社会人に成りたての裕也のこれからの一年は、最もつまらない時期でもあり、反面、最も自由で楽しい時期だったと言える。
仕事は内容的にまったく好きになれなかったし、いちいち細々と指示してくる部長とは性格的にも合わずしじゅういらいらしていた。とは言え、相手は取締役部長、裕也は新入社員、喧嘩になどなり得るわけもなく憤懣やるかたなし状態だった。
しかし、多忙のためアフターファイブは無理でも、アフターエイトは先輩とともに遊び三昧、酒三昧の日々を送っていた。
延々と続く不景気の中、会社は前から根回しを続けていた後進国の開発の受注が引きも切らず、業績好調、その利益は社員にも大きく還元されていた。そのため、もう死語となっている独身貴族という言葉、その会社では生きていた。

高島瑞穂は、かなり変わった女性だった。
裕也からの最初の電話で簡単に会うことをOKし、その後つきあうようになってから、裕也が用があって総務部に行くと彼女的な対応をしてくるので、すぐに二人がつきあっていることが知れ渡ってしまったのだが、ガチガチに固いところがあって、男としての裕也の思うようにはまるでならなかった。
裕也のことを好きだとは言うけれど、そこから先へは進ませてくれない。裕也の新入社員としては、ある意味では破天荒ぶり、奔放ぶりに危なげ感を持っていた、或いは将来を見透かしていたのかも知れない。

先輩に誘われ、キャバクラには通い、馴染みの子もでき外でつきあうようになったし、昔から続く高級Barにも出入りした。
どこへ行っても、一流企業勤務で金回りのいい若者はモテる。
高島瑞穂の逃げ腰には困ったものだが、クリクリと猫の目が動くような丸顔がコケティシュで可愛い女だったし、他の楽しい遊びがあったればこそ、嫌でたまらない仕事でも一生懸命にやるべきことはやれていたわけだ。
見た目だけなら、大学の同期生と比べたら、金回りは抜群にいいし、彼女はいるし遊びもしているし申し分のない生活に見えたことだろう。

しかし、仕事に関しての不平不満は募るばかりだった。仕事内容自体がどうしても好きになれない上に、部長と性格的にまったく合わない。かと言って、片や取締役部長、片や新入社員だから勝負にならないから、ますますイライラが増してくる。
部長は、駆け引き、根回し、プレゼンテーションを重要視するが、裕也はそれとは正反対の直球型で一言で言うと、YESorNO的な性格で、まるで水と油なのだ。
しかし、利潤追求の企業人ならどちらが正解かは言うまでもない。

裕也は、うんざり感満杯状態で、入社1年半で限界を感じた。
退職を決意したが、裕也には自信があった、どこへ行ってでもやってみせると。