のほほん娘とワーキングママの中学受験

娘はかわいい・・・・ (いえっ、息子もかわいいですっ)



客観的なことはさておき、ひたすらかわいいかわいいで育ててしまった娘は

小5になっても果てしない甘ったれで精神的にも幼く、ひたすらマイペース


それでも、果敢に中学受験の世界に飛び込んでいきました。


時にはべそべそ泣きながら、でも、「がんばる・・」と

ポロポロ涙を流しながらまた机に向かい・・


2月からは新6年。いよいよ、あと1年あまりとなりました。

今からドキドキです。

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2006-08-04 01:57:48

兄の受験。そして近況

テーマ:日々のこと

ご無沙汰しております。


メッセージをたくさんいただきまして、また、ずっと放置しているブログにもかかわらず、毎日訪問をしてくださる方、ありがとうございます。


tantanは元気です。


いよいよ受験生の天王山、と言われる夏休みを迎えましたが、本人、黙々淡々と日々のカリキュラムをこなしています。


成績はまあまあと言ったところでしょうか。順調に伸びた後、一時期、大スランプがありましたが、現在はほぼ持ち直し、なんとかしがみついている、といった感じです。


あれから、来年の引っ越しが本決まりになり、場所柄、志望校が大きく変更になりました。

通学の便(電車の混雑やかかる時間)などを考慮しながら、あちこちの学校に見学にいき、やっと、夏目前に、いくつかに絞れた状況・・といったところです。


兄は、部活に、勉強に、なかなか頑張っています。

中学入学当時160cmだった身長は、高校1年の現在では180cm近くなり、この夏はとにかく部活で青春しています。なかなか青年らしい、たくましい背中になりました。中学の時はなんだか生ぬるかった勉強に対する姿勢も、高校に上がり、大学という目標がはっきりとしてきたせいか、目をみはる頑張りぶり。毎日120%、フル回転です。


あれから、少なからぬ方に、兄の受験を公開して・・というメッセージをいただき、今回、順次復活させることにしました。ただ、受験以外の部分は、引き続き公開は控えたいと思います。


兄の受験は、私がとてもとても無知であった頃の、恥ずかしい失敗談です。結果としてはオーライですし、現在の息子を見ていれば、後悔することは何もありません。でも、この私の無知っぷり、バカっぷりを見て、何かの参考にしてくださる方がおられれば幸いです。


2006-01-19 02:09:13

兄の受験11 (2月4日・夜)

テーマ:兄の受験


発表は18時です。 (注:昨日、19時と書いてしまいました。スミマセン)


17時半。夫も帰ってきません。息子はまだ塾にいるようです。


「帰っておいで」 息子にメールをします。 


ほどなく 「わかった。これから出てバスに乗る」 という返事が来ました。


発表には間に合わないのでしょうか? 私、一人で確認することになりそうです。


夕飯の支度もそこそこに、PCの前に座ります。


毎度のごとく、リロード、リロード・・・・・・・リロード・・・・・・・・・・・・・





・・・・・・・・神様・・・・・・・・・


画面が変わりました。急いで、息子の番号を探していきます。昨日の願書提出ですから、番号は後ろのほうです。数字の羅列を目で追うのがもどかしい。いやに、番号が飛んでいるような気がします。これらは、試験を受けなかった子なのでしょうか?それとも、落ちてしまった子でしょうか・・・・・・。





・・・・・・・・・・・・・・・・目に飛び込んできたのは、息子の番号でした。



あった・・・・・・・・・・・・




受験票を持つ手が震えます。手が汗ばみます。


何度も、何度も受験票の番号と、モニターの中の番号を見比べます。それでも不安で、受験票を直接モニターにおしつけて、番号を、横に並べて見比べます。




あったよ・・・・・・・・・・・・・・拳をぐっと握ります。やったね・・・・・・・・・




あ、あ、そう・・そうだ、息子に一番に、教えてあげないと・・・・・・・・


バスの中にいるであろう、息子にメールをします。


「合格おめでとう!」 と、ただ一言。


夫に電話をします、実家にも連絡をします。


喜びが、じわじわっと押し寄せてきました。顔が、知らぬ間にニタニタとしてしまいます。




「バタン!」 



勢いよくドアが開く音がして、息子が帰宅しました。ドタドタと、部屋に飛び込んできます。


「本当に?!受かったの?!」


顔をみたとたん、うまく言葉が出ず・・・・開いたままのPCの画面を指さします。


「本当だ!やった!」 息子が、満面の笑みを浮かべました。


この笑顔を、何度待ち望んだことでしょう・・・・・・・


息子とがっちりと、握手をしました。



「おめでとう・・・・」 



あとは、それだけ言うのがやっとでした。次から次へと涙があふれてとまりませんでした。

今度は、私が、大泣きしてしまったのです。



よ、よ、かったっ・・・・・ほんとうに・・・・っ・・・ううう・・・・



息子がびっくりした顔をして、私のぐちゃぐちゃな顔をみて笑い・・・・・・




そのあと、私と同じくらい、ぐちゃぐちゃな顔になりました。





2006-01-17 02:06:45

兄の受験10 (2月4日)

テーマ:兄の受験

ぐるりと一周まわって、帰ってきた・・・・・・


Mの校舎を見上げ、そんなことを、ふと思います。


駆け込みで飛び込んだ中学受験でした。ほかのご家庭に比べたら、本当に短い期間でしたが、私にとっては、長い長い、さまざまなことがあった中学受験でした。


最初に見つけた学校でした。校風のよさに惹かれました。偏差値的にも、当時のものよりずっと上の目標でした。 「ここにご縁があれば」 と思い、その後、慢心から 「ちょっとね」 となりました。・・・・・・そして、最後には、また、 「ご縁が」 と祈っています。なんとも自分勝手で不遜な話です。


まるで、お釈迦様の手のひらでぐるぐると回っていた、愚かな孫悟空のようです。



「ちょっとね」なんて思って、本当にごめんなさい!!!もう絶対そんなこと、思いませんから、どうか・・どうか、息子を受け入れてください!!!!


