そのプロジェクトは、これから構想段階であり、まだ急な展開や施主との定期的な打合せ段階にも入っていなかったこともあり、新人の裕也を担当者にすることができたのだろう。
実際に、担当者と言っても、現実は“叩き込まれ中の実習仮免担当者”といった感じのものだった。

そのプロジェクトは、首都圏から少し外れた地域にある山林エリアで、昔、県が大規模住宅団地として開発を計画したが、やや首都圏から遠すぎて居住者が見込めないという検討結果を得て、計画倒れとなり放っておかれた区域であり、業績好調のある大手不動産会社が、最近になってその土地を取得し、何らかの形として自社物件にしたいのだがというコンサルティング業務だった。
広さは、100ha、つまり1000000㎡、30万坪、正方形で言えば1km四方の広さである。
入社早々の裕也がこんな広いエリアのコンサルティングなどできるはずもない。
つまりは、担当者とは言っても、部長から指示されることをひとつひとつやるだけのことなのだ。しかし、初めての実経験、参考書首っ引き、ネット張りつきで、指示されたことを仕上げては部長に見せるが、ダメ出しの繰り返し、やっとひとつ終われば、次の課題を出され、またもダメ出しを繰り返す。

しかし、大学入学時に味わった悔しさ以来、プライドは人一倍強くなり、負けない日々を送ってきた裕也は根を上げたりはしなかった。

とは言いながら、彼は割り切り方もはっきりしている。
嫌々ながらの仕事内容ではあるが、負けたくないので仕事として一生懸命にやる、ただし平日は最長でも21時まで、土曜出勤は止むを無いとしても日曜は絶対に休むと決めていて、それを実行していた。

新入社員歓迎会の乗りまくり以来、おもしろい新人という風に捉えられ、いろいろなところから誘いがかかった。
女性の多い新人も含む総務部からも他部の新人ということで飲み会の誘いもかかった。
裕也は、酒が好きだったこともあって、また、先輩との親睦は楽しかったので、すべての誘いに応じるようになり、どこに行っても西野がいるよと言われるまでになっていた。

総務部に、事務上のことで出向くことがあるが、女子社員の対応が誰もがいい。
その中で、たまたま、猫のような目をしたショートカットの女性と目が合った。
先日の飲み会のときにはいなかったのか気がつかなかった。
高島というネームプレートを胸につけた彼女も目を離さない。しばらく見つめ合ったあと目をそらしたが、何かしら心に響くものがあった。
裕也は、自席に戻り、パソコンで社内電話帳を立ち上げる。
この会社では、内線電話も外線電話もなく、内線は社内専用PHS,外線は個人用携帯を渡されている。

総務部・高島を探す・・・あった、高島瑞穂。
「あ、さっきの西野です。今日、帰りに会いませんか?」西野は、いつでも直球型、OKの返事を得る。
彼女は、2年前に短大を出たあとこの会社に入社した裕也と同い年の女性だった。森村祐子の要らぬと思っていた心配は、ずばり、的中だった。