不登校からの進級進学、本当に苦しい時期
*このブログ初めての方はこちら(書いている人の自己紹介など)
*現在新規相談者さんは募集も予約も停止中です。突然ご相談のメッセージをいただいても対応できません。
new! 販売している資料『タイプ別不登校の対応』について加筆修正いました。購入済みの方は再読み込みしてください。まだの方はこの機会に購入いただけると嬉しいです。
加筆修正箇所↓
2.発達障害と不登校、回復と環境調整を分けて考える
3.動かない喋らない中高生男子
5.通信制には転学せず踏みとどまる高校生と大学受験について
⒍運動部燃え尽き系
⒎思春期SNS女子
*
不登校からの進級進学、本当に苦しい時期
今年度、不登校からの進級進学で、4月からの登校を頑張っている子たちも多いことと思います。その姿を見ながら、私は毎年、少し複雑な気持ちになります。
もちろん、「よく頑張っているな」と思います。
けれど同時に、「本当の地獄はここからなんだよな」とも思うのです。私は、不登校からの回復の道中で、一番辛いのは「回復期」だと思っています。
混乱期はまだ現実感が薄い
案外、不登校初期の混乱期というのは、本人はあまり覚えていないことが多いものです。
もちろん、周囲は大変です。親御さんは疲弊しますし、家庭全体が張り詰める。けれど本人は、ある意味“狂っている”状態なので、そこまで現実のしんどさを感じきれていないことがあります。
昼夜逆転
風呂に入れない
部屋に閉じこもる
ただ寝ている
この時期は、「自分を客観視する力」がまだ戻っていません。ところが、少し回復してくると違います。急に、様々なことが気になり始める。
「髪が……浮浪者みたいになってる?」
「学校ってどうなってる?(突然気がつく)」
「リスカ跡だらけ…体育どうするの?夏どうするの?内科検診どう乗り切ればいいの?」
こういう、“浮世離れした状態”から、なんとか身だしなみを整え、社会へ戻ろうとした瞬間に、本人は初めて現実の痛みをまともに感じ始めます。
回復期というのは、「動けるようになる時期」であると同時に、「現実が見えてしまう時期」でもあります。
学校へ戻ってから始まる、“劣等感との戦い”
混乱期があけたら療養期間が始まります。ボロボロになった身体をいたわり、学校に行っていない以外は普通な生活が続き、もうこのままでもいっか…みたいな生活が続くと、その日がやってきます。
児童精神科医の斉藤万比古先生は自著でこのように述べています。
長期にわたった家族全員を巻き込む激しい葛藤の時期も、いつのまにかあたかも当たり前の日常であるかのように穏やかに過ごせるようになっている(登校していないことを除けば.....)。それがおそらく不登校という現象の後半に入ったサインなのであろう。
いつのまにか子どもは家庭外の世界に目を向け始めており、子どもは一見他愛もない趣味にしか見えない活動に関心を示し,それに没頭するかもしれない。それまで見向きもしなかった学校関連の活動や物品(教科書、制服など)に興味を示したり、学習に関心を持ち塾やいわゆるフリースクールに参加する意欲を示したりするかもしれない。あるいは「毎日退屈でしかたない」とこほすようになるかもしれない。そうなって初めて子どもは,親が語る「こんな方法もある,こんな道もある」といった情報に関心を示すようになる。
『不登校の児童・思春期 精神医学』より
再登校です。
そして、なんとか学校へ行けるようになったとしても、次に待ち受けているのは、非常に細かく、そして重たいストレスの連続。
「毎日同じ時間に起きられるだろうか」
「カラオケ行こうって言われても、今どんな曲が流行っているのかわからない」
「学校終わったら疲れているし本当はすぐ帰りたい。でも、“疲れたから帰る”なんて言ったら弱いと思われる」
「教室移動って、みんなどうしてるの?」
「私、もしかしてボッチなのでは?」
こういう、一つ一つは些細に見えることが、回復期の子にはものすごく重い。不登校からの回復が苦しいのは、学校へ戻った後も、集団の中で「自分は劣った存在だ」と意識せざるをえない状況が続くからです。
ここで参考になるのが、小中不登校→定時制高校→早稲田→東大大学院→定時制高校教員→文科省官僚となった藤井健人氏の発言です
念願だった大学生活が人生で一番つらかった
「周りも喜んでくれて、自分でも“ようやくここまでこれた”と思いました。ようやっと普通のみんなと同じ土俵に立てたと。ところが友達をつくることができなかった」
周りは中高一貫校から進学したり、公立でも地元トップ校出身者などキラキラした生徒ばかり。夜間定時制高校出身者など、自分以外1人もいない。“高校時代、部活は何をやってたの?”友達づくりのそんなありふれた質問にも、答えることができなかった。
「不登校界の超エリート」とも言えるような経歴の方でも、あの感覚「頑張れど埋められない格差」を抱えている。それが、私にはとても衝撃でした。
不登校ではなかった子たちは、自然に会話し、友達がいて、流行を知っていて、当たり前のように学校生活を送っている。一方で、不登校だった子は、その輪の外側にいる。カースト上位とか下位とか、そんな単純な話ではなく、「自分だけが人間として未熟で、社会性が欠けている」という感覚に近いものがあります。
もちろん、ほとんどの子は、それでも食らいつこうとします。
あなたのお子さんも、私も、そして藤井氏も。
回復期の五月雨登校は、“覚悟不足”ではない
回復期に五月雨登校になる子が多いのは、このためです。何をやっていても、「不登校だった」という事実は消えません。学校へ通っていた子たちと話していれば、嫌でも経験値の差を感じてしまう。
高校へ入れば一発逆転できるわけではない。
大学へ入れば人生がリセットされるわけでもない。
目の前には、経験値の差という大きな壁が立ちはだかっている。その壁を見て、絶望する。
けれど、家で寝ていても、その差が埋まらないことは本人が一番よくわかっています。一度休んでしまえば、ガラガラとようやく積み上げた経験が崩れてしまうかもしれない恐怖感。
だからヨレヨレと翌日も登校するのです。
それなのに、また休んでいる我が子を見て、
「また不登校になりたいのか」
と叱責してしまう親御さんは少なくありません。
けれど違うのです。
覚悟を決めても、しんどいものはしんどい。
だって、自分が一番劣っているように感じながら、毎日を生きているのですから。
優しくしてあげてくださいね。