心の中で土下座です。




話は昨日に戻ります。


私はぎりぎりまで、B校の願書提出を考えていました。でも、出して、その後は・・・・?と考えると、息子を説得して、試験に向かわせることは私にはできませんでした。私の中でも、Mを受けることが、最も賢明な選択だということははっきりと理解していたのです。


それでも、受けることすら出来なかった・・というのは、ある意味、受験して玉砕するよりも未練が残るものです。万が一の可能性・・というのをつい信じてしまうのは、愚かな母心でしかないのでしょうか。


時計が、受付時刻を過ぎました。もちろん、距離がありますから、もうとっくに出しに行くことは不可能でした。それでも、受付時間が過ぎる瞬間、時計から目を離すことができませんでした。


未練は、心の奥底でくすぶったままです。でも、息子が選んだ道、笑顔で送り出してあげたい・・。


息子が、塾から帰ってきました。


「T塾、合格者の名前がいっぱい貼ってあったよ。Wくんも、Nくんも、受かってたよ。」


短いT塾生活でしたが、W君もN君も息子に話しかけてくれ、仲良くなったお友達でした。


「知っている奴は、ほとんど受かっていた。あいつらは、やっぱりすごい。」


「そう・・・・・・・。みんな、頑張ったものね。りょうくん・・・つらかった?」


「いや・・・・・大丈夫だったよ。先生がね、 ”次はお前が合格をとれるように、頑張ろう!” ってずっと励ましてくれたよ。 Mは、あの先生が教えた子が何人か行ってて・・すごくいい学校だ、って。 絶対頑張れ、負けるな!”って、言ってくれたよ。」


「・・・・・・ありがたいね。心強いね。みんな、応援してくれてるから、精一杯やろうね」


「うん、頑張るよ」


私だったらどうでしょうか?ずらりと「合格おめでとう!」が貼られた塾に一人行き、まだ合格が一つももらえない自分が、先生の補習を受けている・・・想像しただけで、足がすくみます。


息子は私よりもずっと強い・・・。

彼も、心の中では、悔しくて悲しくて、もしかしたら、掲示してある紙をすべて引きちぎってしまいたい、そんなふうに思っていたかもしれません。でも、ちゃんと、仲間を 「すごい」 と評価できる・・・


・・そんな息子を、誇りに思おう・・・どこの学校も○をくれなくても、私が、◎をあげよう・・・・望むだけ、いくつでも、いくつでも、◎をあげよう・・・・





2月4日。天気は快晴でした。家から、とても近い距離にあります。車では10分程度です。


願書は、2月4日、5日の両日出してありました。今日、明日と2回チャンスがあります。それは息子にとっても、多少の精神安定材料にはなるでしょうか?


息子を学校に送り、校門に入る彼の背中を軽くバン!と叩き、 「行ってらっしゃい!」 と送り出しました。

大勢の保護者の方と、受験生の子ども達が、同じように通っていきます。2月4日に受験に来ている子たちです。Mよりも偏差値的に低位にある学校に受かっている子が、チャレンジで受ける場合もあるでしょう。でも、息子のように、不本意な結果続きの子も少なくないはずです。

心なしか、どんよりとした集団。2月1日の集団は、もっと緊張の中にも晴れやかなものがあったような気がします。


そんな中で、必死に自分を奮い立たせることが、どれだけ大変なことでしょうか。私は、やはり傍観者でしかありません。息子が、そして同じ世代の子たちが、すべて、自分を奮い立たせ、気力を絞り、頑張っているのです。そして、無情にも、その結果で、また涙を流す子がいるのです。


やりきれない思いがします。



学校をあとにし、国立の発表に行きました。


きっと、ダメだろうな・・と思っていましたが、やはり、昨日のVサインを信じている自分もいます。


が・・やはり×。こうなると感覚も麻痺してしまったのか?ごく冷静に受け止めることができました。しかし、国立は発表時に、補欠番号の発表もあります。


もしかしたら、補欠は受かっているかも・・・?という変な気持ちがありましたが、これも×。

これまでインターネット発表ばかりでしたので、掲示される発表は、実は初めてでした。受験生も大勢見にきており、そっと黙って会場を去る親子、喜んで記念写真を撮る親子・・とその反応はさまざまでした。


「イエ~イ、俺、受かっちゃったもんね。でも、K成行くもんね♪」


と言っていた子。正直どつきたくなりましたが・・・でも、思わずはしゃぐくらい、やはり努力、努力の日々だったのでしょう・・・と頑張って解釈します。


試験が終わった息子に、×の報告をしても、これまた息子も感覚が麻痺しているのか?そうか・・という感じでした。


「今日は、できたと思う。でも、明日もあるから、塾に行く」


と息子は言い、塾へ行ってしまいました。今日、Mが×ならば明日も、○ならば、Cのリベンジをするのだ、と言います。彼はあくまでもへこたれません。


一人家に戻った私は、疲れて疲れて、ソファに倒れ込んでしまいました。気力がわきません。でも、眠れないのです。


日が暮れてきました。発表はインターネット。時刻は7時。まもなくです。

2006-01-16 00:57:07

兄の受験9 (2月2日夜~2月3日)

テーマ:兄の受験

誰が選ぶべきでしょうか?


中学受験は親子の受験。tantanの塾の先生は言いました。


「学校を選び、見極めるのは親の仕事。お子さんは、雰囲気と感性で言いますから、それを全面的に受け入れるのは間違っています。進学実績、校風・・さまざまなデータを冷静に検討し、たとえお子さんがいやだと言っても、親御さんが、この子に合っている!と確信を持たれるのであれば、その学校を受験したいと思わせるように導いていくのが、親御さんの力の見せ所なんです」


もちろん、それも十分納得のいく話です。 すべてを受験する前ならば。


でも、この状況において、決めるのは、息子自身しかない、と思いました。


どのような結果になっても、「ああしていれば」と必ず思うことでしょう。でも、学校に6年間通うのは、息子自身です。自分の選んだ結果に納得して、自分の道を進んで欲しい。そこに例えば、激しい後悔があったとしても、自分で選んだ道であれば、その後悔も、きっと何かの糧になっていくことでしょう。


「どちらにするか、あなたが決めなさい。後悔のないように。」


「・・・・・・・・・・わからない」


「明日、願書は両方の学校に出すよ。今すぐ決めることはないよ。明日一日ゆっくり考えて、明日の夜、決めよう。それでも決められなかったら、当日の朝まで悩んでもいいよ。」


「両方願書出すんだよね?どちらか片方に払ったお金、無駄になっちゃうんだよね?」


「そんなことは、気にしないでいいの。お金を出すのは親の仕事。時間はあるから、焦らないで、よく考えて。」


「わかった」


「じゃあ、もう寝ようか。明日も、頑張ろうね。」


「うん」


何度か寝返りをうちながら、それでも疲れ切った息子はやがて、寝てしまいました。


2校分の願書を書きます。書き終えた時は、すでに深夜2時をまわっていました。


私でさえ、決めることはできません。息子の 「本当はね、B校のほうが・・・」 という言葉と、あのときに見せた笑顔が、何度も私の頭の中でぐるぐるしています。


インターネットで、それぞれの倍率を調べます。B校、例年並み。M、やや増。


掲示板を徘徊します。「合格しました」という書き込みを見つけるたびに、ズキズキと心が痛みます。落ちる人がいれば、受かる人もいる。当然のことを、なかなか受け入れることができません。


