日本を取り巻く状況の変化
日本の製造業は、1990年代には「素材・部品・装置・制御」というモノづくりの中核において、世界でも圧倒的な競争力を持っていた。高品質な鉄鋼、セラミック、電子材料などの基礎素材、MLCCやセンサといった電子部品、半導体製造装置や産業用ロボット、さらにPLCやセンサなどの現場制御機器まで、いずれも世界市場でシェアを握り、製造のあらゆるレイヤを「縁の下から」支える存在だった。いわば、日本の製造業は“グローバルなモノづくりの中枢神経”を担っていたのである。
しかし2000年代以降、世界の製造構造には地殻変動が起きた。まず“下からの追い上げ”として、中国・韓国・台湾といったアジア勢が政府主導の産業政策で急速に伸び、素材、装置、部品といったかつての日本の独壇場にも食い込んできた。たとえば中国は鉄鋼や化学素材の大量供給に加え、産業用ロボットやPLC、半導体製造装置などでも国産化を進めている。韓国はDRAMやNAND型メモリ、電池セルなどで世界シェアを支配し、台湾はTSMCを頂点としたファウンドリ生態系を築いた。かつて「技術的に難しい」とされていた領域に、東アジアの新興勢力が参入し、その質も年々向上している。
一方で“上からの包囲”とも言える動きが、欧州と米国から進行した。欧州はドイツを中心に「Industry 4.0」を掲げ、標準化・デジタルツイン・サプライチェーン全体のエコシステム化を推進。サステナビリティや倫理といった観点も武器に、Catena-XやGAIA-Xといった連携基盤を構築している。米国はクラウド(AWS、Azure)や半導体設計(NVIDIA、Qualcomm)、AI・IoTプラットフォームを軸に、製造業の「ソフトウェア化」を加速。PlexやSight Machineなど、MESや製造データ解析スタートアップも活発に台頭している。
上図には、1990年代から現在に至るまでの製造業の各レイヤにおける各地域の強みと、さらにOT/IT領域でのポジションの変遷をまとめた。 従来の日本の強みであったポジションに中国が入り込み、上位は欧米が戦略的にポジションを形成しつつあることが分かる。
このような中、日本の製造業は“中間層にとどまる”存在になりつつある。現在も、信越化学やSUMCOのシリコンウェハー、村田製作所のMLCC、ファナックや東京エレクトロンの装置など、確かな競争力を持つ分野は多い。品質・信頼性・納期対応といった現場力は世界的に評価されており、「無くてはならない存在」であることに変わりはない。
だが、問題は“どのようにグローバルな製造の設計に関与していくか”という点にある。日本はMESやSCADAといったシステムレイヤでは標準化やパッケージ化に遅れを取り、IoTやクラウド、デジタルツインといったプラットフォーム領域では欧米・中国に比べて明確な構造を持たず、産業データ連携の中でも“つながりにくい存在”となっている。また、ビジネス・エコシステムレイヤでは、欧州が制度・環境・倫理でルールメイキングを行い、米国が技術・資本でプラットフォーム支配を進める中、日本は標準の受け手にまわる場面が多くなっている。
結果として、日本の製造業は「必要とされるが、主導できない」存在になっている。素材・部品・装置・制御といった従来の強みは依然として光っているが、それらをデジタルでつなぎ、エコシステムとして統合し、世界と連携して新たな価値を創出するという構造設計の領域では後塵を拝しているのである。
今、日本に求められているのは、モノづくりの深さを維持しながら、つながる力=“構造の横展開力”を高めることだ。IVIやRRIなどで進めている標準化や協調連携の動き、デジタル庁や経産省によるデータ連携政策はその一歩であるが、個々の技術や製品の「縦の深さ」だけでなく、それらをつなぐ「横の広がり」をいかに構築できるかが、これからの競争力の核心となるだろう。日本が再び製造業の設計者=アーキテクトとなるためには、「高品質なモノづくり」と「グローバルなつながりづくり」を両立させる、新たな戦略と覚悟が求められている。
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