冬から春にかけ、そんな日が続いた。
裕也が4年生になった4月の初めの夕方、いつものように大学の最寄駅のホームで待ち合わせた。ホームの少し離れたところに立つ祐子に微笑みはなかった。
五つ先の駅で降りたあと手をつないだが何となくぎこちなく、伝わってくるものがない。
そして、行きつけの喫茶店に入った。

席につくなり祐子が話し始めた。

「今日は、話さなければならないことがあるの」
「え、なに?突然に」と裕也は言いながら、嫌な予感がした。
「あのね・・・私たち、もう終わり」
「はぁ?なに言ってるの、意味が分からないよ」
「だから、もうだめなの」
「なにそれ?突然・・・なにかあったの?」
なにがあったかは知らないが、この時点では、また祐子の弱音が始まったか、いくらでもとりかえせると裕也は楽観視していた。

「私、お見合いして、今年の終わり頃までには結婚することになったの」
「・・・ことになったって、なにそれ、どういうこと?」
裕也は、ここしばらくの祐子の動揺ぶりは分かっていたし、祐子は性格的にすぐ弱音を吐くところがあったけど、前からの約束の気持ちは変わることはないと信じ切っていたので、祐子の「ということになった」という言葉に唖然とした。

長男の娘、つまり祐子の姪の結婚が来年の3月に決定したそうだ。
いまどき、だからそれがどうした、長男は大きく年上だし、その娘が同じくらいの年令の叔母より先に結婚する、そんなことあり得る話だし、それのどこがおかしいことなのかと普通は思うだろう。
しかし、祐子の母親は違うのだ。
母親としては、孫の叔母にあたる自分の娘が学生とつきあっていることが、世間に対し、非常にかっこ悪いことなわけだ。
裕也とのつきあいをやめ、裕也をあきらめさせるためにも、見合いをさせて結婚の段取りを決めてしまおうと祐子に迫ってきているという。
見合いの相手も決まっている。少し離れたところに住む大地主の息子で駐車場を手広く経営している29才の男だそうだ。

そんな話は、聞く耳を持たなければいいのだが、他の兄妹とは大きく年も離れた末っ子として可愛がられ、なおかつ今では高齢となった母をそのように無視することもできないと言う。
そして、前々からのことだが、これは世間体云々の話とは別に、“裕也の将来は分からない、あんたは捨てられる可能性が高い”という親心からの思いを延々と言われ続け、その度に祐子の心は揺れていたわけだ。

理由はともかく結果だけを言えば、祐子としては、裕也よりも母を信じた。つまりは、裕也とつきあう上で乗り越えなければならない問題を捨て、いろんな意味で自分の安定の方を選んだということになる。
その後、数回会ったが、いつも最後は祐子は泣き出してしまう。祐子なりの苦しみがあるから泣いてしまうことになるわけだが、要は、裕也はふられたという結果は変わることなく、何らの解決に至らず二人の仲は終わった。