T塾のHPを見ます。


「過去最高!T校 ○○名合格!」


そんな速報が出ていました。・・・・・・・・見た瞬間、何かが崩れ落ちました。


なぜ、○○名の中にあと一人、入れなかったのか・・・。あと一人くらい、入れてくれてもいいじゃない!なんでうちの息子が!・・・・・・・・そんな攻撃的な感情と、


やっぱりダメだったんだ・・・・・・・そんな、挫折感が交互に押し寄せます。頭の芯が、じんじんと痛み、ふと気がゆるむと、声をあげて、私まで、赤ちゃんのようにわんわんと泣き崩れたくなります。


始まって、まだ2日目が終わったところなのに、もう1週間以上も経っているように感じられます。






それでも、朝は来ます。


3日目は国立。本当に、ここで安全校が受けられれば、また後の組み立てができたかもしれません。

でも、それは私には強行できない、さまざまな事情がありました。しかし、今ならば言えます。国立は、よほどの覚悟ができていない限り、考えの中に入れるべきではないんです。


Sも、家からわりと近い場所にあります。以前、現在の家に引っ越してくる前の家にとても近く、通い慣れている道なので、今日も車で行きます。ただ、今日は私が運転し、一度家に戻って、試験の間に願書を提出に行こうと思っていました。


「ママ」 息子が、運転中の私に話しかけます。


「なに?」


「明日ね、僕、Mを受けるよ。」


「・・・・・・・・それでいいの?まだゆっくり、考えようよ」


「ううん、もう決めた。僕はMも好きだから・・・・・・」


「とりあえず、願書は両方出しておくよ」


「いいんだよ。もったいないよ。僕はもう決めたから、Mだけお願いします」


・・・・・わかった、ととりあえず言い、近くのパーキングに停め、息子と学校へ入ります。印象的だったのは、国立の学校前には、高校入試向けの中学塾のパンフレットを配っている人たちが目立ったこと・・・やはり国立へ進むには、中1から塾が必須になるのでしょうか・・。確かに、私立の中高一貫とは大きく異なり、付属高校に上がるのは熾烈な競争のようです。


国立対策もしていない息子が、太刀打ちできる学校じゃないだろうな・・・・


そう思って学校をあとにしました。


いったん帰宅しました。すると・・・・家に、私の父、つまり、息子の祖父が来ていたのです。


かあっと頭に血がのぼりました。くたくたで、家の中はぐちゃぐちゃです。出来る限り冷静に・・と思っていましたが、それでも、いっぱいいっぱいだったんです。心配してくれているのはわかります。でも、とにかく、そっとしておいて欲しいんです・・・・・・。

電話で、結果は連絡していました。「ダメだった」と毎回、報告するのはつらい作業です。待っているほうもつらいとは思います。でも、いきなり訪ねてくるなんて・・・・・・・


「なんで来るの?」 思わず、言ってしまいました。


「お願いだから、決まったら報告するから、それまでそっとしておいてよ・・・・・・・・」


「心配でな」 父が答えます。明らかに、気まずそうです。


実家は電車で1時間。ドアツードアだと、1時半以上かかるでしょう。往復3時間かけて来てくれているのに、私は、労うことも、感謝することもできません。


「気持ちはありがたいけど・・・・・でも、家の中も片づいていないし、とにかく、私も息子も、いっぱいいっぱいなんだよ・・・・・・・」


 出来る限り感情を抑えて話します。


「わかるよ。ごめんな」 そう言って、父は帰りました。


滞在時間、約10分ほどだったと思います。お茶くらい・・とは言ったのですが、固辞して帰ってしまいました。


ごめん・・・・・・・・・とも思いますが、一方で、怒りもおさまりません。


今でも、あのときの父の背中を思い出します。ごめんなさい・・・・。


さて、迎えに行くと、なんと息子は、校舎の2階の窓から私を見つけ、こともあろうに、Vサインをしたのです。


息子のニコニコ顔と、Vサインを見て、ずっこけそうになりました。図太いんだか、何だか・・・・・・・。確かに、私立のひねっている問題よりも、国立のほうが易しく思えたのかもしれません。でも、それだけボーダーラインは高いんだよ・・・。

発表は、翌日です。今日は何も発表がなく、それが唯一の救いです。


帰りの車でも話し合いましたが、息子の意志は変わらず・・明日はMの受験となりました。きっともう、B校に立ち向かっていく気力は、残されていなかったのでしょう。


「帰ったら、塾に行ってくるよ。明日の対策をしてもらう」


そう息子は言い、軽く昼食をとると、塾に行ってしまいました。彼はもうとっくに、自分の涙を乗り越え、前を向いているのです。



なんとなく、納得できない私が残されました。


Mへは、夫が願書を出しに行ってくれています。B校にも出すのなら、今出れば間に合います。でも・・・。


時間が過ぎていきます。1分1分・・・夢が遠のいていきます。本当に、これでいいの?


動けない私がいます。

2006-01-15 03:09:11

兄の受験8 (2月2日・夜)

テーマ:兄の受験

「申し訳ございませんっっ!」


な、何故謝るの・・やめてください・・・・・・・・


T塾の先生からの電話に、かえってショックを受けた私。

ああ~・・・・謝られてる・・・なんだか、それって、ちょっと惨めかも・・・・。だって、息子の力不足が原因なのであって、先生が原因なんて、私、思っていませんから・・・。だから、もう、やめてください・・・。


家に戻り、Cのネット発表を見たあと、T塾に報告の電話をした時のことでした。


そうです。 「Cも、ダメでした」 の電話です。


ネットを開いて、合格発表の画面を見ると、番号は、本当に、とても少なく見えました。


え?たったこれだけの人数なの?次に、もう一ページあるんじゃないの? 「次のページへ」 はないの?


しかし、どこを見ても、「次へ」 も 「補欠」 も 「息子の番号」 も、ありませんでした。


T塾の先生に謝られてしまい・・でも、こう言っては何ですが、ダメかもしれない、って予感がしていました。私自身が、悪い連鎖に巻き込まれているのを、肌で感じていました。


でも、9時に、Hの発表があります。これさえとっておけば・・・と、希望を託します。


9時。H発表。




番号は・・・・・・・・・・・・ありませんでした。


通算4つ目の×。今日一日で、3つ、立て続けにいっぺんに×をくらったことになります。



「ない・・・・・・・・・・っ!」 息子が青ざめました。


目は画面に釘付け。声がふるえています。



「ぼっ、・・・・・僕はっ」





「・・・・・・・・僕はっ・・・・・・・・・・・・!!!」 





「僕は・・・・・っ!こんなに!」






「頭が・・・悪かったの・・・・・・・・っ!!!」 




まるで悲鳴のように、絞り出すように声を出し、


うっ・・・・うううう・・・・・っ、ううううーーーーーーーーー


肩を震わせ泣きはじめました。顔をくしゃくしゃにして、声をあげ、それでも、崩れそうになるのを、必死に耐えながら・・・・・。


これまで、怒られた時に、ぽろりと涙をこぼすことはあっても、決してこんな泣き方をしない子でした。声をあげて泣く姿を見たのは、もしかしたら、幼稚園に入るずっと前が最後だったかもしれません。


「りょうくん!」 


悲しいよりも先に、こんな姿を見て、私は気が動転してしまいました。



ごめん!こんなつらい思いを・・・ごめん!





