東京単身短信⇒新潟我が良か生活

東京単身短信⇒新潟我が良か生活

東京での単身赴任からスタートしたブログです。
新潟に戻ってからも、家族や友人の絆と一緒に続けています。
ハーフマラソンからフルマラソンに折り返しも過ぎました。
真実と現実と向き合って充実した日々を送る「糧」としています。

おかげさま、なんとなく、やっと、運よく、はいろいろですが、とにかく「午」が始まりました。

「午年は何かが切り替わる」ような1年になるのでしょうか。

午前と午後、過去と未来、大声の争いと静かな囁き、戦争と平和……みたいに「○○が切り替わる?」

皆さんにとっても「良か1年を!!!」に切り替わりますように。

私も年齢は一方通行でも、「日々の老化」を「日々の若返り」に切り替えたいものです。

p.s.

福沢諭吉の「学問のすゝめ」の中の「信」から「偽」も、その逆も、ある意味、見方の切り替わり?

「人(人偏)が為す」は、いつわり?(それが多いかも知れませんが)

「人(人偏)が言う」は、まこと?(そうでないと世の中寂しいものです)

 

今年、一年間のGOOGLEカレンダーを振り返って

1 30年来の愛馬だった【鉄馬(オートバイ)卒業】(捲土重来)

2 1ヶ月の【妻の小指手術での入院】(家内の完全復活と存在感向上)

3 40年近い【現役業務へのご褒美】(自力より同僚、先輩、スタッフのお陰様)

4 小中学校の【同級生の親交復活&活発】(同級生も健康だからできた事)

5 節目の【ブログ仕舞挑戦】(未達成?無理かも?挑戦空振り!)

6 新しい【障がい福祉分野】でお返し(経験実績なし、人生経験のみ)

7 黒一点の【エアロビクス教室参加の再開】(無理と怪我だけは要注意)

8 1歳だけの【家族揃った加齢】(天道、自然の摂理に感謝)

9 とりあえず、自分には【偽らずに365日】(独りよがりですが)

10 血縁、地縁、職縁、好縁、交縁【えにし大事に】(好き嫌いは別に人生の宝物)

