僕は公園で頭を抱えている。隣には学生時代からの付き合いの友達……、言ってしまえば親友が座っている。通りすがる人にどう見えているのか、そんな事を考えるそばから悩み事が塗りつぶしていく。

「お前さ、彼女になんて言ってプロポーズしたんだよ……

 数日前、僕は五年付き合っている彼女にプロポーズをした。

……。これからも、一緒に居てくださいって」

「それで、彼女はなんて言って返してきたんだ?」

……そう。って一言だけ言われた。それからは何か機嫌悪そうな感じでさ……

 彼女は言葉数が多いほうではない。むしろ、とても少ないほうだと思う。感情の起伏も目立たない。プロポーズのこたえは、恐らくダメだったのだろう。

「ハァ……。それは、お前が悪い」

 大きなため息をつかれた。体内の温度と外気温の差で、白い息が分かりやすく視界に入って空へと昇り消えていく。

「なんでさ?」

 別にアタリたい訳じゃない。イライラもしてない……はず。ただ単純に、僕の何が悪かったのか知りたかった。

「考えすぎて、言葉が足りなさすぎるんだよ。人生とか、一生とか、一番分かりやすい単語の結婚とかな」

 確かに振り返ってみると、大事な言葉がなくても伝わると思っていた節もある。

「脈がなさそうだと思う事もあったんだろう?」

 思った事、言いたい事はズバッと言う親友。言われたその時は辛いけど、後でありがたいと思えるタイプ。……だから今はとても刺さる。

……僕が彼女のほうを見ると視線を逸らされるし、話しかけると大きな音を立てるし……。この前はお皿割ってたし……

…………

 僕が伝えた事についてなにも言葉を発さない。それどころか、少し呆れたような顔にも見える。この親友には分かった事があるのだろうか、僕が気づいてないだけで。

 そんな時、僕の携帯の受信音が鳴った。彼女からの一通のメッセージ開かなくても分かるくらい短い内容。その内容は『時間』と一言だけ。時計を確認すると、もうすぐ晩御飯の時間だった。帰ってこいという意味なのだろう。

「ごめん、帰らないと。話聞いてくれてありがとう。また今度お礼する」

 手を振って送り出す親友に、言うだけ言って僕は家に向かう。

「おかえりなさい」

 玄関の扉を開けると、彼女は普段と変わらない感情の起伏の少ない声で出迎えてくれた。それが今の僕には結構堪える。……謝るタイミングがないか伺おう。

「ご飯にする、パンにする。それとも、麺?」

 何を急に言っているんだと、彼女の言葉に戸惑ってしまった。マジマジと彼女を見つめてしまう。すると、後ろ手に本を持っているのが見てとれた。表紙には『ご飯にする? お風呂にする? それとも……。新婚の定番、ホントにやるのか大調査!』と書かれていた。あの本はいったい、どこで買ったのだろう。というか、何の誰向けの本なのだろうか?

 彼女が『新婚の定番』なんて書いてあるものを持って、実行しようとしたってことは……少なくともフラれるわけじゃないんだ。良かった……

……麺、かな」

 僕が答えると、彼女は了解の意思表示に一回頷いた。

「もし、他のものを答えたら、どうしたの?」

…………困った」

 カケラも考えてなかったというような表情を浮かべている。

「でもあなたは、麺を選ぶのかなって……思った」

 そう言って優しい笑顔を向けてくれた。僕の事を分かってくれて、笑ってくれる。それがとても嬉しくてつい抱きしめてしまった。

 距離が近くなった時、不意に爽やかな香りが鼻腔をくすぐった。レモンの香りに近いものだけど少し違う気もする。彼女を腕の中から解放して浮かんだ疑問を口にする。

「なにか、香水とか付けた?」

「今は、アロマ。レモングラス……。虫が苦手な香りだから、寄ってこないって」

 思わず笑い出してしまった。確かに、言い寄ってくる他人を『変な虫』とは言うものの、まさか本当の虫の情報を調べてしまうとは。

……?」

 僕が笑っている意味が分からない、と頭の上に疑問符が浮かんで見えそうなくらい分かりやすく首を傾げている。そんな細やかな仕草で感情を表現していた彼女。何故、忘れてしまっていたのだろう。僕がこの人を好きになった理由がそこにあったのに。

「いや、なんでもないよ。ありがとう」

 香りによる効果は違っても、彼女の意図したものは素直に嬉しかった。十数分前の僕なら確実に悪いほうに勘違いしていただろう。

「麺料理って、何を用意していたのか聞いてもいい?」

「今日寒いから、おうどん。デザートに、ホットレモンパイ……食べよう? あの頃のように」

 そう言う彼女は、どこかウキウキしているように見えた。僕も同じような顔をしているのだろう。これからもっと、彼女の色々な一面を見られると思ったらとても嬉しかった。




作 蒼雲