心で謝りながら、泣きむせぶ息子の肩を抱き、背中をさすり続けました。ごめん、ごめん・・・ごめん。



「大丈夫、大丈夫だから、ちゃんと、ご縁のあるところに、ちゃんと決まるから。りょうくんに合った学校が、ちゃんと、どこかにあるから・・」






そんなことしか、言えません。繰り返し、繰り返し、大丈夫だよ、大丈夫だよ・・そんなことしか・・。

私は泣いてはいけません。泣かない、泣かない、絶対、私が泣いてはいけないんだ・・・・!


ここまで、×が続いても、たんたんとしていた息子でした。試験に行くときも、緊張したそぶりは見せず、どう?」と聞けば、常に 「平気だよ」 と言うような子でした。でも、本当は平気じゃなかったんです。


思い出しました。tantanが生まれた時、それまで3年半、一人っ子の生活を満喫していた彼でしたが、赤ちゃんがえりをすることもなく、幼稚園を登園拒否することもなく、ごくごく自然に小さな妹の存在を受け入れたのです。特にべたべたとすることもありませんでしたが、意地悪をすることもなく、とても自然に見えたのです。楽な子だなあ、と思っていました。

しかし、半年くらいたち、目をあまりにもパチパチとさせるので医者に連れていきました。チックでした。精神的なものと言われました。意識して、妹(tantan)よりも、息子を優先するようにしたら、自然に治まっていきました。


思っているよりも、ずっとずっと、ナイーブな子で、でも、それをちゃんと表すことのできない不器用さを持った子でした。それを、忘れて、すっかり安心していたのです。


小学6年生です。しっかりしているはずは、ないんです。


ごめん・・・・・・・・


泣き疲れた息子に、とりあえずゆっくりとお風呂に入っておいで、と言いました。まだ、明日もあるのです。


お風呂に入っている間に、T塾に電話をします。


「えっ、そんな、まさか・・・・」 T塾の先生、またもや絶句です。


「ちょっと待ってください。もう一度電話をします」 


と、一度電話を切られました。しばらくして、電話がありました。


「Hに知り合いがおりまして。確認したんです。詳しくは言えないのですが・・・息子さん、2点差でした。通常ならば合格の範囲なのですが、今年はボーダーラインが高く、不運でした・・・・・」


「2点差ですか・・・・・・・・」


今思えば、これはT塾の先生が、なんとか少しでも自信を取り戻させようとついたウソのような気もします。でも、当時の私は、疑う余地もありませんでした。その 「たった2点」 に、せめてすがるしかなかったのです。


気をとりなおさなければいけません。でも、どうしたら、いいんだろう・・・・


T塾の先生が言いました。


「もともとの志望は、Mですよね。4日、B校を受ける予定を、Mに変更されては・・・。」


「Mですか・・・・・・・」


そうです。一番最初に、「ここに入れればいいな」と思っていた学校です。その後、どんどん欲が出て、「ちょっと偏差値が低すぎるかも」なんて思い、外した学校です。


でも、Hよりは、高い偏差値です。Hにまで落ちたのに、受かるのでしょうか・・・?


「Mは、4日、5日の2日間、まだあります。両方受ければ、かなり確率は高いと思います」


先生・・・・・・あの子、今日、帰りに、”僕は本当はB校のほうが好きなんだ”って言ったんです・・・。そう言って、にこっと笑ったんです・・。


「4日にB校をそのまま受験して、5日のみMということは、難しいでしょうか」


「最終日のみとなると、競争率も高く、厳しくなります。」


ああ・・・・・・


お風呂から上がっていた息子が、T塾の先生と話し、電話を切りました。


冷静に、選ばなくてはいけません。


4日にB校を受け、5日にMを受けるのか、


4,5日の両方、Mを受けるのか・・・・


書き足りませんでしたが、息子が、TよりもむしろB校の方が好き!と言ったのは、決して負け惜しみとか、私に気をつかったわけではなく、本心だと思っています。どちらかと言えば、Tは「私」が心酔していたので、息子も、それにあわせてくれていたというところもあったような気がします。T校は私主導、B校は息子主導でした。もちろん、私も、B校も大好きなんです。Tがダメだとわかっても、そうどん底ではなかったのは、B校があるから、という理由も大きかったのです。


それなのに・・・・・・受けることすら、できないなんて・・・・


あきらめきれません。私も、息子も。


でも、強行すれば、最悪、全落ち・・・も具体的になってきます。6日以降、あわててまた何かを探すにしても、今度はもっともっと、不本意な学校に通わなければいけないことになるでしょう。


つい数時間前 「B校が好き」 って、にっこり笑った息子。


それでも、決断をしなければ、なりません。


全落ち覚悟で希望をつなぐか、より確実な道を選ぶために、焦がれた学校をあらきらめるか・・・・・


つらい選択です。


今夜も、眠れなくなりそうです。

2006-01-14 00:05:22

兄の受験7 (2月2日)

テーマ:兄の受験

お恥ずかしい話ですが、私が今回、3年前のこの顛末を書いていてあらためて驚いたのが


下の娘、つまりtantanが、この間、どうしていたのかがわからない、


ということです。


4才離れていたtantanは当時、小学2年生だったはずです。

受験期間中は、すべて平日でしたから、普通に学校に通っていたはずです。ですから、基本的には一緒にご飯も食べ、朝、起こし、支度をさせ、学校に送り出していたはずです。それに、受験で出ている間、学校から帰ってきたtantanはどうしていたのでしょう?


