりやすかったせいか、2時間程で100人以上の子どもたちが来てくれて、賑やかで楽しいハロウィンでした!
 
 

 

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