プロポーズの半年後に理絵と結婚して2年、裕也27才、理絵22才の時のことだ。
つまり、再就職した会社に勤め出しておよそ3年経った7月、新聞広告にある大手設計会社が求人広告を出した。
地域計画部門を別途のコンサルタントとして分社化するとともに、拡大化するために地域計画経験者を数名募集するというものだった。
裕也は、その時点で建築から離れすぎていたため、もう地域計画の道で生きていくべきだと思っていたところで、この求人広告は最適と思えた。
ただし、この時世、そう簡単には受かりはしないとは思ったが、これまでの自分の実績を考えるとなんとかなりそうな気がしてくる。

まずは、書類選考をクリアした。
筆記試験のとき、机に張られた応募者番号を見てみたら最後の方は200番くらいだった。
そして、筆記試験を受けるのは50人ほどだった。
裕也は、これにも合格、さらには面接試験は10人で、結果2名しか採用されなかったが、その中の一人に選ばれたのだった。

8月半ばに採用通知と、採用条件が明記された書類が送られてきた。
なんと、給料は7割増しで、賞与予定金額は4倍という好条件である。
これは、人並み以上どころではなく、人並みを大きく上回る額であった。

これで、理絵に「贅沢をさせてやる」と言った約束を実現させるためのスタートラインに立てたと思った。
とにかく裕也が経てきた幼年時代、少年時代、青年時代のような経験は一切したことのない理絵には、その代わりにこれからは人並み以上の生活をなんとしてでもさせてやりたい裕也だったのだ。

8月半ばの合格決定後、即、退職願を出し、仕事を一切合切、小林係長に引き渡し、9月半ばに退職をした。