夫は自由業なので、彼がずいぶん面倒をみていたとは思います。でも・・。

息子と歩いた道から見た風景、入ったレストランのメニュー、ちょっとした会話、コンビニで買ったお茶の銘柄・・こんなに細かいことまで、すべて覚えているのに、それでも、tantanに関することは、すっぽりと抜け落ちているのです。

頭に入っていない、目が向いていなかった・・それだけ私の頭は、息子と、受験のことでいっぱいいっぱいだったのでしょう(ごめんねtantan)。


********

2日目。


Cは駅からもけっこう距離があり、大きな駐車場があるような学校でした。この日も、夫に送ってもらいます。都心とは逆方向でしたから、家からやはり30分もかからなかったと思います。


ちらちらと、雪が降ってきました。風花のように、はかなく淡い雪です。


ホカロンを足そうとコンビニに寄り、手ぶくろの中に小さなホカロンを入れて手を温めます。


門からだいぶ前に車を停め降りました。ここで夫は一度家に戻り、その後、Tの発表に向かいます。


学校前には、昨日のような塾の応援もなく、ただ受験生とその親がぞろぞろと歩いています。誰もが無口で、ただひたすらに、黙々と歩いていました。


Cでは、控え室は食堂と、図書室になっていました。


試験が始まりました。緊張でいてもたってもいられなくなり、図書館をウロウロします。並んでいる本の背表紙を見ながら、でも、何を見ているか自分でもよくわかっていません。


食堂に行くと、奥の一角に人だかりが出来ています。


入試問題が掲示されていました。リアルタイムです。


熱心な親御さんたちが問題を写し、近くの椅子に腰をかけて、問題を解いています。


国語。とんでもない長文です。それも、論説文。もちろん、過去問はやっていましたが、今の私には、これが同じ学校の問題とは思えないほど、はるかに難しく感じました。


これを?あの子が?


不安で仕方ありません。その後、次々と貼られていく算数の問題も、理科も、社会も、すべてが「今年に限って難しい」問題に思えます。


これを?あの子が?


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


試験が終わって出てきた息子は、それでも元気でした。


「できたよ!」 そう明るい顔で言っていました。


ほっとしました。ようやく、笑顔が見られました。


それでも、午後にまた試験が待っています。


お昼は、楽しい気分になろう、と、マックにはいりました。でも食欲はありません。何故なら、発表が1時に行われるからです。あと、30分。夫は、もうTの近くに着いているはずです。


バンズをむりやり詰め込み、やけに塩辛く感じるポテトを途中でギブアップし、次の学校に向かいます。


電話が鳴りました。夫です。あわてて電話をバッグから取り出します。




「・・・・・・・・・本当に?」



「・・・・・・何度も確認した・・・・・・?」



「・・・・・・・・・わかった・・・・・・・・」





T校、不合格でした。





終わった・・・・もう、あの生徒たちの中に入ることは、ないんだ・・・・


噴き出してきそうな思いを必死にとどめました。でも、ここで、私は悔やんでも悔やみきれない失敗をしてしまうのです。


一瞬、気持ちがささくれ立ちました。そのタイミングで、息子が 


「どうだった?」 と聞いてきました。


私は 「だめだったよ」 と、あっさり、ぽろっと、言ってしまったのです。これから、試験を受ける子どもに!


息子は動揺してはいませんでした。泣いてもいませんでしたし、興奮してもいませんでした。


「そう・・・・・・・・」 とぽつりと言ったまま、黙ってしまいました。


最寄りの駅で、5万円引き出しました。願書提出は予想外のことでしたから、窓口で2万円払わなくてはいけません。明日以降のこともあり、少々不安だったのです。息子に背を向け、CD機に向かい、モニターに反射して映った私の顔は、目がつりあがり、そして、疲れていました。


夕べ書いた願書と、おろしたばかりのお金を持って、学校へ向かいます。


こんな、やっつけの受験・・・・・・・胸の中で、怒りとも、悲しみともつかない感情が爆発しそうです。


ダメかもしれない、とは思っていた学校です。あまりにもハードルが高すぎました。でも・・・過去問との相性は決して悪くなく、毎回、合格最低点は上回っていました。先生も、ひょっとするかも・・と仰ってた。なのに・・・もう、この先も、本当に、ダメなんだ・・・。


なんとなくフワフワと、それでいてせわしない気持ちで窓口で願書を出し、お金を直接支払います。


「当日受付」にいる自分たちが、いかにも、予想外の×をくらったことをアピールしているようで、なんだか、それだけで落ち込んでしまいそうになります。


それでも、励まさなくては・・・・・・・・・!


「間に合って、よかったね。気持ちを切り替えていこう。まだ、今日の結果もあるし、明日、Bにも願書を出すし、まだまだ、頑張らないとね!そのためにも、ここはしっかり、合格しよう!」


「うん」


息子は、さほどダメージを受けているふうでもなく、でも、一度も来ていなかった学校・・・ということもあり、なんとなく、心許ない感じで、きょろきょろとしながら、校舎の中へ消えていきました。


保護者の控え室は、ホールでした。立派なホールで、コンサートホールのようなつくりでした。


試験が始まり、待っている間、校長先生が舞台に出ていらして、お話を始めました。


「ここに集まっている皆様は、どこかの学校の併願ということでいらしているのでしょう。お子さんも頑張っています。でも、お母様の頑張りに、私は頭が下がります。子ども達が、今、無事に試験を受けていられるのも、お母様たちが、お子さん方を支えていらした結果です。いい結果が出ることを切にお祈りしておりますが、思ったとおりの結果でなくても、どうぞ、落ち込まないでください。一生懸命闘ったお子さんを、そしてご自分を誇りに思ってください。」


自然と涙が流れていました。そっと、ぬぐいました。抑え、としか見ておらず、過去問はしたものの、直接学校に来たことはなかったくらいの学校でした。でも、入れていただけるのなら、ここの学校でも・・・・・・!



試験が終わり、息子が出てきました。


「大丈夫だと思う」 息子は、元気でした。


駅まではバスです。もう日は暮れて、外は真っ暗。街の灯りが寂しそうに見えます。


「Tは残念だったけど、ご縁がなかったのだから、仕方ないね。まだまだ、大丈夫だよ。きっと、今日の試験は大丈夫だよ。そしたら、Bに全力投球しようね。」 


「あのね、ママ」 息子が、ぽつりと言いました。

「ボクね、正直言うと、T校よりもB校のほうがなんだか好きなんだ」


「だから、よかったのかもしれない」


息子はこう言って、にっこりと笑いました。


「そうだね。B校はすごくいい学校で、ママも好きだよ。君には、ああいうおっとりとした学校のほうが似合ってると、ママも思うよ。そうだね、きっと、りょうくんの一番いい学校に、ちゃんと決まるようになっているんだね」


B校は4日目。 明日、願書を出しに行かなくては・・・・・。

また、お金をおろさなくてはいけなくなりそうです。この頃の金銭感覚は完全に麻痺してして、可能性のある所なら、迷わず2万でも3万でも出していたでしょう。


やっぱり、平常心ではなかったのです。


帰宅したら、待っているのは、今日の2校のネット発表です。


2006-01-12 14:52:54

兄の受験6 (2月1日・夜)

