建築はもうあきらめざるを得ない、地域計画はどうしても肌にあわない、しかし高収入は得たい、ならばどうしたら良いのか。まったく別な業界へ進むより他ないではないか。

仕事自体が好きになれなかったことに加え、最初の会社では、とにかく部長の言う通りの仕事をしなければならなかった、次の会社では不平等な評価しか受けられなかった、そして三つ目の会社では何とか頑張ろうと思ったのだが、将来への展望が開けなかった。
これらを解決するには、自分自身の不断の努力のみでのし上がれる(かも知れない)仕事しかない。
それは何かと言えば外回り営業セールス、これに尽きる。

契約成果の棒グラフの高さだけが評価のすべてだ。
上司が云々、評価の仕方が云々、そういうものは関係ない。やったか、やらなかったかが数値として示され、評価はそれしかない。
なおかつ、努力次第で高収入に最もつながるのは不動産である。
裕也は、固定給の会社は除外し、固定給は少なくとも歩合率が多いところを探した。

不動産総合商社と銘うった大日本総業という名前だけは大企業のようだが、総勢100人ほどの会社に入った。
年令学歴経験不問、会社としては売れる社員ならそれでいいのだ。売れない社員は固定給だけではとても食ってはいけないからやめていく。売れる社員だけが残ればいいのだから、入社は比較的簡単だ。
販売商品は、ワンルームや1DKの中古マンションと住宅地である。
仕事は、朝早くから夜遅くまで、売れないと休みも取れない、固定給の中には、皆勤手当や精勤手当が含まれており、1回でも遅刻すればこれらが吹っ飛ぶ。
また休みは事前連絡が必要で、当日に急に熱が出て休むなんていう場合も、皆勤手当、精勤手当が飛ぶ仕組み、しかも、それらは固定給の中の多くを占める。
売れれば高収入を確実に得られるが、売れない側からの目で見ると完璧なブラック企業である。
裕也は思った。文句があるならやめればいいだけのことだ、自分は何としてでもここに根を張って頑張り抜いて稼ぎまくるのだと。

実際に、次から次へと辞めていく。しかし次々と補充される。
売れない社員にとっては超ブラック企業だったが、売れる社員には厚遇する会社だった。
売上20位以内の者は、ベストメンバーズクラブというのに入ることができ、毎月末には会社持ちでホテルのホールを貸切りパーティである。
5位までは、表彰されて歩合給とは別途の報奨金をくれる。
裕也は、入社3ヶ月で課長代理になってしまい、月手取り100万円は稼ぐようになりそのクラブの常連となっていくのだった。
パーティの帰りは、いい気分で、会場から自宅までタクシーで帰るというばかなことをしていた。
つい数ヵ月前までは、先輩の課長について廻り、いろいろ学んでいたのだが。