森村祐子とのつきあいが終わって以降、ろくなつきあい方をしてこなかった裕也は、やっと心が許せる女性と出会えたと思った。
ただ、理絵は、子どもの頃のもっとも親に甘えたり我がままを言ったり駄々をこねたりしたい時期に、親から引き離され、、そういうことが出来ず、そういう経験をしたことのなかった。
そのために自分の感情を抑えてしまったり、自分という杭が表に出ないようにすることが自然と身についてしまっていたので、心を開き、本当に親しくなるのには何か月か要した。
理絵が、裕也に対してだけは心の扉を開けるようになったのは、それ以降のことなのだ。

裕也が、森村祐子と楽しくやっていた頃、理絵は一緒に暮らして間もない父を事故で失い、ギリギリの貧しい生活を送っていた高校生であり、
誰もが持っていた携帯を理絵は持っていなかったという。

祐子と結婚云々でどたばたしていた時期もあったが、あんなことは今にして思えばままごとのようなことだったと裕也は思う。
祐子の親が、裕也を相手にしなかったのは、責めるべきことではなく、普通のことではなかったろうか?
また、祐子が、社会人となった裕也を取り巻く環境を心配したのも、それも的中しているではないか。
祐子は、それらを含め裕也から去ったのではないか・・・
今、冷静になって考えると、そういうことであったのかも知れないとも考える裕也だった。

特に、日常の生活には何の不自由もない中での裕也と祐子との恋愛、不自由だらけの日常生活を送ってきた理絵・・・裕也の気持ちは理絵を包み込んでやりたいと思うようになる。
裕也は、特別には贅沢な暮らしをしてきたわけではないが、それでも、理絵の日常と比べたら、理絵には出来ようはずのない贅沢な日々だった。

裕也は、理絵は並の生活すら送れなかったのだから、これからはよりよい暮らしをして、これまでの貧しい暮らしが帳消しになるくらいの日々を送れるようにしてやりたいと思うようになった。
もちろん、それだけではなく、これまでつきあってきた女性のタイプとは違う穏やかさ、飾り気のなさ、おとなしさ、自分を抑えるところなどが好きだった。

二人は、だんだんと結婚に向かっていることをお互いに感じ、お互いにその思いを受入れていた。
裕也がもうすぐ25才、理絵がもうすぐ21才になるとき、裕也はプロポーズをした。
「結婚しよ、僕は君に贅沢をさせてあげたい」と。
理絵は、「ありがとう」と言った。