テーマ:兄の受験

不勉強この上なく、安易な私ですが、受験に臨むにあたって、2つだけ心に決めていたことがありました。


・結果がすべて出るまでは、子どもの前では決して泣かない。


・常に前向きに、励ましつづけること


私は、自他ともに認める、涙腺のゆるい人間です。思い出すだけでうるっときてしまいますし、当時、さなかだった時は感情の高ぶりも激しく、勝手にいろんな想像-いい想像も、悪い想像も-をしては、涙をこぼしていました。インターネットの受験サイトの書き込みで、同じように苦しんでいる人の書き込みを見つければ、即号泣です。


正直言えばあまりのショックに涙も出ない・・ということもありましたが、それでも、あらゆる面で


「踏みとどまる」


ということを、ただひたすら心に留めていました。




昨夜のネット発表に戻ります。


ない・・・・・・・・


本当に、ない・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・


呆然とする息子。なんとかしなくては。とにかく、受験は明日も続くんです。

明日も朝から受験校に向かわなくてはいけません。


「特待は、ちょっと特殊だから、やっぱり難しかったね!」


とりあえず言ってみます。


「まさかダメだとは思わなかった・・・・・・」 息子が声をつまらせます。


塾・・・・・!T塾も、A塾も、 「おそらく大丈夫」 って言ってたんです。A塾なんて

「ここで止まるでしょうね」 って、あれだけはっきり言ってた!!!!言ってたよね!!!!


ああ~~~~~~・・・・・・言葉が浮かんできません。いや、それではダメダメ・・。


「・・・大丈夫だよ!ちゃんと、決まるところに決まるから。まだ始まったばかりだから、大丈夫・・・」


「うん・・・・・」


「明日はTの発表もあるし、午前中は、Cもあるし、まだまだ、挽回できるから!」


「うん、そうだよね」


「がんばろう!こんなことで落ち込んでいられないよ。」


「うん」


しかし、とにかく、このまま最初の計画通り突っ走るわけにはいきません。

「まさか」が起こった以上、もう確かなものは何もないのです。


私が決めたのは、Hの午後受験でした。そうです、たった今、結果を見たばかりの学校の、一般入試でした。ここは、直前に願書を提出すれば、そのまま受験ができるのです。幸い、明日のCからは数駅先の場所にあり、移動時間は十分間に合いそうです。


「明日、Cのあとに、もう一度、Hの午後入試に行こうか。これは普通に2教科だし、過去問でもほとんどとれてたじゃない?ここで、一つ、合格とろうね。」


「うん!」


不安そうな顔をしていた息子も、やっと一安心したようです。


T塾でお世話になった先生から連絡がありました。午後入試の不合格を伝えると、やや絶句し


「そうですか・・・・最初の年ということで、読めなかったですね。明日は午後に一般を受けるのですよね?それならば、大丈夫でしょう」


心強い言葉をいただき、息子にも、電話で励ましの言葉をもらいました。息子も、すっきりと、立ち直ったように見えます。


とにかく、明日は早いから、もう寝よう・・・そう言って、明日の支度をもう一度チェックします。

受験票を入れておいたファイルから、明日の学校の封筒をとり、明日の受験票を抜き取ります。

息子に渡し、鞄に入れさせ、上履き、筆記用具・・・ひとつずつチェックをしていきます。


温かいココアを作りました。熱くて、とろっと甘い。

勉強中は、お砂糖とクリームいっぱいのカフェオレとか、ココアとか、何度か作りました。今でも、極甘のカフェオレやココアは、受験を思い出します。


二人で、ゆっくりと飲みました。社会の見直しを少ししました。


「もう、寝なさい。明日は7時くらいに起こすね」


「うん、おやすみなさい」


息子が布団に入ったのを確認して、PCの前に向かいました。


静かな中、ひとりで考えます。すでに狂い始めている計画を、どこで立て直さなければいけないのか・・。


1日の午後に受けた特別入試というのは、その年から始まったものでした。

教科は算数と総合問題のみ。各100点。非常に特殊な問題形式をとっていました。

総合問題というのは、国語+社会+理科の要素を入れたもので、事前の説明会などで、見本のような形で配られ、息子も事前に解いていましたが、それほどクセのある問題ではなかったはずです。

なぜ・・・・・


やはり、特待入試は非常に読めない受験だった、と今では思います。T塾の先生も、


「たぶん大丈夫だと思いますが・・読めないところはあります」


と仰っていました。それに、その年度から始まった午後入試。だいぶ人数も集めたと思います。やはり、冒険だったのでしょうか。


それにしても一番心配なのは、息子の気力でした。ただでさえ試験慣れしていない息子が、あの異常な緊張感の中、午前-午後、午前-午後、の2日間、気力と集中力を維持できるのでしょうか?


家族が皆寝たあと、明日の午後入試のための願書を書きました。Tの願書を書いた時にはあれだけ一文字一文字、ものすごく注意しながら書き、ひどく重々しく思えた願書でしたが、Hの願書は簡素だったこともあり、あっという間に終わってしまいました。


ここで、止まって・・・・・・なんとしても合格を、ひとつ・・・・・・・


そう念じながら書きましたが、明日入試の願書を、明日提出するという、その、いかにも間に合わせな感じは、やはり、私にとっても、挫折感が大きいものでした。


落ち着きなくインターネットを徘徊しているうちに、夜が明けてきました。

寒く、暗い、どんよりとした空模様でした。


2日目は、午前はC、午後はHの試験


そして


前日のTの発表、Cの当日発表、Hの当日発表が、それぞれ行われます


2006-01-12 08:48:32

兄の受験5 (2月1日)

テーマ:兄の受験

2月1日は、よく晴れた、寒い日でした。


前夜は眠れませんでした。息子が床についたのは、11時くらいかなと思います。

私は、何度も持ち物をチェックし、インターネットをウロウロとし・・・

深夜2時くらいにベッドに入ったのですが、やはり目がさえてしまい、

何度も寝返りをうっては、そっとためいきをついていました。


目を瞑ると、学校に行った時に見たTの子たちの姿が思い出されます。

その中に息子が入って、談笑している姿を思い浮かべます。


幸せな光景です。


******

翌朝は、6時すぎに家を出ました。

夫が送ってくれるというので、車に乗って、高速を使っていくとものの20分くらいで到着してしまいました。

何を話したらいいか、私も息子もお互い躊躇していました。

明るく振る舞おう、と思いながらも、私も緊張しているのか自然と口数は少なくなりました。


塾には、もうボチボチと受験生とその保護者が到着していました。


T塾は、T校のすぐ近くの塾です。受験生も圧倒的にT志望が多い。

ですから、朝、一度塾に集合して、そこからゾロゾロと行くことになっていたのです。


受験票、ヨシ・・・・ホカロン、ヨシ・・・・筆記用具、ヨシ・・・・


最後にひとつづつチェックし、生徒が集合している所に送り出します。

ここから、保護者は後ろから見るだけになります。


簡単な計算と、漢字の問題用紙が配られました。


「頭の体操だ。脳を起こせ。終わった者から、もってこい。」


次々と記入を終えた子が先生の所に用紙を持っていきます。

やや遅れて息子も持っていきます。この漢字、テストに出てくれないかな・・


「おはよう」 全員そろった受験生たちの前に立って、塾長が呼びかけます。


「いよいよだな。体調はどうか?緊張しているか?そうか、緊張しているくらいがちょうど実力が発揮できるかもしれないな、大丈夫だ。精一杯、考えろ、そして、答案を埋めろ」