結婚46年間。

またまたお陰さまです。

スーツと朝の新聞とネームカードの利用を減らし、自遊が着実に増えてます。

そして、家内との時間が、かなりの「四六時中」になってます。

サザンの「真夏の果実」の歌詞の中

「四六時中も◯◯◯◯って」の◯に入る言葉は微妙です。

【朱夏の果実】ならば「好きと言」がホントの歌詞ですが、

【玄冬の果実】なので「独りで行」かもです。

とは言え、今日は、二人で外食です。

今週は、①新潟マラソンの友人と古町で、

そして、②高校同級生と新潟駅万代口で、

続いて、③前職場OB会は新潟駅南で、

締めは、今日、④(四六時中)婚記念日で万代シティ周辺です。

参加者の平均年齢は、確実に70歳は超えています。(呑める健康に乾杯です

四半世紀近く人生を豊かにしてもらった「友馬」

日本一周を一緒にした「愛馬」

そして、私の心身の健康の源の一つだった大事な「生き甲斐馬」

今日、そんな鉄馬を友人に委ねました。鉄馬に跨った友人の背中が何故か光って、羨ましく見えました。

これからは「無為」。自然に任せます。

それが最高の策かも。一番良か成果に導びいてくれることを信じて。

そんな時を待ちます。

家内帰還から1カ月。73歳の発見

右手の小指の腱手術から2カ月。

6月から手術入院1カ月と

それからのリハビリ通院中で正常に戻るのは半年先くらい。

「傘になれよ」は森進一の「おふくろさん」。

私の場合、「右手になれよ。気付けよ」ですが、結構大変なものです。

家事でしか使わない筋肉が結構あるのと、その使い方の大変さを「初」認識。

ねじる、たたむ、しゃがむ、あげる、おす、ひく、つまむ、まわすみたいな動き。

それも毎日同じことの繰り返し。でも、飽きちゃだめなんです。みんな生活の一部。

手術した手の全ての指を全方向に駆使することを実感。

そして、家事って仕事以上に頭も使います。

段取と節約。昨日の事と明日の事のバランスと今日の事の判断。

ようやくこの歳になってわかりました。

家内を尊敬かも。遅きに失しても、知らない「よりまし」かもです。

73歳前の一ヶ月。一ヶ月のブログの隙間

「忙中(無)閑」が現実でした。

・中学時代の友達との新潟での再会でタイムスリップ

・孫の左右左足の交互の整形外科の常連客化と運転代行

・ようやく(青)空から(黄)昏のゴールドになった高齢者免許証

・任天堂スイッチの見張り人

・新しい組織改革改善ミッションの開始のワクワクなどなど、

そして真打ちは家内の一ヶ月近くの小指手術で、無事なリハビリ入院が継続中(あなたが切った小指が痛い「小指の想い出?(伊東ゆかり)」です)

家内の忙しさを体感し、再認識し、感謝?しました。

どんなに忙しくても心にゆとりを、かもですが、現実は、忙しいのは忙しいです。

でも、こんな早朝にブログ更新しているのだから、忙しの極地ではまだなさそうです。

バタバタしながら、もうすぐ73になります。

私の大好物は竹輪。

県を退職した日も、昨日のめでたい記念の日も竹輪。

蓮根なら、よく先が見通せると言って、「縁起もの」ですが、竹輪も同じみたい。

ただ、曲がったら、先が見えないし、破竹のような強さ硬さもなく

なんとなく「微妙」。

そんな竹輪みたいな優柔(普段)軟弱な私ですが、

いつも(おっ)家内に矯正、鍛錬してもらった人生なのかもしれません。

これからもです。

 

(恩)返ししたい先輩同僚スタッフの表情が浮かびます。

(陰)で支えて超我慢をしてもらった家族が今もいます。

(元)気だけは年相応にならない事を目指しこの歳です。

(悟)った事を少しずつでもまわりに社会にお返しです。

(真)面目に無理をせず余生を穏やかに生きていきます。

いままでと、これからに「恩/陰/元/悟/真」

孫と息子との男旅で仙台へ

丁度一ヶ月前は、東日本大震災(2011.3.11 14:46.18)の日。

4月は年度替り。ある意味、人生の、生活の節目。後輩の退職や転勤の新聞記事で自分も改めて歳を取ったと感じながらの旅でもありました。

私はもう節目なしの、伸び代なしなのに、まだまだ、節目がある孫と息子に期待と希望をもらいました。節目(伸び代)を見せてもらいました。

行き先は「東日本大震災の遺構旧荒浜小学校」と「震災を乗り越えた松島」でした。

松島(右上)は自然の地形が津波から景観も海辺も守り、

裏松島(左下)は津波被害からしっかりと復興していました。

そして、旧荒浜小学校(左上と右下)の周辺の田畑も塩害から稲作が戻り、学び舎の屋上は避難した人をみんな守ったそうです。

震災の凄さとそれを乗り越える自然の凄さ、そして、それを受け入れて乗り越える人の強さを感じました。孫にとってちょっとの「修学旅行」もどきになれば幸いです。

家内が明日(3月1日)『古希』。近場の温泉に行きます。

おかげさまでの祝い事。

私も二年前にコキ。しっかりと「(家内に)コキ」使われて

今度は自信を持って喜んで「(家内が)コキ」使かいそうです。
中島みゆきの「慕情」の歌詞

「生き残る歳月、独りで歩けるかな。

生き残らない歳月、独りで歩けるかな。」

が実感できる歳にお互いなりました。
写真は、竹内まりあの「人生の扉」のイメージ創作写真です。

「70歳になるのも悪くない」です。(2年前の私の感想も同感)

P.S.家内の医療費負担が2割になります。