「自信を持て!君たちは大丈夫だ!」


胸がつまります。


「さあ、出発しよう!大きな声を出せ!行くぞ!」


「ハイッ!!!!」


「ヨシッ!」


塾を出て、ぞろぞろと歩きはじめます。


息子は、皆の一番後ろを黙々と歩いています。

思わず駆け寄り、声をかけました。


「大丈夫?」


「うん」


「元気出していこう。寒くない?」


「うん、大丈夫だよ」


「じゃあ、控え室で待っているからね」


「うん」




学校前には、いろいろな塾のスタッフがのぼりを立てて、それぞれの所属の生徒たちをみつけては、声をかけ、握手をしています。


「あっ、A塾もいる(笑)」 息子が笑いました。


その日、最初の笑い顔でした。よかった・・・・・・・


待合室は食堂で、私は右に、息子は左の校舎に行きます。


頑張れ・・・・・・・・


背中が、校舎の中に消えていきました。


食堂は、日がさんさんと降り注ぎ、いつもの私ならば、速攻で眠くなりそうな場所でした。


でも、その日はとてもそんなのどかな気持ちにはなれません。

本を読もうと取り出しても、目が文字を追うだけで、内容が頭に入ってきません。


保護者の人でいっぱいなのに、待合室は、誰ひとり口をきくことなく、しーんとしています。


算数、国語、理科・・・・・・何度かチャイムが鳴り、その都度、椅子をガタガタと鳴らす音が、食堂にも響いてきます。


どうか、どうか、ご縁がありますように・・・・・・・


最後の科目。社会が終わります。終了10分前くらいから、落ち着かなくなり、校門へ向かいます。

同じ気持ちの保護者の方たちが、すでに立って待っていました。皆、祈るように校舎を見上げています。


生徒がぞろぞろと出てきました。だいぶ出たところで、息子が後ろのほうに見えました。


「りょうくん!」 


呼ぶと、こちらを見ました。表情ではわかりません。出来たのか?出来なかったのか?


「算数が難しかった」


「できなかったの?」


「出来たものもあるけど、出来なかったものもある・・・・・・・」


「社会は?」


「書く事は書いた」 (記述の多い学校でした)


5分5分といったところでしょうか・・・・・・息子の口ぶりではわかりません。


「大丈夫、きっと、大丈夫だよ」


自分に向かって言ったようなものでした。大丈夫、大丈夫・・・・・・。あとは信じよう・・。

次の学校に行かなくては。


電車に乗るために、駅に向かいます。駅前で、算数の先生に会いました。

試験が終わった受験生を見送るために、駅で待っていたのでしょう。


「頑張れたか?」


「はい」


「そうか、よくやったな。このあとも、あるんだよな」


「はい」


「じゃあ、次も、頑張ってこい!いい結果を待ってるぞ!」


「はい!」


ぽんぽんと肩をたたいて、激励してくださる先生。涙が出そうになる私。ありがとうございます・・・・・・


駅前に小さな文房具やさんがありました。

桜の一筆箋を買いました。サクラサク・・・・・合格したら、この便箋で、お世話になった先生にお礼状を書こう。


途中のターミナル駅で昼食をとり、午後の試験会場に向かいます。


会場は学校ではなく、駅近くのホテルの会議室のような場所でした。もちろん、学校でも受験はできますが、移動の便を考え、こちらの会場で申し込みました。


学校では、どのくらいの人数が試験を受けているのでしょうか?まったくわかりません。


こちらの会場は、人数は少なく、30名程度だったと思います。


午後は2科。あっという間に終わってしまいました。


それでも帰宅すると、時間は6時を過ぎていたと思います。二人とも、ぐったりでした。


でも、このあと、発表があるのです。午後受験校は、当日9時すぎに、インターネットで発表の予定でした。


夕飯を軽く済ませ、落ち着かなく過ごし、9時前からPCの前に座ります。


「合格発表はこちら」


というリンク先を、何度もクリックしても、まだ何の表示もされません。


リロード・・・・・・・リロード・・・・・リロード・・・・・・・・


何度も何度もリロードしていると、やがて、ぱっと画面が変わりました。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


見ている私は、声を出すことはできませんでした。



「ない」



後ろから見ていた息子が言いました。


どうすればよいのか?????? 頭の中で、シミュレーションが猛スピードで行われていました。


頭の中が、ぐるぐるとしていました。



2006-01-11 02:45:24

兄の受験4 (2月1日 前日)

テーマ:兄の受験

「残念ながら・・・・・・・」



冷や水を浴びる・・・というのはまさにこのような感覚なのでしょう。

ぷつっ、と何かが弾け、サーッと一気に背中に悪寒が走りました。顔がかあっと熱くなります。


偏差値40だよ??? (現在はもう少し上がっています)


やり場のない気持ちを抑え、冷静になろう、と自分に言い聞かせます。鼓動を聴きながら、封筒から出した薄い紙を読みました。


正確な表記は忘れましたが、こんなふうに書いてありました。


「残念ながら、ご子息の成績は特待生としての合格基準には満たないものでありました。

しかしながら、特待生としてではなく、一般生として入学を許可します」


・・・・・・・・・・・要するに、特待合格は不可。一般としてなら合格、ということ。


合格は合格・・・・・・非常に複雑な気分ですが、ぎりぎりのところで踏みとどまったと喜ぶべきなんでしょうか?


しかし、ほどなく息子が学校から帰宅します。

景気づけをしてあげることが最重要だと思いました。


「ただいま・・・・・・」


「おかえり~~~~~~!ほら!合格したよ!頑張ったね!」

 (心はひきつっています)


「えっ、ほんとっ?」


「うん、合格だよ。特待はちょっと難しかったみたいだけど、でも、ほら、ぜひ一般生として入学してくださいって書いてあるよ」


「特待はダメだったんだ・・・・・・」





「いろんな基準があるからね!でも、合格は合格。よく頑張ったね」






「うん・・・・・」






よく、1月受験で合格をとって弾みをつけて・・・とかありますが、なんとも微妙な感じのお試しに終わってしまいました。

今思い返せば、この学校の特待基準というのは、4科目すべての教科で80点以上をとることが条件となっており、それはやはり、偏差値とは関係ない、無謀なチャレンジだったと言うべきでしょう。


でも、ここでわざわざ特待を受けさせてしまうところが、私という人間のおろかなところで・・要するに、


「偏差値は低いんだけど・・特待だからね!(だから”私の”息子はバカじゃないのよ)」 


という言い訳を自分にしているわけです。ああ・・しょうもない。


この時点でも、まだまだ現実はきちんと見えていませんでした。


さて、願書提出にあたって、組み立てを決定しなければいけません。

ここでも私は、


「どこかに受かるはず」


という、例の根拠のない自信を発揮してしまうのでした。


私が組み立てた受験パターンはこうです。


1日 午前 T校(60超)  午後 H特待(49)

2日 C(55)

3日 S(国立-60)

4日 B(55) 

5日 C2回目(56)


(これらは、現在の四谷偏差値です。当時の偏差値と微妙に異なりますが、だいたいの位置は変わりません。)

たぶん、見ただけでわかってしまう、受験素人丸出しの組み立て方です。


1日の午後は、塾から勧められたHの特待を受けました。

午前の本命校Tから移動が少ない会場での受験でしたし、まあ、大丈夫だろうと安易に考えていました。


3日は、国立を受けました。これは、受験に最後まで反対していた夫の、最低限の条件でした。A塾からも、T塾からも、



「3日の国立をやめて、もっと確実なところを・・・・」


と言われていましたが、これは、私の意志でもどうにもならないところでした。


願書を取りに行き、4日のB以外の学校には全部出しました。4日のBは前日まで願書を受け付けてくれているので、1日の結果で、そのまま出しに行こうと思っていました。


時間は、あっという間に過ぎます。


1月31日、T塾で壮行会が開かれました。


夕方まで授業を受け、そのあと会場を大きな会議室に移し、6年生とその親御さんたちが座ります。


「君たちは、あんなにつらい勉強を乗り越えてきたじゃないか!」


塾長が大きな声で檄を飛ばします。


「あんなにたくさんのテストを受け、毎日、怒られるのを覚悟で塾に通い、仲間と励まし合い、時には争い、君たちは、頑張ってきたじゃないか!」


トーンはどんどん上がり、周囲の保護者の方たちの中には、すでに涙を流しているお母さんもいます。


「今こそ、その努力の結果を、すべて出す時だ!明日のテスト、全力で行ってこい!」


「はい!!!!」 受験生が大きな声で答えます。


チャイナ服を着た塾の先生が現れ、 


「志望校に入っチャイナ~~~~~~~!!!!


と場を盛り上げます。


ビルの外は木枯らしが吹いていました。でも、この会議室の中は、熱気でむんむん。熱いくらいです。


先生ひとりひとりと握手をして、子どもたちがビルの外に出ていきます。

親もそれに続きます。


「頑張れ!」「頑張れ!」「しっかりな!」「大丈夫だ! 「全力を出せ!」


先生が口々に、子ども達を激励します。


Tの皆は、それぞれともに闘ってきた仲間であり、ライバルでもあります。


しかし、いきなり2ヶ月だけお世話になった息子だけは、どうしても、その中には入り切れません。


中途半端だ・・・彼らのように、先生がこう言ってくださるほど、うちの息子は、必死ではなかった・・・その環境を作ってあげられなかったのは、私だ・・


不安がまたよぎります。


壮行会の熱気にのまれたのでしょうか?塾から帰る車中では、なんとも言えない気持ちになりました。


不安・・・・・・・最後の追い上げで必死になっていた息子へのいたわり。


やさしい気持ちがぐっとこみあげてきて、運転しながら涙が出そうになりました。

夕暮れだった街がどんどん藍色に染まり、行き交う車のテールランプの赤が、やけに鮮やかに見えました。


いよいよ、2月1日を迎えます。




2006-01-10 02:43:30

兄の受験3

テーマ:兄の受験

「息子さん、ひょっとしたら、ひょっとしますよ・・・・・・」


こんなふうに先生から声をかけてもらい、私はすっかり、


「いける!」


その気になっていました。


******

少しさかのぼって、併願校を決める時のこと。


私は、Tよりもやや下・・くらいのランクのBに目をつけました。

共学ですが、学校がやや不便な場所にあるせいか、学校のフォロー体制が非常にしっかりしており、国立を目指す生徒が非常に多い、伸び盛りの学校でした。


私が一度、学校説明会に行き、その後、ぎりぎりになってから、息子を連れていきました。駆け込みでしたので、文化祭や子どもも一緒の説明会などは、すでにとっくに終了していたのです。


個別で訪ねたにもかかわらず、教頭先生が出てきてくださって、学校を案内してくださいました。そのときの印象はたいへん良く、Tが自由闊達でバンカラな印象もあったのとは対照的に、ここは比較的おだやかで、おっとりとした子が多そうでした。共学なので、空気がソフトなのでしょうか?理科室をのぞいた時に、生物部のお子さんたちが網を持って、これから川で魚を捕まえに行くのだ・・と言っていました。そのような自然環境もポイントが高い要因でした。


私も息子もすっかり魅了され、Tでもここでもいいな、と思うくらいの好感触だったのです。


さらに、次に訪ねたのは、神奈川寄りにあるC。ここは別学です。普段の授業は別で、クラブなどで一緒に活動する、というスタンスです。施設、特に図書館などはすばらしく、印象はやや薄いものの、ここも入れれば御の字かな、と思えるところでした。


そのときには、すっかりMのことなどは頭にありませんでした。この上の3校に比べて、どうしても偏差値的に見劣りがする学校ですから、


「M?ちょっと、低すぎるかな」などとまで、思っていたのです。


さて、1月校の入試は、栃木にある全寮制の学校の特待生を狙いました。


特待生でも、偏差値的には、首都圏模試で40前後だったと思います。塾でも「大丈夫でしょう」のお墨付きでした。


初めての試験。息子の評価は「まあまあ」で、でも、まさか落ちることはないだろう・・と思っていたのです。


発表は、後日、郵便で来ることになっていましたが、発表が送られてくるその日、何時になっても、郵便が届きません・・・

郵便局に電話して、調べてもらうと、手違いで明日の配達になるところだったとのこと・・・・・


大事な入試結果です。最初からケチがついてしまったことで、私の中を、いやな予感がよぎりました。


郵便局に猛烈に抗議し、郵便局員があわてて持参した封筒を、すぐに開きました。


「残念ながら・・・」の文字が見えました。




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